著書『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)が19万部のベストセラーになっている田内学さん。本書では「お金自体には価値がない」など常識に反するような問いが立てられており、反響が広がっています。田内さんに、本書に込めた思いや、お金について考えるためのお薦めの本を3回にわたって聞きました。第1回は、本書の執筆に至った経緯や伝えたかったことについて。
世の中で「当たり前」とされていることへの疑問
私が書いた『きみのお金は誰のため ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』(東洋経済新報社)は2023年10月の発売から半年ほどで19万部のベストセラーになりました。
この本の中では「お金自体には価値がない」「お金で解決できる問題はない」「みんなでお金を貯(た)めても意味がない」など、これまでのお金の常識に反する問いを立てています。今回は、なぜこの本を書くに至ったかをお話ししたいと思います。
私は東京大学工学部を卒業後、東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程を修了し、2003年にゴールドマン・サックス証券に入社しました。ゴールドマン・サックスでは日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに16年間携わりました。仕事は大変だったものの、待遇はいいし、「ここでうまくやっていこう」と思っていましたが、そんな考えが変わったのが2008年のリーマン・ショックです。
それまでは、会社が私たちを支えてくれていると思っていました。でも、実際は逆だった。私たちが「会社という箱」を通じて社会に役立つ価値を提供し、会社を支えているから、お金をもらうことができる。だから、自分たちが社会に価値を提供できなければ、会社は潰れてしまうし、リストラにあうこともあると気づいたのです。
また、金利にかかわる仕事をしていると、国の財政や年金制度など、経済問題について考えることが多くなります。その中で「世の中でいわれていることって、結構変なことが多いな」と気づきました。
例えば、年金問題の解決方法として、「金利を上げれば、年金の運用益が増えるんだ」という人がいます。だけど、その金利は国債の運用によるものが大部分なので、政府が支払う。つまり、将来支払う税金が増えるだけです。その他にもあるのですが、結局全体で考えると、根本的な解決を目指すには、少子化を食い止めるか、少ない労働力人口で社会が回る仕組みを作る(生産性を上げる)しかないんです。
ところが政治家は、地元の支援者から「子どもにばかりお金を使って、高齢者を見捨てるのか」といわれることもあるようです。そうなると、政治家は「選挙に落ちるとただの人」ですから、少子化対策に積極的になれなくなります。本当は高齢者対子どもではないはずなのに、日本社会の構図がそうなってしまっているのです。
「老後資金2000万円不足」が問題になったときも、「NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)でうまく資産形成ができれば、解決できるのでは」といわれました。でも、一人ひとりが個別にお金を貯め込んでも、将来、そのお金を受け取って働いてくれる人がいなければ意味がありません。
このままでは、みんなで限られたモノやサービスを奪い合うイス取りゲームをするようなものです。本当はお金を有望な産業に回すことによってイス自体の数を増やし、少子高齢化がさらに進んでも社会が機能する仕組みをつくらなくてはいけないのに。
経済問題を自分事化するには?
「いったい経済問題の本質はどこにあるんだろう?」と考えていたところ、編集者でコルク代表取締役社長CEOの佐渡島庸平さんと話す機会がありました。そのとき佐渡島さんが「経済問題の本質をきちんと言語化できたら、安倍晋三首相(当時)にだって伝わりますよ」と言ってくれました(その後、本当に政府の勉強会で安倍首相と経済問題について話す機会がありました)。そこで、ゴールドマン・サックスを退職し、佐渡島さんに師事して本を書き始めました。
世の中には「お金の本」はたくさんありますが、結局は「自分のお金を増やせればハッピー」という資産形成の話がほとんどです。
また、経済は自分に直結する身近な問題なのに、経済用語が難しいために、「何となく正しいことを言っていそうな人に任せておけばいいや」と思っている人もいるかもしれません。その結果、専門家たちは「正しそうなことの言い合い合戦」になってしまい、ますます難しい経済用語を使う、さらに一般の人から経済問題が遠くなる──といった事態が起きています。
そこで、私が本を書くときには、「誰もが分かりやすい形で」「経済問題を自分事化できるように」しようと思いました。そうして最初に書いたのが、『 お金のむこうに人がいる 元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた 予備知識のいらない経済新入門 』(ダイヤモンド社)です。難しい専門用語も複雑な計算式も使わず、自分のお金とさまざまな経済問題がどのようにつながっているのか、可能な限り分かりやすく説明しました。
その後、さらに多くの人に『お金のむこうに人がいる』で述べた新しいお金や経済に対する考え方を届けたいと思い、小説という形式をとり、『 きみのお金は誰のため ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」 』を執筆しました。
お金の本質について教えてくれる「ボス」、お金のことをよく知らない「男子中学生」、お金に詳しいけれども見落としている部分がある「投資銀行で働く優秀な女性」という3人を登場させ、読者が自分に近い人の立場で読めるようにしました。
そして、「お金自体には価値がない」「お金で解決できる問題はない」「みんなでお金を貯めても意味がない」といった問いを投げかけていくのですが、おそらく多くの人が「いやいや、そんなことはないだろう」と思うはずです。
しかし、お金自体はただの紙切れにしかすぎません。先ほど老後のためにお金を貯める話で説明したように、お金を受け取って働いてくれる人がいるからこそ価値が出るのです。例えば、建設現場での材料費や人件費の高騰も、「お金がもっとあれば解決できそう」だと思いますよね。でも、働いてくれる人がいなければ意味がなく、お金そのものが解決してくれるわけではありません。すでに介護などの分野では人手が不足しています。
また、個人の視点では「お金を貯めれば将来の不安がなくなる」と思っていても、全体の視点から見ると、実はお金が個人や企業といったいろんな財布の中を行き来しているだけであって、全体としてのお金は増減しません(正確には、金融資産と金融負債が両建てで増えている状況です)。ですから、みんなでお金を貯めても問題は解決しません。つまり、お金そのものが将来の備えになることはなく、日本の未来に本当に必要なのは、人と人が支え合う社会なのです。
「社会を変えられる」という意識が低い若者
さまざまな年代の方にこの本を読んでいただいていますが、特に「子どもに読ませようと思って買ったところ、面白いのでまずは自分が読んだ」という親御さんがかなりいらっしゃるようです。学生さんや学校の先生も多いですね。中には「友人・知人にプレゼントするために26冊目を買いました」という人もいて、ありがたい限りです。
本を読んだ人からSNS(交流サイト)でダイレクトメッセージをもらうことも多く、そのご縁で中学校や高校でお金やキャリア形成についての講演を行う機会も増えました。
少子高齢化などの経済問題は、本来は政治家だけではなく、国民一人ひとりが考えなくてはいけない問題です。でも、日本財団が行っている「18歳意識調査 第46回 国や社会に対する意識(6カ国調査)」を見ると、「自分は責任がある社会の一員だと思う」という質問に対し、日本の若者の「はい」という回答は48.4%と6カ国中、ダントツで最下位(インド82.8%、イギリス79.9%、アメリカ77.1%、中国77.1%、韓国65.7%)。「自分の行動で、国や社会を変えられると思う」も26.9%で、これもダントツで最下位です(1位のインドは78.9%)。
社会は他人事ではなく、自分たちの話です。若者たちの意識をどうにか変えていきたい。この本が、そのきっかけの1つになることを願っています。
取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子


