3月にウクライナのキーウに入り、戦地取材をしたときもそうだった。取材をすれば、常に自分自身も傷つく。その傷がなかなか癒えず、取材を終えたら引き籠もることもある。そんなとき、小西遊馬さんの傷を整えてくれるのは読書だ。なかでも、つげ義春の漫画『ねじ式』は、傷で傷を癒やす特別な一冊だという。
取材のときはいつだって、メンタルがギリギリのところまで持って行かれる感じになります。
現地では想像をはるかに超えることが起こっていて、自分の理想で解釈せずに、そのままを真っすぐに受け止められるか、異なる円が重なる部分を探すように、相手と隣り合うことができるかで、撮れる映像の強さや奥行きが決まってくる。完全に理解できるとはもちろん思っていないけど、それでもなんとか受け止めようと必死でもがく、そんな日々が続きます。
取材者自身が落ちるところまで落ちずに制作をするなんてことは、傲慢だと思っています。だから帰国後メンタルがすっかりダウンして、しばらく部屋にこもりきりになってしまうことも少なくありません。
そんなとき、必ず手に取るのが、つげ義春さんの漫画『ねじ式』です。
精密な絵で描かれるのは、メメクラゲにかまれて静脈を切断された少年が死の恐怖におびえながら医者を探し歩き、ようやく産科医がねじ栓で止血してくれるっていうストーリー。読むと分かるのですが……もう、訳が分からない。
「なんだ? これ」―― これが、初めて読んだときの感想でした。
当時、僕は大学1年で、ロヒンギャ難民キャンプを取材して初めて撮ったドキュメンタリーを完成させたばかり。
たくさんの人に見てもらいたくて、本編を短い動画にまとめてインスタにあげたら、フォロワーが600人くらいしかいないのに、シェアがなんと3000超え。それはそれでめちゃくちゃ幸せなことなんだけど、自分が撮った作品に納得がいかず悶々(もんもん)としていました。
問題は、あそこで起きていることを、「すっげえかわいそう」と思うような形に極端に単純化して見せてしまったこと。でも、分かりやすくしないと見てもらえないだろうと思っていたし、そもそも、自分としての世界の捉え方みたいなものを探している最中でもあった。
そんなときに『ねじ式』に出合いました。
「なんだ? これ」という大きな「?」。それが、次の瞬間、ストンとふに落ちた。
世界はそんなに単純じゃない
「<世界>は確かにそうなっている」――これは、社会学者の宮台真司さんの言葉ですが、「うん、確かにそうだよね」という謎の納得感に包まれました。
『ねじ式』の訳の分からなさの中に、確かに世界そのものを感じたんですね。それは絶対的な安心感であり、生命のよろこび。前回の記事、「 ウクライナ取材の根底にある『結局、何も知らない』の原点 」でもお話しした、グロテスクさと美しさの共演、生と死の友情のような……。
同時に、僕も世界を映すときにこんなふうにできれば、とすごく思いました。“くそったれな世界”だけど、それでも生きるに値する。最低だけど、最高。そう思えるような作品を作りたい。
難しいけれど、これこそ、僕がやりたいことなんだ。
つげ義春さんの作品は、『ねじ式』に限らず、『チーコ』とか『沼』とか(編集部注:『ねじ式』(小学館文庫)に収録されている短編)みんなそうなんですが、“頭”ではよく分からないのに繰り返し読みたくなる。
なぜなら、読むと心が整うから。
取材で傷ついて帰ってくると、自然に手が伸びます。そして、例えば、『沼』の最後の猟銃をズドーンと撃ったシーンを、5分間くらい見つめてしまいます。言葉にはなかなかできない。でも、それで気が付くと、心が回復しているというか。
自己破壊できるように心を柔らかくする
取材の前に心を柔らかく整えたくて、『ねじ式』を手に取ることもよくあります。
心を柔らかくしておけば、何が起ころうと自分を変形させて受け止めることができると思います。言い換えれば「心を柔らかくしておく」とは、「自分を破壊できるようにしておく」ということ。
つまり、現場へ出て行って自己破壊して世界を映し、傷ついて帰ってきても世界をまた愛せるように、心を柔らかく整えてくれるのが、僕にとっては『ねじ式』というわけです。
僕にとって、「社会」は、自分たちの存在理由や対価を求めてくるもの。損得とか法とか言語とか、その限界に覆われてるようにも見える。
だけど、「世界」はそうじゃない。生命の存在に根拠なんかないし、カオティックでグロテスクで、野性的で自然で、絶対的な快楽だってある。だから僕は、そんな「社会」が持つしがらみから解放されて、「世界」で自由に、体で風を感じられるようになりたくて、『ねじ式』を読んでいるんだと思います。
読んでも傷が癒やされるわけじゃありません。暴力的に心に入ってくるから、むしろさらに傷つく。でも優しい痛みなんです。愛がある。だからしばらくすると回復して気持ちが解放され、前よりも穏やかな気持ちになれる。
傷を傷で整えるみたいな、良薬口に苦しみたいな、そんな不思議な力がつげさんの作品にはあるように思います。
取材・文/平林理恵 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子