米関税措置の影響が広がり、地政学的なリスクも増大する中、方向感を失いつつある投資マネーはこれからどこへ向かうのか。『海外投資家はなぜ、日本に投資するのか』(日経プレミアシリーズ)の著者・ワイズマン廣田綾子氏は、各国中央銀行による金融緩和が常態化し、ドルなど貨幣の価値に対する疑念が広がる時代において、供給量が有限である「実質資産」の持つ価値に注目すべきだと言います。インタビュー前編をお届けします。
トランプ政権の関税措置をはじめとする自国第一主義的な政策は、世界の金融市場にどのような影響をもたらすのでしょうか?
米トランプ氏の関税措置のような保護主義的な動きは、国際貿易の停滞を招き、足元でサプライチェーンに混乱をもたらしています。同盟国に対しても高関税を課すことを辞さない米政権の姿勢は世界経済全体に不確実性をもたらし、特に5年単位の中長期目線で設備投資の是非を検討する企業にとって、大きな足かせとなっています。
トランプ氏の政権運営は今後、紙幣の価値の低下に拍車をかけることになると考えています。FRB(連邦準備制度理事会)の次期議長には、トランプ氏の意向を汲(く)むハト派的な人物が就任する可能性が高いとみられ、さらなる金利引き下げや金融緩和が進み、紙幣の供給量が増加することも考えられるからです。

紙幣の供給量の増加はどのような変化をもたらすのでしょうか。
そもそも現代の金融システムの基礎的な部分は、第2次世界大戦後に確立したブレトン・ウッズ体制において形作られました。この体制下では、米ドルが金と交換可能な基軸通貨として位置づけられ、世界の金融秩序の安定を図っていました。しかし1971年のニクソン・ショックによりドルと金の交換が停止され、紙幣がその裏付けを失ったことで金融市場は新たな局面を迎えました。
当初、紙幣の供給量は年平均2%程度で増加していましたが、2008年のリーマン・ショックを境に、世界各国の中央銀行は金融危機を回避するため、資金供給量を一段と引き上げました。2020年のコロナ禍で、経済活動の停滞に対する緊急措置として大規模な資金供給がさらに加速しました。
お金も、資源や商品などと同じように、供給量が増えれば価値が下がります。経済の安定化を名目に、各国は紙幣を増刷し、紙幣の価値を押し下げてきました。こうした緩和路線が折り返し地点を通過したという見方をする人もいますが、金融引き締めが経済全体に与える影響の大きさを考えれば、各国が急激に舵(かじ)を切るとは思えません。
こうした状況では、発行量に理論上の制約が存在しない紙幣とは対照的に、その量に限りがあり、どのような局面でも価値が薄まりにくいのはどのような投資対象なのか――つまり「実質資産」とは何かという視点を持つことが有効だと考えられます。
具体的に「実質資産」とは何を指すのでしょうか?
供給量を簡単に増やせない、有限性を持つ実質資産のうち、分かりやすい代表例としてまず挙げられるのが、金やプラチナなどの貴金属です。金はまさに有史以来、何世紀にもわたり貨幣として、あるいは富の貯蔵手段として用いられてきました。その価値は採掘可能な量に限りがあるという希少性に裏付けられているのです。
また、銅などの希少金属も実質資産の範疇(はんちゅう)に含まれます。希少金属は先端技術がインフラ化した現代社会においてシステムの維持・発展に不可欠な存在ですが、新規鉱山の開発は極めて困難です。例えばパナマで発見された銅鉱山は、地元住民の強い反対に遭い、開発が停滞しています。かつては新興国であれば環境汚染を顧みずに開発が進められていましたが、環境意識の高まりにより、強行的な開発が困難になっているのです。新たな鉱床の発見自体も減少しており、供給の制約は今後ますます顕著になるでしょう。
希少な金属以外にも……
実質資産は、金属のように目に見え、手で触れることができるものとは限りません。近年急速に注目度を高めている暗号資産の一部も、典型的な実質資産と言えます。特にビットコインは発行上限が2100万枚とプログラムによって厳格に定められており、供給量を操作できないよう設計されています。半減期と呼ばれる約4年ごとの供給量制限イベントにより、その希少性はさらに高まっていく仕組みが、金などと同様の有限性を担保しているのです。
石油などの資源も、実質資産に含まれると考えられるでしょうか。
たしかに石油もまた、有限性という点で実質資産としての側面を持ちますが、その性質は銅などの希少金属とは異なります。世界的な環境規制の強化や再生可能エネルギーへのシフトが進む中で、その需要には足踏みが見られます。もちろん現実的には、太陽光や風力といった代替エネルギーだけで世界のエネルギー需要を賄うことは難しく、今後も石油や天然ガスへの依存は続くでしょう。しかし、政府の政策や国際情勢に左右される部分が大きく、投資対象としては慎重な見極めが必要です。その意味では天然ガス、あるいは石油や天然ガスの採掘権を持つ企業、特に土地を直接保有し、その土地から得られるロイヤリティー収入を得られる企業の株式銘柄を選択するのも有効な手でしょう。
また、実質資産という観点で意外に見過ごされがちなのが、資源としての水の存在です。AI技術の発展に伴って各国でデータセンターの増設が進むと、設備を冷却するための水の利用が活発化します。水もまた、地球上で有限な資源であり、特に高品質な水は今後ますます希少価値が高まると予想されます。
実質資産投資の観点で、不動産はどのように捉えられますか。
不動産投資の対象である土地もまた、地球上に存在する有限な資源と言えます。土地の面積は限られており、特に人が住みやすく、需要の高い土地の供給量はごくわずかだからです。素晴らしい景色が見える場所や、特別な魅力を持つ場所の土地は、その希少性から高い価値を保ち続けるでしょう。
一方で、同じ不動産投資の対象でありながら、建物は必ずしも実質資産とは言えません。建物は経年劣化し、修繕や管理に費用がかかります。また、不動産は金融商品化が進んでおり、多くの場合、借入金で購入されます。金利が上昇すれば借り入れコストが増加し、購入希望者が減少するため、不動産価格は下落する可能性もあります。政府が税収を増やすために固定資産税などを引き上げる可能性も考慮すると、建物の保有は長期的なインフレヘッジとしては十分と言い切れません。
あらゆる投資行動には程度の差こそあれリスクが伴いますが、中央銀行による金融緩和が続き、紙幣の価値が希薄化していく中で、有限な実質資産の価値は相対的に高まっていく可能性が高いと私たちはみています。また、多くの個人投資家がテクノロジー株やインデックス投資に偏りがちな状況下、実質資産への投資は、ポートフォリオの分散という観点からも有効でしょう。
廣田氏は「実質資産への投資については基本的に、直接投資するのではなく、それを保有していたり権利を所有していたりといった企業の株式銘柄を経由して投資するのが合理的だ」と話します。後編では、実質資産のロイヤリティーで収益を上げるビジネスモデルを築き上げた企業の取り組みや、その歴史について解説します。
文/川辺和将 構成/木村やえ=日経BOOKSユニット第1編集部
ワイズマン廣田綾子(著)、日本経済新聞出版、1100円(税込み)




