デジタルそしてコンピューターを基盤とする情報技術(IT)は、得てして「魔法」に例えられます。それは、多くの人にとってITを活用したシステムや情報機器(デバイス)が「不思議に思えるほどすごいことをしてくれるモノ」と感じられるからではないでしょうか。
このように感じられるのは、ITシステム/デバイスがブラックボックス化され、中身が見えないためでしょう。中身が見えない、言い換えれば仕組みが分からないことから、「すごい」という前向きな感情に加えて、なんだか「怖い」という苦手意識も芽生えがちです。
デジタル社会では、公私ともにITに関与する機会は増える一方です。例えば、会社でDX推進やAI活用に取り組んだり、日常生活で各種支払いをスマホで手軽に済ませたり、といったIT化は今後も進むでしょう。そうしたときに苦手意識を持ったままだと、前向きに進めることが難しかったり、他人任せになってしまったりすることでしょう。
加速する一方のIT化の波におぼれず、積極的に乗り越えていくには、ITをブラックボックス化しないで、その基本的な仕組みを知っておくことが大切だと考えます。もちろん、詳細に理解することは時間的にも難しいでしょう。ですが、基礎および大まかな輪郭をつかんでおくだけでも、苦手意識を解消し、前向きに関わろうという意欲を得て、今後の成功体験の積み重ねの最初の一歩につながると思います。ITに関する基礎知識は、デジタル社会で活躍していくすべての人にとって、必須の武器になると言っても言い過ぎではないと思います。
「すべての人」というのは大げさだと思われるかもしれませんが、こう言い切れるほど、基礎知識は大切だと考えます。
ITが苦手な人なら、そもそもデジタル化とは何か、コンピューターはどのように動いているのか、といった「仕組みの基本と全体像の輪郭」をつかむだけで、各種システム/デバイスが身近に感じられることでしょう。手元のデバイスに不具合が起きたとしても、これまでのようにイライラせずに「そんなものだろう」とゆとりを持って対処できるかもしれません。
ITが比較的得意という方にとっても、「仕組みの基本と全体像の輪郭」を見直すことは今後に役立つことでしょう。たとえ活躍しているプログラマーであっても、自分の専門分野を外れると、意外と基本を知らないこともあるものです。専門分野という武器に加えて、その周辺知識も獲得しておくことで、IT全般につながる幅広い知見が得られ、それは今後のキャリア形成で大きな意味を持つかもしれません。
そこで今回は、IT系のヒット書籍を手掛けてきた編集者が、「仕組みの基本と全体像の輪郭」が身につく本を9冊厳選しました。これらの本は、ITが苦手な人にとっても、得意な人にとっても、大いにおすすめできる名著です。
さらに、これらは、「役立つ」だけでなく、読んで「面白い」本ばかり。物事の構造や本質を理解することは知的好奇心を満たしてくれると同時に、新たな問いを生み出し、問題解決能力や創造性すら高めてくれるかもしれません。AI任せが進みそうな今こそ、これらの能力につながる下地を整えてみませんか。
ぜひ下の図を参考に、気になる本、読みたい分野から手に取ってみてください。1冊読めばきっとあなたの一生の武器になってくれると思います(おすすめの読む順番は記事末をご覧ください)。
理系文系問わず、はじめの1冊にふさわしい
1. 『教養としてのコンピューターサイエンス講義 第2版』ブライアン・カーニハン著、酒匂寛訳、坂村健解説、日経BP
ITに対する得手不得手を問わず、多くのビジネスパーソンに「はじめの1冊」としておすすめしたいのが、この 『教養としてのコンピューターサイエンス講義 第2版』 です。
本書は、プリンストン大学で、いわゆる「一般人向け」として行われた「コンピューターサイエンス(計算機科学)」の講義を1冊にまとめたものです。パソコンやスマホをはじめとするコンピューターやインターネット、ウェブサイトがどのような仕組みで成り立っているのか、データの扱いを含めどう安全に使いこなせばいいのかを、コンピューターの知識が比較的少ない人に向けて基礎の基礎から平易な文章で丁寧に書かれています。
著者は伝説的な計算機科学者であるブライアン・カーニハン氏。プログラミング言語の歴史的名著といわれている『プログラミング言語C』(通称:K&R本/著者の頭文字をとってそう呼ばれている)※1を書いた人でもあります。
そんな著名な専門家が書いた本と聞くと難しそうに思われるかもしれませんが、とにかく読みやすいのが特徴です。例えば「はじめに」の章は、コロナ禍が始まった当時、大学の授業や著者の生活がどのように変わったのかについて、リアルなエピソードを語るところから始まります。540ページとなかなかのボリュームですが、コンピューターサイエンスの本とは思えないほど、専門用語が丁寧に解説され、分かりやすい比喩が用いられていて、本全体に「読み物」として楽しめるエッセンスがちりばめられています。技術系の本によくある「初心者が置いてきぼりにされる」感覚がない本ともいえます。
一方で、ある程度の知識がある人にとっては、少々回りくどく感じることもあるかもしれません。コンピューターとネットワーク社会全般を網羅している本なので、目次を見て気になるところから読むのもおすすめです。
グーグル元CEOのエリック・シュミット氏は、本書を「地球上の誰もが読むべきだ」と激賞していました。コンピューターとネットの仕組みをさっくり学ぶには、一番の良書といえるでしょう。
コンピューターを動かすことが楽しくなる1冊
2. 『コンピュータはなぜ動くのか 第2版』矢沢久雄著、日経BP
先ほど紹介した『教養としてのコンピューターサイエンス講義 第2版』と同じく、多くのビジネスパーソンにおすすめしたいのが、この名著 『コンピュータはなぜ動くのか 第2版』 です。
ハードウエア、ソフトウエア、データベース、ネットワーク、セキュリティというコンピューターを使いこなす上で必要な知識を、この本で解説しています。手っ取り早く、気軽にコンピューター全般の知識を身につけたいという人にぴったりの1冊です。
著者は、軽快な口調で分かりやすい説明に定評がある、「ソフトウェア芸人」を自任する矢沢久雄氏。矢沢氏は本書の「はじめに」で、次のように述べています。
本書の目的は、コンピュータ技術の、知識の範囲、絶対的な基礎、ゴールを、皆さんに身に付けていただくことです。これからコンピュータで何か作ってみたいけれど難しそうでためらっている人や、コンピュータ業界にいながら最新の技術に追い付けないと悩んでいる人に、コンピュータの本質を知っていただきたいと思います。コンピュータは、とてもシンプルなものであり、誰にでも理解できます。コンピュータがわかれば、コンピュータがもっともっと楽しくなります。
「はじめに」に書かれているとおり、とにかくコンピューター技術の絶対的な基礎、仕組みを理解するのに、この本はとてもおすすめです。実はこの本は、累計84万部を売り上げている『なぜ~』シリーズのうちの1冊。出版された順番でいうと本書は2番目(初版2003年)ですが、初心者の人は、この『コンピュータはなぜ動くのか 第2版』を先に読むほうが分かりやすいと思います。2022年に19年ぶりに改訂され、第2版として出ているものが最新です。
プログラマーやシステムエンジニア(SE)を目指す人、基本からひととおり学びたい文系エンジニア、もう一度おさらいしたいベテランエンジニアまで、実際にコンピューターを動かして成果を出す現場にいる人も満足できる内容です。コンピューターを使いこなすことが楽しくなる1冊でもあります。
シリーズ累計84万部のなかで最もメジャーな名著
3. 『プログラムはなぜ動くのか 第3版』矢沢久雄著、日経BP
次に紹介するのは、『なぜ~』シリーズのなかで最初に出版され(初版2001年)、累計で最も売れている名著 『プログラムはなぜ動くのか 第3版』 です。この本を入り口としてプログラマーやSEになられた方も多いでしょう。教科書として大事に読み継がれてきている1冊です。
プログラムがコンピューターの中でどのように動作するのかを、分かりやすく説明している本書。プログラムはメモリーにロードされ、中央演算処理装置(CPU)によって解釈・実行されます。その仕組みを、多数の図を使って、順序だてて解説しています。
2021年に発行された待望の改訂第3版では、全文が見直され、登場するプログラミング言語や開発ツールなどは新しいものに置き換えられました。また、プログラミングが初めての人でも戸惑わないように、本文や注釈に大幅な加筆がされ、新たにPythonを使った機械学習についても追加されました。巻末の解説「レッツ・トライ Python!」は、手軽に取り組めるPython入門講座として役立つでしょう。
『なぜ~』シリーズのこれらの2冊を読み終えて、もっと「データベースについて知りたい」「ネットワークについて知りたい」となったときにおすすめなのが、次に紹介する同じシリーズの2冊です。
プログラミングの基礎を押さえた後に続けて読む本
4. 『データベースをなぜつくるのか』矢沢久雄著、日経BP
データベースの基礎知識と使いこなすための使い方を1冊で分かりやすく解説しています。こちらの著者も上の2冊同様に矢沢氏です。長年にわたってIT企業の新人研修をされてきた矢沢氏が、「データベースの分野では、なかなかよい書籍がなく、それならいっそ、自分で書いてしまおう!」(参照: 『データベースをなぜつくるのか』の「はじめに」 )と、一念発起して書いたものです。とりあえず、「データベースの基礎をつかんで、設計したり操作できるようになりたい」という方にピッタリです。
ネットワーク全体の動きを探検ツアーでたどる
5. 『ネットワークはなぜつながるのか 第2版』戸根勤著、日経NETWORK監修・著、日経BP
この本の著者は戸根勤氏で、日経NETWORKが監修しています。ウェブブラウザーにURLを入力してからウェブページが表示されるまでの道筋を探検ツアーのようにたどりながら、その裏側で働く技術を説明しています。
「データがネットワークをどのように流れていくのか」が丁寧に説明されていることもあり、誰でもすらすら読めるとは言いづらい本です。それでも、大事なポイントが「要約」としてまとめられていたり、「ほんとうは難しくないネットワーク用語」という解説コラムがあるなど、入門者でも読み進むことができて記憶に残りやすいように構成されています。特にこれからIT業界で活躍しようとしている方は、全体を読み通していただければと思います。
この『なぜ~』シリーズは、「いつの時代も変わらない基礎を大事に伝えたい」という思いとともに雑誌『日経ソフトウエア』で矢沢氏が連載していたものを本にまとめたのがそもそもの始まりです。シリーズを通して「10年後も通用する基本を身につける」をメッセージとして展開しているのが一番の特徴です。
1冊目の『プログラムはなぜ動くのか』(初版)が最初に出版されてから20年以上たちますが、コンピューターサイエンスにおける根本的な仕組みの部分は大きくは変わっていません。機能性能面やソフトウエア面でのアップデートは改訂で補い、「10年後も通用する基本」を貫いているこのシリーズは、人生で一度は読んでおいて間違いないと言えるでしょう。
AIの全体像を知るために最適な1冊目
6. 『教養としてのAI講義』メラニー・ミッチェル著、松原仁解説、尼丁千津子 訳、日経BP
生成AI活用が課題となっている企業も多いでしょう。そうしたプロジェクトに取り組む上で知っておきたいAIの基礎知識を解説しているのが、 『教養としてのAI講義』 です。
AIの基本的な仕組みから応用、課題までを、歴史上の経緯を踏まえながら、ビジネスパーソン向けに分かりやすく説明しています。
少し余談になりますが、著者のメラニー・ミッチェル氏は、世界的名著 『ゲーデル,エッシャー,バッハ あるいは不思議の環』 の著者・ダグラス・R・ホフスタッター氏のまな弟子であり、師匠ともどもAIの可能性と限界について、現在も探究し発表し続けています。そうしたAIに対する思いの強さを本書からも感じることができるはずでしょう。
本書を読むと、人間のような知的作業を理解・学習・実行できる人工知能であるAGI(Artificial General Intelligence/汎用人工知能)および人間の知能を超えるASI(Artificial Superintelligence/人工超知能)の開発がいかに難しくてすごいことなのかが分かります。だからこそ、「ASIの実現」を掲げ、その実現を目指すソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏の発言(参考:記事末※1)の重みがより実感できることでしょう。
この本は、1冊目に紹介した『教養としてのコンピューターサイエンス講義 第2版』と同じシリーズで、読み物としても十分面白いです。難しく感じる箇所があっても気にせずにどんどん読み進むことで、全体像と現況、今後の課題が見えてくると思います。
AIの基本が分かったら2冊目はこれ
7. 『ディープラーニングAIはどのように学習し、推論しているのか』立山秀利著、日経ソフトウエア編、日経BP
先ほど紹介した『教養としてのAI講義』を読んだ後に、AI関連の2冊目としておすすめしたいのが、 『ディープラーニングAIはどのように学習し、推論しているのか』 です。
ディープラーニングとは、人間の神経回路の仕組みを模したニューラルネットワークを何重にも重ねた多層構造を用いて、大量のデータから自動学習し、画像認識や音声認識、翻訳などの作業を高い精度で実行することができる、機械学習の一つです。そんな、生成AIの基盤となる「ディープラーニング」に焦点を当てて、その仕組みを分かりやすく説明しているのが本書です。
AIプログラムがどのように処理をしていくのか、全体の流れを一目で確認できるように図解を多用したり、高度な数学の知識や数式を用いずに中学レベルの数学の知識範囲で基礎を解説したりしているなど、丁寧な構成が特徴です。ChatGPTなどの生成AIの根幹をなす技術「トランスフォーマー」についても平易に解説しています。
エンジニアを目指す人だけでなく、AIへの理解をいっそう深めたい方にも読みやすいAI解説書です。
DX担当は必読 失敗に何を学び生かすのか
8. 『ソフトウェアファースト 第2版』及川卓也著、日経BP
これまで紹介してきた本は、コンピューターやAIの基本の仕組みを理解するための本でしたが、この 『ソフトウェアファースト 第2版』 は、それらの本を読んだ上での「総まとめ」や「卒論」として位置づけられるかもしれません。つまり、基礎や仕組みを知った上で、「では、ITの強み(特にソフトウエア)をどうやってビジネスに生かすのか」という視点で役に立つ1冊です。
ビジネス領域でITを活用しようとするDXは、ITならではの強みを事業成果として結実させるのが最終目的です。そのためには何が必要で、どのように手を打てばいいのか――。本書では、ソフトウエアの進化スピードと柔軟性を武器にして(手の内化して)、事業価値や顧客体験を向上させるプロダクト(製品やサービス)を生み出す方法をさまざまな事例を踏まえて解説しています。
初版が出た2019年は、経済産業省の「産業界のDX推進施策」の発表をきっかけに日本でDXという言葉が注目を集めた年でした。さまざまな企業がテクノロジーを活用してビジネスを展開する必要性を意識し始めた結果、突然「DX担当」に任命された方もいらっしゃったことでしょう。
しかし、デジタル化そのものへの対応が遅かった日本は結局、「デジタル敗戦」ともいわれる状況に陥ってしまっています。その後、コロナ禍によるデジタル化の加速で状況は改善しましたが、ITを生かして新たな価値を生み出せる企業とそうでない企業の差はどんどん開いているようです。さらに生成AIをはじめとする新たな技術も次々と誕生しています。そこで、大幅に改訂して2024年に出版されたのがこの第2版です。
著者の及川卓也氏は、グーグルやマイクロソフトで活躍してきた著名なエンジニア。2019年には、テクノロジーで企業や社会の変革を支援する「Tably(テーブリー)」を設立し、多くの組織のDX化を見届けている人です。「ソフトウェアファースト」という理念を貫き、本書の帯にある「なんちゃってDXはもうやめよう!」という言葉には、日本のDXのリアルを見つめてきた及川氏だからこその力強くも切実なメッセージが込められていると思います。
日本のデジタル化の歴史を振り返りながら、過去の失敗から学び、IT活用の成果をいかに手に入れるのか――これを考える上で、本書は信頼できるガイドです。特にDX担当は必読でしょう。手元に置いて、常に読み返したい1冊です。
ITエンジニア必読の世界的名著
9. 『CODE 第2版』 チャールズ・ペゾルド著、酒匂寛訳
ITエンジニアに特におすすめしたいのが 『CODE 第2版』 です。600ページを超える大著ですが、懐中電灯や子猫、時計…といった一見関係なさそうな題材を取り上げながら、複雑に思えるコンピューターを単純なものの組み合わせとしてとらえ、その本質に迫ります。
デジタルの大元であるビットでのやり取りから、CPUの内部の仕組み、オペレーティングシステム、そして今日のネット社会まで、しっかり丸分かりできる1冊です。本書を読めば、デジタルおよびコンピューター全体に対する解像度が飛躍的に高まることは間違いなし、です。
前述の矢沢氏は、本書の位置付けを次のように解説しています。
「もしも、勝手に(本書の)書名を変更してよいなら『コンピュータとプログラムの仕組み大全』がふさわしいだろう。評者の著書である『プログラムはなぜ動くのか』や『コンピュータはなぜ動くのか』をお読みいただいたことがあるなら、両書の内容を1冊にまとめて、徹底的に詳しくしたような本である。この第2版では、特にCPUに関する説明がより詳しくなっている。(中略)自動車でも電化製品でも、仕組みを知ると好きになり、好きになると取り扱いも上手になるものだ。本書を読めば、これまで以上にコンピュータとプログラムへの愛着が深まる。それは、業務や趣味でより一層コンピュータとプログラムを活用するための大きな契機になるはずだ」
この本を開くと、タイトルのとおりコードや回路図が並ぶ専門書で、価格も5060円(税込み)と高く感じるかもしれません。それでも、有料の講習会に数回参加することを考えると、手元にこれだけ信頼できる情報を置いておけるという意味では安いのではないでしょうか。世界的なコンピューターのバイブルが21年ぶりに大改訂されたこの第2版は、エンジニアにとって一生モノの知識になると思います。
おすすめの読む順番は…
初心者も読みやすく、全体の「基本のき」を網羅しているのが『教養としてのコンピューターサイエンス』。この1冊目を起点に、コンピューターの仕組みを分野ごとに深めていく「なぜシリーズ」、そして、AI、ソフトウェア、ITエンジニア向けのコンピューターのバイブル…と視点を広げて読み進めるのがおすすめです。
構成/田島篤(書籍第2編集部)、長野洋子(日経BOOKプラス編集)










