世界情勢が不安定な中、時事を読む力が必要

 「日経の本」には、多くの経済書があります。専門知識を持った編集者がテーマに合わせて選書するこの連載、今回は「時事を読む力を蓄える」という視点で紹介します。

 2026年2月の衆議院選挙では自民党が圧勝し、日経平均株価は最高値を更新しました。一方で、米国がイランを攻撃するなど、世界情勢は不安定です。日本経済を考えるとき、金融の知識だけでなく、時事を読む力も必要です。長年、金融と経済の本をつくり続けてきたベテラン編集者である堀口祐介が、金融と経済のおすすめの本を選びました。

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日経BOOKSユニット 堀口祐介(以下、堀口) では、今回は金融と日本経済についての本を紹介したいと思います。前回、 『「経済安全保障」を考える良書 入門から経済学の巨人の名著まで10冊を解説』 で、経済学の世界の巨人、ミルトン・フリードマンの評伝『 ミルトン・フリードマン(上) 』、『 ミルトン・フリードマン(下) 』を紹介しました。

 フリードマンは経済学の世界の巨人ですが、今回紹介したいのは、投資の世界の巨人、チャールズ・T・マンガーです。

バフェットの盟友 チャールズ・T・マンガーとは

1. 『Poor Charlie’s Almanack チャールズ・T・マンガーの金言』(チャールズ・T・マンガー著、日本経済新聞出版)

 チャールズ・T・マンガーはウォーレン・バフェットの相棒として、常にどの株に投資すべきかを判断してきました。本書の序文にはバフェットが「私はこれ以上ないほど、チャーリーに感謝している」という言葉を寄せています。日本でマンガー本人の著作が出るのは初めてで、彼がさまざまなところで話した言葉がまとめられています。読むと分かるのですが、非常に教養あふれる人物です。

 例えば、「物理学はメカニズムで動くけれども、経済は違う。常に市場を見て反応しなければならない」といったことも話しています。マンガーが世界をどのように見てきたのかが分かるため、単なる投資の本ではなく、教養本としても刺激を受けられます。税込5500円という高額ですが、増刷を着々と重ねていて、読者の関心の高さもうかがえます。

十字軍遠征からリーマン・ショックまで金融の歴史を網羅

2. 『ファイナンスの世界史』(大村敬一著、日本経済新聞出版)

 1冊目で紹介したマンガーが見つめてきたマネーの動きを、歴史的に読み解いたのが『ファイナンスの世界史』です。著者の大村敬一さんは理論と現実の両方を見すえたファイナンス研究者で、法政大学、早稲田大学などで教授を務められました。日本の金融制度がどのように改革されたかをつぶさにご覧になり、内閣府に出向したときは不良債権問題を分析されています。「これまでの経験と知識を駆使して金融の歴史を書いてみませんか?」と提案して生まれたのが、この本です。

 世界の金融の歴史を解説していますので、最初は十字軍遠征に始まりますが、大村さんの真骨頂は戦後の金融をめぐる動き、そうした金融危機の際に人々はどう手を打ったのかを書いているところです。単なる金融制度の本ではなく、生き生きとした金融の歴史本になっています。本のタイトルを「金融の歴史」としてしまうと今までに書かれた本との違いを印象づけられないので、ファイナンス研究が専門で、資本の運用・調達に詳しい大村さんが書いたという位置づけが新しいため、『ファイナンスの世界史』としました。

歴史を読み解くと会社法が生まれた必然性が分かる

3. 『会社と株主の世界史』(中島茂著、日本経済新聞出版)

 『ファイナンスの世界史』と対になっているのが『会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義』です。ファイナンスの歴史は会社と株主を抜きには語れません。

 著者の中島茂さんは、株主総会に関する入門書や『取締役の法律知識(第4版)』といった本も書かれているスーパー弁護士。これまでは実務書がメインでしたが、この本では会社や株主、ガバナンス、会社法自体がどのように変遷して今日の姿になったのか、そうした歴史を弁護士の視点から書くことに挑戦されました。

 「会社法」と聞くと「なんだか堅そうな内容だなあ」と興味がうせがちですが、この本では先ほどの『ファイナンスの世界史』と同じく、「歴史的にこういう背景があり、こういうルールができた」という制度の必然性が説得力をもって書かれています。中島さん独自の視点が盛り込まれ、会社法を勉強したい人にとっては非常に面白いサブテキストになっています。会社法を知っている人でも「おお、これは!」という発見がありますので、会社法のプロである人にとっても有益な読み方、情報が得られると思います。

「宇宙人」と呼ばれたアジア開発銀行総裁

4. 『強い日本を残す』(神田眞人著、日本経済新聞出版)

 これまで紹介した『ファイナンスの世界史』『会社と株主の世界史』で世界の金融の歴史についてひと通り学べます。では、日本のここ数年の動向は? と国内に関心が向いたときに読みたいのが『強い日本を残す』です。

 神田眞人さんはアジア開発銀行総裁で、2024年頃に24年ぶりの円買い介入の報道で名前を目にした人が多いかもしれません。神田さんはもともと財務省の財務官で、「宇宙人」と呼ばれるほど独自の発想をする方。ものすごい冊数の本を読み、テレビは録画して倍速で視聴、とインプット量がすごいんです。かと思うとオフには温泉巡りをして、「いつ寝ているんですか?」と聞きたくなるほど。

 そんな神田さんのユニークで教養あふれる人となりを、日経新聞の編集委員で日銀ウォッチャー、FP資格を持つ清水功哉さんが聞き手となって明らかにしています。金融のプロである神田さんがどういう観点から世界を見て、各国の金融のプロと付き合い、どう情報を集めて為替相場に臨んだのかについて、かなり本音で書かれています。神田さんの頭の中が「解剖」されている本だと思います。

日本の証券市場のターニングポイントを描いた1冊

5. 『山一前後 日本証券市場の敗戦と復興』(小平龍四郎著、日本経済新聞出版)

 こちらも日本の金融の歴史を書いた本です。著者の小平さんは日本経済新聞の編集委員で、証券部記者として日本の市場を見続けてきた人です。この本は「1997年の山一証券の破綻は日本の証券市場にとってターニングポイントだった」という仮説に基づいて書かれています。

 山一証券が破綻する前の日本の証券市場はインサイダーに対する規制も緩く、コンプライアンスも国際会計基準もあるのかないのかという状態でした。バブルで景気もよく、自分たちのやっていることが「問題」だという認識もありませんでした。ところが、バブルが崩壊し、証券市場の株価が低迷すると問題が噴出します。世界から見れば問題だった行動が、景気のよさで覆い隠されていたのだと分かった。そのゆがみが一気に吹き出したのが、山一証券の破綻でした。その後、株価が戻るまでには30年近くかかった──という歴史の変遷が書かれています。

 人間はどうしても目の前の株価に一喜一憂しがちですが、その裏側にはこうした歴史があったのか、これが今につながっているのか、という発見があり、勉強になります。

破滅のループ「金融化」とは

6. 『金融化する世界』(小倉将志郎著、日本経済新聞出版)

 ここまで「金融」という言葉を何度も使ってきましたが、本来、金融は血液のように市場を循環しているものです。ところが、現代においては金融が実体経済に占める割合が非常に大きくなり、実体経済を振り回している。その「金融化」した状態の弊害について書かれたのが、この本です。

 金融化を解き明かそうとすると、歴史や企業の行動に問題意識を向けるので、数理経済学や経済モデルでは捉えきれません。そのため、いわゆる経済学の主流派からはきちんと分析されないままだったのですが、この本では金融化の問題について果敢に挑んでいます。

 「余剰資金のある大企業がなぜ負債を増加させているのか」「ビッグテックも金融に進出する理由は」など、金融機関と企業の関係がみっちり分析されていてちょっと手ごわいと感じるかもしれませんが、資本主義の構造変化についても理解が深まります。ぜひ一度読んでみてください。

中長期経営戦略を立てる際のヒントに

7. 『2075 次世代AIで甦る日本経済』(岩田一政・日本経済研究センター編著、日本経済新聞出版)

 ここまでは日本の金融の歴史を見てきました。同時に気になるのは、「これからどうなるのか」ですよね。ここからは「未来予測」の本についてお話しします。

 ここで紹介する『2075 次世代AIで甦る日本経済』は、日本経済研究センターという日本経済新聞のシンクタンクの長期予測をまとめた1冊です。「2075年には次世代AIを活用して、日本経済は今のポジションを維持できる」という良いシナリオについて書かれています。一方、このシナリオ通りに進まないと、どんどん一人当たりのGDPが落ち、貧しくなっていくという警告も含めています。

 「2075年」という年代を見ると、「自分はもうこの世にいない」と思う人もいるかもしれませんが、今から長期的なスタンスで日本経済の改革に取り組まないと、自分たちの子どもや孫の世代の日本の将来が暗くなってしまう。編著者の岩田一政さんはテクノロジーに関心を持っている経済学者です。このデジタル化の時代に一人ひとり、何ができるのかがきちんと書かれています。経済の教養を身に付けたいビジネスパーソンはもちろん、企業の経営戦略や中長期計画に携わる人たちにとってもヒントの多い1冊です。

加筆された新章は日本への警告

8. 『なぜ貧しい国はなくならないのか(第3版)』(大塚啓二郎著、日本経済新聞出版)

 もし最善を尽くせなかった場合、日本はどうなるのか。そもそも貧しい国はなぜなくならないのか──という問題に経済開発の研究者である大塚啓二郎さんが迫ったのが、この本です。「なぜ、途上国は経済的な成長ができないのか」「どうすればいいのか」という問題について書かれています。

  前回の記事 で紹介したミルトン・フリードマンのシカゴ学派の考え方をベースにし、市場を活用する視点が盛り込まれているので、説得力のある説明が特徴です。今回、改訂にあたって1章分を加筆し、日本がどういった手を打たないと先進国から脱落してしまうのかについて書かれています。「人に投資しない経済は成長しない」と書かれた新章は、日本経済への警告となっています。国際開発やODAに携わる人だけではなく、多くの人に読んでもらい、日本の現状について危機感を持ってもらえればと思います。

なぜ男女間の賃金格差はなくならないのか

9. 『男女賃金格差の経済学』(大湾秀雄著、日本経済新聞出版)

 日本の現状に対する危機感、人への投資──となると問題になるのが男女の賃金格差です。なぜいまだに賃金格差があるのかを明らかにしたのが『男女賃金格差の経済学』です。

 平明なタッチで書かれていますが、データを取りづらい男女の賃金格差を実証分析したことが評価されて「日経・経済図書文化賞」を受賞した骨太な1冊です。数式や海外の論文なども引用されているので、女性にとってはチャイルドペナルティーなど「モヤモヤの原因」がクリアになると思います。

 私が入社した1988年ごろは男女雇用機会均等法が導入され、女性の記者が増えてきた時代でした。しかし施行後すぐに社会が切り替わるわけではありません。どうしても前の世代の運用制度が残ってしまっています。

令和の米不足は天災と人災によるもの

10. 『令和米騒動 日本農政失敗の本質』(荒幡克己著、日本経済新聞出版)

 日本にはさまざまな課題が山積みですが、問題を解決しないでここまで来てしまったのが、日本の農業でしょう。高齢化、耕作放棄地も問題なのですが、2025年は温暖化、高温化による米の不作が直撃しました。

 収穫しても使えない米が多く、レストランなどで白米を使う人と、お煎餅などの原料として加工用米を使う人との間で米の奪い合いが起き、価格が跳ね上がってしまった。そうした背景について書かれたのが『令和米騒動 日本農政失敗の本質』です。

 この本では、今、東日本と西日本の農家にはどれくらいの増産の余地があるのか、現場の情報に基づいて分析されています。著者の荒幡克己さんは農林水産省から大学の教授に転じて、今でもかなりの農家を回って実態を把握しています。それだけに、書いている内容にはリアリティーがあり、2025年の米不足は「天災と人災が相まって危機が生じた」と分析しています。高温化が続く限り米の不作で値上がりが続き、米不足はまた起きる。その課題にどう取り組むべきかについても書かれているので、単なる農業問題本、犯人探しの本ではありません。

破裂する水道管、陥没する道路…今そこにある危機

11. 『インフラ崩壊(日経プレミアシリーズ)』(根本祐二著、日本経済新聞出版)

 農業と並んで深刻なのがインフラ崩壊です。著者の根本祐二さんには2011年に『朽ちるインフラ』という本を書いていただきましたが、それ以降、老朽化するインフラに対策がなされたかというと、そうではない。むしろ、大きな課題を抱えています。記憶に新しいのが、八潮市で起きた、下水道管の破損に起因すると考えられる道路陥没事故でしょう。

 一般的に水道管は40年、下水道管は50年、橋や建築物は60年、道路舗装のアスファルトやコンクリートは15年が耐久期限といわれています。目安を過ぎてもすぐに壊れるわけではありませんが、目安の前に壊れることも珍しくありません。しかし、少子高齢化で経済成長が緩やかになると、インフラのメンテナンスにかけられる予算が減ってしまう傾向があるのです。今後、少ない予算でどう対策すべきか。決して、人ごとではない1冊だと思います。

取材・文/三浦香代子 構成/西倫英(日経BOOKプラス編集)