なぜ今「経済安全保障」の議論が広がっているのか
日経BOOKプラス編集部(以下、──) 「日経の本」には、多くの経済書があります。今回は、「経済安全保障」についての本を、経済書を長年つくり続けてきたベテラン編集者・堀口祐介さんに選んでもらいました。近年、「経済安全保障」という言葉を耳にすることが多くなりましたね。
第1編集部 堀口祐介(以下、堀口) ロシアがソ連と呼ばれていた東西冷戦の時代、「政治」と「経済」は別物でした。社会主義国のソ連には、東欧、中東、中国といった、アメリカを代表する西欧諸国や日本とは別の経済圏がありましたから、政治と経済はそれほど接点がなかったのです。
しかし、ソ連が崩壊し、東西冷戦が終結。東西とも市場経済となった後に巨大な経済圏として台頭したのが、中国です。中国にも、市場主義とともに民主主義が根づくのではないかと思われていましたが、ところがどっこい、中国は中国共産党が権力を維持してきました。現代は「自国を守るためにもアメリカと同じ経済力、軍事力を持っておきたい」という中国、成熟化したアメリカの二大強国が世界中にさまざまな影響力を及ぼす時代になっています。
ひと昔前の安全保障は、核兵器や戦闘機・戦車の保有数といった軍事力で議論されていましたが、今は「経済」という要素が大きくなっています。代表的な例が、半導体です。半導体はコンピューターだけではなく、自動車やあらゆる家電製品に使われています。「半導体を制する者は世界を制する」ともいわれるほどです。半導体を自国でつくり、製品化まで完結できる国が強い。アメリカは、西欧圏だけで完結させたいけれど、アメリカと中国の貿易が巨大な規模で密着していますから、完全に断絶した経済圏を構築するのは難しい。「技術は流出させたくないが貿易はしたい」という経済安全保障のジレンマが起きています。
「では、どうすればいいのか」というところから「経済安全保障」という議論が広がり、耳にすることが多くなったのだと思います。
そんな時代に生きているからこそ、「経済安全保障」を考えるのが大事になってきますね。
堀口 そうですね。モノづくりを強みとする日本企業は、経済安全保障について考えておかないと、アメリカに輸出も輸入もできず、中国ともビジネスができない…というつらい立場に立たされてしまいます。
そこで今回は、ビジネス視点でも役に立つさまざまな角度から「経済安全保障」の理解を深められる本を10冊選びました。どれも2025年に発売された本なので、最新の情報が盛り込まれています。
「安全保障」は暮らしやサイバー空間でも起きる身近な問題
1. 『ビジネス安全保障(日経プレミアシリーズ)』(日本経済新聞社編、日本経済新聞出版)
この本は、日本経済新聞の記者が書いているので分かりやすく、「え、これも安全保障なの?」という意外な発見があると思います。
例えば、「日本は産業スパイの天国なのか?」「海底ケーブルに盗聴器が仕掛けられたら?」「台湾有事の際の沖縄の位置付けは?」といった問題から、2025年に施行された「セキュリティー・クリアランス制度(SC)」についても解説されています。SCとは、安全保障上の機密を扱う政府職員や民間人らに情報へのアクセス資格を付与する制度です。
SCに関しては海外では機密情報を取り扱う際のルールが定められていますが、日本は未整備。「こんなに無防備でこわい国はない」と言われ続けてきました。昨年やっとSCができたものの、諸外国に比べるとまだまだ制度設計が甘い。この本では、そうしたさまざまな観点から、安全保障について取り上げていますので、入門書や導入書としておすすめの一冊です。「減る農家と令和の米騒動」「Z世代を国防人材に」…と、見出しを見ているだけでも面白いですよ。
息の根を止める「チョークポイント」とは
2. 『チョークポイント アメリカが仕掛ける世界経済戦争の内幕』(エドワード・フィッシュマン著、三木俊哉訳、日経BP)
この本のタイトル「チョークポイント」という言葉になじみのある人は少ないかもしれません。私は1965年生まれで、ちょうど中学生の頃はプロレスが大ブーム。アントニオ猪木やジャイアント馬場が現役で活躍していました。当時、プロレスの技で首を絞めると、反則技なので絞められたほうは「チョーク!」と叫びリングをたたいて抗議していました。つまり、「チョークポイント」とは「押さえると息の根を止めるポイント」という意味です。
サプライチェーンにおいては原料、加工、製造、輸出といった流れのどこを押さえるかによって製品に対する影響力が変わってきます。昔、日本はロジック半導体と呼ばれるコンピュータなどの中核となる部分をたくさんつくっていましたが韓国のサムスン電子などに逆転され、今はウエハー(半導体の基盤)などの川下工程のほうで存在感があるのが現状です。アメリカではバイデン政権以降、サプライチェーンの全工程を自分たちで行いたいと考え、台湾の企業などを仲間に引き入れようとする半導体戦略を進めています。「半導体」というチョークポイントを押さえておかないと、世界に対して影響力を失ってしまうからです。
かつて、アメリカは石油を自国でつくれていなかったので、中東が世界のチョークポイントでした。また、スエズ運河やパナマ運河は物流の要所。チョークポイントは資材や製品の場合もあれば、地理的な要素となる場合もあります。
この本には、そういったチョークポイントをめぐって、アメリカがどのような闘いをしてきたか、ロシアがそれにどう対応しているのかが、歴史的な事実に基づいて書かれています。地政学や半導体を巡る闘い、アメリカの覇権や国際関係に関心を持つ人にとっては面白い本だと思います。
安全保障上の重要技術をどう活用し、保護していくか
3. 『技術安全保障』(山本晃平著、日本経済新聞出版)
安全保障は、経済だけでなく、技術面でも重要なんです。みなさん、「技術安全保障」という言葉を聞くと「技術を取った」「取られた」といった陣取り合戦のようなことを連想するのではないでしょうか。しかし、この本では「技術」というものに対して世界各国がきちんと取引をする、あるいは、取引の材料を守り、強みを生かすようにすれば戦争などにエスカレートすることがない──と解説されています。
著者の山本晃平さんは自衛隊にいたことがあり、軍事、技術、科学に精通したコンサルタントです。現在はEYストラテジー・アンド・コンサルティングに所属しています。「どうすれば、科学技術が安全や平和に貢献できるのか」という思いを持ち、さまざまな論文を発表したり、講演をしたりしてきました。
戦争を遠ざけるために重要な技術は自分たちでつくるにしても、それをどう活用すればいいのか。さらに、各国の摩擦が戦争にエスカレートしないような状況もつくらなくてはいけない。技術者だけではなく、国際関係、経済、経営といったいろんな面から議論をして、制度をつくる必要があるのに、残念ながら日本にはそうした人材が少ないんです。「この先、人材を育てないと安全保障についての議論ができなくなる」ということもこの本に書かれています。技術の話だけ進めていても、世界覇権争いの最中では、安全保障議論に参加できません。
同時に、技術面についてもいろいろな観点から議論をして、各国とルールや制度をつくる必要がある。単なるテクノロジーの知的財産権といった話ではなく、技術というものをどう運用してルールづくりをしていくかが非常に重要になります。山本さんは防衛省の重要技術認定に関わる委員会メンバーでもあり、実際の議論にも参加しているので、この本は非常に説得力があります。
環境分野やモノづくり、研究開発に関わる人たちに読んでいただき、「今は技術だけでなく、こうしたものの考え方が必要なんだ」という認識が広がったらうれしいですね。
台湾有事や尖閣占拠に日本政府は対応できるのか
4. 『論点解説 日本の安全保障』(秋山昌廣編、小黒一正編、日本経済新聞出版)
こちらは、安全保障の本丸である軍事や防衛に対して、どんな議論が必要か論点を整理した一冊です。鹿島平和研究所で開催されている「国力研究会」「秋山研究会」のメンバーが中心となり、安全保障体制を構築する際に避けては通れない17の論点について問題提起しています。
「安全保障」は、「どうやって軍事費や防衛費を増やすか」という議論にまりがちですが、防衛費を増やせば解決するような簡単な問題ではありません。自衛隊員はずっと定員割れですし、防衛設備を提供する企業も撤退が相次いでいます。なぜかというと、割に合わないから。自衛隊は、有事に備えるだけではなく災害出動も頻繁です。また軍事関連企業はいくら軍事関連の技術を磨いても輸出できるわけではなく、国内顧客にだけ提供しても毎年売り上げが伸びるわけでもない。そこに「防衛費を増やすよ」と言われたところで「今まで無関心だったのにすぐには対応できない」というのが現場の正直な声だと思います。そうした論点を「ちゃんと議論しよう」というのが、この本です。
例えば、戦争や有事の際は財源をどうやって調達するのか。実は、現段階の防衛省と財務省ではシミュレーションにまで至らず、「そうなったら困るよね」くらいのレベルで議論されるだけ。また、「台湾有事や、尖閣諸島が占拠されたらどうするのか」という事態は、今までは議論するのがタブーでしたが、そういうことをきちんと考えないと危機管理はできません。
この本では、「気候変動と軍事の関連」「日本のインテリジェンス―諜報(ちょうほう)・情報活動」といった17の論点から現実を直視できるようになっています。現場の実態を熟知した14名の筆者の方々に集まっていただいて実現しました。本来は17の論点の一つひとつで一冊の本が書けるぐらい読み応えがある。編集する私も原稿整理で気力・体力を使い果たすほど(笑)超濃厚な内容です。
海底ケーブルを制する者は世界を制する
5. 『海底の覇権争奪』(土屋大洋著、日本経済新聞出版)
タイトルにある「海底」とは、海底ケーブルのことです。企画案の段階では「海底ケーブル」をタイトルに入れていたのですが、「それだとケーブル関係者にしか読まれないのでは」という指摘を受け、「海底の覇権」としました。
著者は日本経済新聞の客員論説委員であり、サイバー攻撃に関する第一人者でもある土屋大洋さん。土屋さんは大学生の頃から海底ケーブルに着目し、それが世界的にどのように覇権争奪の対象になってきたかを調べてきたのですが、この本でやっとその成果を世に問うことができたそうです。
ところで、海底ケーブルというと、最初は電信、電報、電話でした。イギリスは1852年に世界初の商業用海底電信ケーブルをドーバー海峡に敷き、その後も世界中に海底ケーブルを張り巡らせ、経済、政治、戦争についての情報が即座に本国に伝わるようになりました。海底ケーブルを押さえたことで、大英帝国が揺るぎないものになったという歴史があります。
第2次世界大戦中はアメリカが中心となって電話のネットワークを押さえていました。一時期、「これからは海底ケーブルではなく、衛星通信だ」といわれたのですが、残念ながら衛星回線で送れる情報量はそれほど多くありません。例えば、ケネディ大統領の暗殺事件は史上初の宇宙中継によって日本でも報道されましたが、不明瞭だったようです。
その後、より多くの情報量を送ることができる光ケーブルが発明されると、海底ケーブルが一気に復権。先ほどの「チョークポイント」のように、海底ケーブルを押さえることが、大国の条件の一つになりました。ただ、海底ケーブルが切られてしまうと一気に情報が断絶されるというリスクもありますよね。現に、バルト海では事故なのか作為なのか不明の海底ケーブル切断事案が発生しています。そうした海底ケーブルの問題や敷設業務の実情などについても丁寧に解説されています。地政学という言葉が話題になって久しいですが、この本は地政学の典型的な本といえます。
本書では世界各国の海底ケーブルが敷かれている場所、かつて敷かれていた場所なども紹介されていて、「海底ケーブル風土記」的な楽しみ方もできます。
日本はまた遅れるのか サーキュラーエコノミーを巡る攻防
6. 『サーキュラーエコノミーの地政学』(平沼光著、日本経済新聞出版)
「サーキュラーエコノミー」という言葉をよく耳にするようになりましたよね。簡単に言うと「廃棄物が発生しないように資源を循環させ、地球に優しい経済をつくりましょう」というEU発祥のコンセプトです。それを世界各国が「地球温暖化を避けよう」「資源の無駄遣いやフードロスを止めよう」と導入してきたのですが、EU は「サーキュラーエコノミーの認証を受けていない企業の製品の輸入は認められない」というルール化を始めています。だんだんとサーキュラーエコノミーがパワーゲームの材料にもなってきているんです。そうした各国の駆け引きやどんな闘いが繰り広げられているのかを書いたのが、この本です。
「エコ」「資源循環」という視点で、日本は公害問題に取り組んできた先進国だというイメージがありませんか。ところが、この本を読むと日本は完全に世界各国に後れを取っていることが分かります。
例えば、アメリカや欧州では産廃事業が巨大ビジネスになっていて、「うちと取引をすればサーキュラーエコノミーの仕組みの中に入れますよ」という企業がいくつもあり、日本にもフランスのヴェオリアという、この分野の世界的な大企業が進出しています。しかし、残念ながら日本の国内企業は小規模な会社が各自手分けをしてやっているという状況で、全く歯が立ちません。日本でも大量の廃棄物を回収・再利用する「メガリサイクラー」をつくらないと、サーキュラーエコノミーは実現できません。
この本は持続可能な経済の実現という麗しい目的の陰で繰り広げられている攻防戦が書かれた、日本国内では数少ない本だと思います。「エコ」というきれいごとではなく、ドロドロとした攻防戦が始まっているので、日本企業は心しておかないといけません。
この本は、モノづくりをしている企業の人に特におすすめです。カーボンニュートラルも「地球のため」に始まりましたが、のちにルール化されました。サーキュラーエコノミーについても、従わなければ日本はまたガラパゴス化してしまいかねません。尖閣問題発生のときにレアアースを取引の材料に使われたのに、その後の日本の取り組みは話にならないものでした。「半導体の都市鉱山がある」といわれていますが、古いスマホなどを回収・リサイクルするメガリサイクラーが日本にはない。もう10年以上も前から指摘されているのに、何も進んでいないんですね。今後どうすればいいのか、しっかり問題提起がされている一冊です。
これだけ変化の激しい世界では、もととなる「考え方」を知ることが大切です。経済安全保障を考えるには、応用問題を解くような柔軟な思考が必要です。次に紹介するのは、そのベースとなるものの見方・考え方が身に付く経営学・経済学の巨人たちの良書です。
名著『失敗の本質』をビジュアルで理解
7. 『野中郁次郎 ビジュアル講義 第二次世界大戦』(野中郁次郎監修、三原光明著、日本経済新聞出版)
経済の「安全保障」という面においては、経営学の大家で25年に亡くなられた野中郁次郎さんの『失敗の本質』という名著があります。若き日の野中さんは日本企業の失敗事例を求めていましたが、企業は自分たちの過ちを公開することに積極的ではなく行き詰まっていました。そのとき、失敗例の典型として戦前の日本軍を研究してはというアドバイスをもらいました。第2次世界大戦において日本軍がどのような意思決定をして、失敗してしまったのかを各分野の研究者と解き明かした『失敗の本質』はこのようにして誕生したのです。
その名著の応用例といってもよい『野中郁次郎 ビジュアル講義 第二次世界大戦』では、第2次世界大戦における英仏独や日本軍の戦いをビジュアル化し、どういったプロセスを踏まなかったから負けたのかを解説しています。
ビジュアル化にあたっては野中さんの防衛大学校時代の教え子である三原光明さんがすべての地図を作製してくださいました。これだけ情報量の多いビジュアル本はなかなかないと思います。値段は3850円と高めですが、2025年5月の発売からじりじりと売れていて、8月の終戦の時期によく読まれました。
特長は、地図で戦いのプロセスを見せることによって、「一方はこういう手を打った」「他方は打たずに失敗した」ということが冷静に分析されているところ。また、勝者と敗者の分岐点がどのように生まれたのかは説明されていますが、「それをどうビジネスに生かすか」は書かれていません。世に多く出ている戦史をたとえとするビジネス書とは一線を画す硬派な内容となっています。
戦後経済に多大な影響を与えたフリードマンの評伝
戦後の経営学の巨人が野中郁次郎さんだとしたら、戦後の経済学の巨人はフリードマンだと思います。ケインズ、マルクス、シュンペーター以上の影響力があったのではないでしょうか。
フリードマンは、実際の政治経済に影響力を持ち、ルーカス、ベッカー、サージェントといった教え子たちもシカゴ学派(シカゴ大学の経済学部を中心に形成された経済学の学派)として活躍しています。
ただ、現在では「政府の介入は最小限にして、市場の自由な活動に任せるべき」という新自由主義には否定的な見解もありますが、これはある主義主張は廃れていくというか、限界があるということの表れかもしれません。
8. 『ミルトン・フリードマン(上)』
9. 『ミルトン・フリードマン(下)』
(ジェニファー・バーンズ著、村井浩紀訳、日本経済新聞出版)
上巻では1960年頃までが書かれ、経済学に関心がある人にとっては意外なドラマがあって「そうだったのか」と思う部分が多いはずです。上巻では、フリードマンがアメリカ国内で大きな影響力を及ぼすまでの過程、下巻では、その影響力にかげりが出てくる様子が書かれています。フリードマンの人物像や言動、また、妻がどれだけ大きな存在だったかというエピソードなども含めて、いろいろな側面で書かれている評伝なので読んでいて面白いですよ。大河ドラマ『豊臣兄弟』ではありませんが、異端児が天下を取るまでの波瀾万丈(はらんばんじょう)な物語でもあります。
「フリードマンはもう古いんじゃないの」と食わず嫌いせず、「こんなにすごい経済学者がいて、世の中をこう変えてきたんだ」と楽しんでもらえたらいいですね。 各巻5500円しますし、やや高い印象があるかと思いますが、中身の充実ぶりは値段相応です。フリードマンのガイド本の多くは、市場主義の時代」が最終章になっている頂点の時代に書かれた古いものが多く、フリードマンの考え方そのものをきちんと紹介する本は少ないんです。
本書では、いわゆる近代史・現代史の授業で教わらないことも書かれているので、「現代史と経済学」という観点から読んでもらえたらと思います。フリードマンの思想的な宿敵であったケインズの浩瀚(こうかん)な評伝『 『ジョン・メイナード・ケインズ 1883-1946(上・下)』 』(日本経済新聞出版)を一緒に読むと、経済学のダイナミックな歴史が分かります。
フリードマンはまさにドルの時代に生きた経済学者でしたが、晩年は、ドルの力が弱くなり、プラザ合意、そして急激な円高が起きます。そこで紹介したいのが、次に紹介する、ドル帝国の興亡を描いた『ドル覇権が終わるとき』です。
「ドルが信用を失うときがくる」という警告の書
10. 『ドル覇権が終わるとき インサイダーが見た国際金融「激動の70年」』(ケネス・ロゴフ著、村井章子訳)
この本の著者のケネス・ロゴフは、『 『国家は破綻する――金融危機の800年』(日経BP) 』(日経BP)という本も有名です。ちなみにこの本の原題は「今回だけは違う」というもので、歴史に学ばない愚も指摘する内容でした。ロゴフは「紙幣の限界」についても情報発信している経済学者です。
ロゴフは象牙の塔にこもっている研究者ではありません。IMF(国際通貨基金)のチーフエコノミストも務め、世界経済を巡る大国のパワーゲームも目にしてきたインサイダーでもあります。かつて「ドルは世界の基軸通貨」「ドルが信用されている限り、この世は終わらない」と思われていましたが、この本では、基軸通貨ドルの恩恵をいかにアメリカが享受してきたかを明らかにするとともに、21世紀の今日、アメリカの衰弱、低インフレ政策、FRBへの圧力などによってドルの信用が失われ、債務危機や通貨危機などが発生すると警告しています。
アメリカは移民が多く、発展が未来永劫(みらいえいごう)続くような印象もありますが、現在は、移民規制が始まり、さまざまな危機の兆候が出ていますよね。ロゴフは、「ドルによる平和は永遠に続く」という前提は、今後10年のうちに覆される可能性が高いとしています。これからの世界経済を考える上で、この本で書かれている内容は頭に入れておくべきでしょう。特に、金融資産に携わる人、投資をしている人もリスクヘッジしてポートフォリオを組んでおくべきだと思います。
翻訳者の村井章子さんは、数々のビジネス名著を翻訳しています。この本も翻訳が素晴らしく、すらすらと読めるのが特徴です。ぜひ、手に取ってほしいですね。
文/三浦香代子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)









