情報も欲望もそつなく処理する主人公が、心を離れない人生唯一の愛と向き合っていく。『ニムロッド』(講談社)で第160回芥川龍之介賞を受賞した上田岳弘氏が自身初となる恋愛小説『最愛の』(集英社)を上梓した。IT企業の役員としての顔も持つ上田氏は「過去から今に至るまで社会が見落としてきたものがある。それは恋愛のような『小さな物語』ではないか」と語る。(聞き手=金澤英恵)

前編「上田岳弘『血も涙もない的確な現代人』にこそ今読んでほしい恋愛小説」から読む

上田岳弘氏 1979年兵庫県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、IT企業の創業に参画し、現在は役員を務める。2013年『太陽』で第45回新潮新人賞を受賞しデビュー。2015年『私の恋人』で第28回三島由紀夫賞、2018年『塔と重力』で第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞、2019年『ニムロッド』で第160回芥川龍之介賞、2022年『旅のない』で第46回川端康成文学賞を受賞。著書に『太陽・惑星』『私の恋人』『異郷の友人』『塔と重力』『ニムロッド』『キュー』『旅のない』『引力の欠落』がある。
上田岳弘氏 1979年兵庫県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、IT企業の創業に参画し、現在は役員を務める。2013年『太陽』で第45回新潮新人賞を受賞しデビュー。2015年『私の恋人』で第28回三島由紀夫賞、2018年『塔と重力』で第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞、2019年『ニムロッド』で第160回芥川龍之介賞、2022年『旅のない』で第46回川端康成文学賞を受賞。著書に『太陽・惑星』『私の恋人』『異郷の友人』『塔と重力』『ニムロッド』『キュー』『旅のない』『引力の欠落』がある。
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現代は終わりのない「デスマッチ」

「血も涙もない的確な現代人」へ向けた恋愛小説『 最愛の 』を読むと、利害関係や損得勘定を含まない、登場人物たちの緩やかな人間関係が印象に残ります。

 芥川賞をいただいた『ニムロッド』(2019年、講談社)という小説のメインモチーフとして「駄目な飛行機コレクション」というものを取り上げました。人間や社会が進歩していくと、駄目なものや失敗が少なくなり、企画の段階からすでに「それ、駄目だよね」と分かってしまう。失敗できなくなり、駄目なものを作れなくなってしまいます。

 そうした効率の追求がもたらすのは、デスマッチしかない。自分だけ逸脱するのが怖くなり、的確な現代人としての仮面をさらに分厚くし続ける。でも、果たしてそれでいいのか、僕はやっぱり疑問なのです。『最愛の』の中に「血も涙もない的確な現代人」というキーワードをちりばめているのですが、この言葉が何を意味するのか、読んでいる方は自分に当てはめながら考えてみると、ちょっと面白いかもしれません。

「恋愛は物語そのものですから『小さな物語』が力を失っている時代なのかもしれません」
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「恋愛は物語そのものですから『小さな物語』が力を失っている時代なのかもしれません」

「この20年近くの間、ある種の感情の閉じ方を学んだことは確かだ」という主人公の言葉が印象的です。身を守る術ばかりが巧みになり、異分子になる勇気を持てない。そうした人は現実でも少なくないのではないでしょうか。

 2000年代初頭にSNSが普及し始め、Web2.0が話題になり、今度はWeb3.0と進歩していく中で、「テクノロジーが行き着く果てに何かすごくいいことがあるのでは」「理想の世界があるかもしれない」、そんな夢を共有した時代があった。その未来がまさに「今」だとしたら「こんなはずだったっけ」と感じている人は少なくないのではないか。道を間違えたわけではないけれど、ここに到達するまでに見落としてきたものはなかったか。ついそんなことを考えてしまうのです。

「小さな物語」の力を取り戻すために

見落としてきたものに「恋愛」も含まれるのでしょうか。

 恋愛は物語そのものですから「小さな物語」が力を失っている時代かもしれません。物語は「自分史」でもあります。世界史や政治史、社会で起こっている事象やテクノロジー、それらを抜きにして「自分のためだけの物語」とは何かといったら、真っ先に挙げられるものは恋愛でしょう。

 作中に渚(なぎさ)という女性が登場します。渚は既婚者で子どももおり、主人公と浮気をしているわけですが、家庭のほうもきちんとやっていこうという彼女なりのスタイルというか、真心の持ち方があります。

 昨今では、芸能人の不倫報道に対して「家族の問題だからそっとしておけ」みたいな意見もありつつ、結局は寄ってたかって炎上させてしまう。不倫や浮気がいいか悪いかは別として、家庭の事情はまさに「小さな物語」ですよね。そうしたことを日々感じていると、渚の小さな物語をただの不倫とは片付けられないなあと書きながら感じました。

拝読して、主人公の久島(くどう)くんは、私の想像の中ではモノクロームのイメージが強く、そこに女性たちが登場することでさまざまな色彩が加わり、なんというか、原始的な女性の役割、女性性の魅力と強さ、のようなものを感じて、普段なかなか味わえない女性としての肯定感を得られた気がします。

 女性を描いた作品でもあるのでうれしい感想ですね。

現代が舞台なので、ビジネスマンである久島くんはシェアオフィスで仕事をこなし、さまざまな文明の利器を使いこなしています。恋慕を抱く女性とのやりとりも電子メールでおかしくないと思いますが、なぜあえて紙の手紙にされたのでしょうか。

 恋愛と通信手段は昔から密接に関わっています。多分これがメールのやりとりだったら、出せなかった風合いがあると思う。今はスマホがあればいつでも連絡がつくし、逆に連絡がつかないとしたら、それは明確な拒絶でしかない。その怖さをみんな同じように感じながら生きています。

 そういう時代に、誰かの「小さな物語」が再び力を得るための連絡手段としてふさわしいのは、やはり今も手紙なのかもしれないなと。デジタル機器を駆使した現代人の「危うさのない」つながりばかりの中で、手紙だけは今も昔も、細く、危うく、拙いつながりであり続けています。

コロナ禍を詳細に描いた理由

今作では、ビジネスマンの主人公を取り巻くコロナ禍の様子も克明に描かれています。コロナ禍が作品に与えた影響はやはり大きいのでしょうか。

 東日本大震災が起きたあたりから、社会がガラガラと音を立てて崩れていく、という感覚がありました。震災から10年がたとうとする頃、今度は新型コロナウイルス感染症が冷や水を浴びせた。自分が作家だということに関係なく、この辺で一度立ち止まって、組み直しをしていかないとまずいのではないかと。

 小説抜きでお話しすると、日本は法治国家ですけれど、超法規的な動きみたいなものが割と是認されがちな国だと思います。例えば、法律に対して、それが正しいかどうかの合意形成がなされず、政府が一種の独裁に走っても抑止できない。反論する言葉が出てこない。そんな状況に陥っていると感じています。

 僕たちが大事にすべきものは間違いなくあったはずだけれど、数値が力になり、ビッグデータを分析すると出てくる安易な答えらしきものに気押されて、大事な何かを見落としているのではないか。

「コロナ禍を経験してこの辺で一度立ち止まって、組み直しをしていかないとまずいのではないかと思うようになりました」
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「コロナ禍を経験してこの辺で一度立ち止まって、組み直しをしていかないとまずいのではないかと思うようになりました」

 現実で起こることには、何かしら意味があると考えています。ただし、それは「人間によって為されるもの」を想定していました。歴史でいうと、王が権力を持っていた王政から立憲君主制、民主主義と、社会が発達するにつれ、政治の形態が変容してきた。この流れには意味がある。テクノロジーでいうなら、インターネットやブロックチェーンが出てきたことにも意味がある。

 ただ、人によって為されない、新型コロナウイルス感染症など疫病の流行あるいは災害というものの意味はなんでしょう。新型コロナのような疫病は、日本の歴史の中でも繰り返しあったわけですが、現代社会でまた起こり、経済活動を停止させたのはなぜだったのか。それを自分自身で探るためにもコロナ禍の様子を活写しておきたかった。

 わずか半年前のことでも、人はすぐに忘れてしまうものです。物語に乗せながらコロナ禍の社会を書き記しておくことで、時代の記録になり得るとも思っています。

いま薦めたい恋愛小説

『すべての見えない光』
『すべての見えない光』
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「『 すべての見えない光 』(アンソニー・ドーア、藤井光訳/新潮社)は、個人同士の通信手段がまったくない戦時下、ラジオの電波をたまたま発信した盲目の少女と、受信した若いドイツ兵が心をつなぐ物語。ほんのわずかな時間、しかもすごく細いつながりではあるものの、その一瞬にこそ、『小さな物語』の大きな力が生まれる。そのことを確信できる作品です」(上田氏)

取材・文/金澤英恵 構成/谷島宣之 写真/小野さやか