第2次トランプ政権の発足をきっかけに、新政権の“黒幕”として注目を集めているリバタリアン(自由至上主義者)。しかし、リバタリアンが米国の政治・経済に与えてきた影響には、もっと根深いものがあります。『天才読書 世界一の富を築いたマスク、ベゾス、ゲイツが選ぶ100冊(日経ビジネス人文庫)』を刊行した著者が、金融界の「マエストロ」を虜(とりこ)にした「女神」から、現代のテクノ・リバタリアンが持つ絶大なパワーまで、その本質を読み解きます。(文中敬称略)
第2次トランプ政権で、「政府効率化省(DOGE)」を率いるのが、イーロン・マスクとビベック・ラマスワミです。米国の政府機関を合理化し、非効率の解消を推進する2人の起業家の背景には、「可能な限り小さな政府の実現を目指す」というリバタリアン的な思想があります。
「連邦政府の年間支出の約3分の1に相当する2兆ドル(約30兆円)以上の節約が可能だ」とマスクは述べており、複数の政府機関を廃止したり、テレワークをやめて出勤することを義務づけたりすることを検討しています。「政府の職員がおびえて、転職の準備を進めている」といった報道もありますが、「国民の税金を賢く使うべきだ」というマスクの信念が揺らぐことはなさそうです。

リバタリアンの思想については、前回、“リバタリアンのバイブル”とも呼ばれる小説『肩をすくめるアトラス』を紹介しながら、簡単に解説しました。この小説を著したロシア系米国人作家のアイン・ランドは、自らの意に反してリバタリアンの女神のように祭り上げられてしまいました。
リバタリアンの思想は異端ではない?
過激で危険な思想のようなイメージが強いリバタリアニズム(自由至上主義)ですが、小さな政府を目指すという経済政策そのものは異端とはいえません。1970年代後半以降、財政赤字を縮小するために、福祉・公共サービスなどを縮小し、公営事業を民営化するなどの小さな政府を目指す「新自由主義」の経済政策が脚光を浴びました。
新自由主義の推進役となった経済学者としては、ミルトン・フリードマン、フリードリヒ・ハイエクらが有名です。貨幣供給量を重視する経済政策「マネタリズム」で知られるフリードマンはリバタリアンで、大麻や売春の合法化も支持していました。「共産主義とファシズムは同根である」と批判した『隷属への道』で有名なハイエクは、オーストリア学派を代表する経済学者です。ハイエクはリバタリアニズムに立脚する学者で構成される政治団体「モンペルラン・ソサイエティー」の初代会長を務めました。
ランドと深いつながりを持ち、米国の経済史に大きな足跡を残した人物がいます。1987年~2006年という18年以上にわたり、米国の中央銀行、連邦準備理事会(FRB)の議長を務めたアラン・グリーンスパンです。
「金融の神様」も“女神”に心酔
就任直後に株式市場の大暴落「ブラックマンデー」が起きた際には、「流動性を提供できる」という声明を出して市場を落ち着かせ、その後も財政赤字の削減や長期金利の引き下げを主張して米国の持続的な経済成長を支え、「マエストロ」「金融の神様」といった名声をほしいままにしました。
グリーンスパンはランドの『肩をすくめるアトラス』を愛読しており、称賛する手紙をランドに直接送っただけでなく、ランドが参加する読書会などのイベントに20代の頃から熱心に参加していました。グリーンスパンは、ランドとその取り巻きが集まる「ランド・サークル」の中心メンバーの1人でした。ランドの思想に心酔していたグリーンスパンは、2007年に出版した自伝『波乱の時代』で次のように述べています。
「アイン・ランドはわたしにとって、人生に安定をもたらす存在になった。短期間のうちに、考え方が一致するようになった。というより、主にわたしがランドの考え方を理解できるようになったのだ」
「ランドはまったく独創的な思想家であり、鋭い分析力、強い意思、あくまでも筋を通す姿勢をもち、合理性こそが最高の価値だと一貫して主張した」
「しかしランドの思想はそれだけに止まらない。わたしとは比較にならないほど幅広い思想をもっていた。アリストテレスの哲学、とくに、意識とは切り離された客観的な現実があって、それを知ることができるという見方に心酔していた。自分の哲学を客観主義と呼んだのはこのためだ」
「またアリストテレス倫理学の基本的な考え方、つまり、各人には生まれつき高貴な性格が備わっており、この潜在的な高貴さを活かすのが人間にとってもっとも重要な義務だとする考え方をとっていた。ランドと議論して思想を追求していくと、論理学と認識論の最高の講義を受けているようであった」
リバタリアンと保守派は意外に相性がいい?
グリーンスパンとランドの密接な関係については、『グリーンスパンの隠し絵』という書籍で経済学者の村井明彦が詳細に読み解いています。米国の経済を規制する中心にいた人物が、政府による規制を嫌うリバタリアンの思想と信念に基づいて行動してきたという意外な事実を浮き彫りにする興味深い本です。
自由を追求するリバタリアニズムと変化を嫌う保守主義は相性が悪そうだと考える人もいることでしょう。意外なことにリバタリアンの思想には、個人の自由を重視する米国の保守派に支持されるさまざまな要素が含まれています。銃を保持する権利を認め、経済的な自由を重視し、規制が少ない小さな政府を目指す点などです。
そもそも米国は、建国時から個人の自由を大事にしてきました。トマス・ペインが英国からの独立を訴えて1776年に発刊した『コモン・センス』は、1章で「政府は必要悪である」と述べています。そして2章では「すべての人間は創造された時点で平等であり、王と臣下の区別は誤りである」と主張。さらに3章で、「すべての人に自由と財産、宗教の自由」を保障する大陸憲章の制定を提起しています。
19世紀に活躍し、米国の思想家・作家として著名なラルフ・ウォルドー・エマソンも、個人の力を強く信じ、個人の自由を重視する「超越主義(Transcendentalism)」と呼ばれる思想の提唱者で、リバタリアン的な人物と見なされています。
トランプの「MAGA」は、レーガンの丸パクリ
ランドの主張は、米国の存立基盤ともいえる自由を重んじる思想につながっているとグリーンスパンは考えており、日本経済新聞の「私の履歴書」に寄稿した記事(2008年1月9日付)で次のように述べていました。
「個人の自由を尊重し、国家の介入を厭(いと)う、今ではリバタリアニズムと呼ばれている考え方が私の価値観となった。これはまさしくランドの考え方でもあった」
「この基本的な概念は米国憲法の支柱になっており、米国社会の重要な一面にもなっている」
「私はいつも米国憲法をつくった建国の父たちに強い感銘を受ける」
極端な思想と思われがちなリバタリアニズムが、保守的な共和党の支持者にも受け入れられる謎を解くカギはここにあります。
米国の保守主義を象徴する人物で、1981年に米大統領に就任した共和党のロナルド・レーガンも、自身がリバタリアンであると主張し、保守主義の真髄はリバタリアニズムにある、と述べていました。レーガンは規制の撤廃や緩和を進め、大規模な減税を実施するなど新自由主義的な「小さな政府」を志向する経済政策を推進します。レーガンが掲げた「Make America Great Again(米国を再び偉大に)」というスローガンを、「MAGA」という略称も使ってトランプは丸パクリしています。そして、リバタリアンと接近し、その後押しを得て、大統領選に勝利しました。トランプは24年5月下旬にリバタリアン党の党大会にも参加して演説しています。
テクノ・リバタリアンは国家を超える力を持つ“超個人”
リバタリアンの中でも際だった影響力を持っているのが、「テクノ・リバタリアン」とも呼ばれる、テクノロジー系のスタートアップを率いるマスクや、起業家で投資家の顔も持つピーター・ティールのような人物です。数兆~数十兆円の個人資産を自由に使えるテクノ・リバタリアンは、多くの国家を超越する強い力を持っています。政府予算の大半はあらかじめ使い道が決まっていますが、彼らは巨額の資金を自由に使うことが可能で、国家を超越する権力を持つ“超個人”といえる存在です。
しかも彼らはAI(人工知能)、ソフトウエア、ロボット、自動運転、宇宙開発など、世界最先端のテクノロジーに精通しています。マスクのように、人間をサイボーグ化し、不老不死を目指すような技術に関心を持つ人物も目立ちます。
テクノ・リバタリアンのネットワークは、テクノロジー分野への投資やプロジェクトでつながっており、エコシステム(生態系)が形成されています。例えば、マスクがテスラやスペースXで資金難に陥ったときは、ティールが支援しました。マーク・ザッカーバーグが起業したフェイスブック(現メタ)に初期段階で投資し、取締役として支援していたのはティールです。ザッカーバーグも自身が「リバタリアンである」と最近主張するようになりました。第2次トランプ政権の副大統領J・D・バンスも、ティールが率いるベンチャー・キャピタル(VC)のミスリル・キャピタルで働いていました。チャットGPTを開発したオープンAIは2015年にマスクとサム・アルトマンらが共同で設立しています。テクノ・リバタリアンについては、橘玲著『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』が詳細に読み解いています。
「ベゾス・ゲイツ」と「マスク・ティール」の違い
米国で成功したスタートアップ経営者の多くは、政治に直接的に関わろうとはしていませんでした。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツもアマゾン創業者のジェフ・ベゾスも、寄付をすることはあっても、最近まで政治とは一定の距離をおいてきたといえます。
しかしティールやマスクは違います。ティールはトランプが2016年の米大統領選に出馬したときから積極的に支援しており、当選後は政権移行チームのメンバーにもなりました。それに近いタイミングでマスクもトランプ支持を表明し、一時はトランプ政権の諮問委員に就任しました。今回は、さらに踏み込んだ支援を実施し、第2次トランプ政権の政策にも関与しようとしています。
マスクが2024年の米大統領選でトランプに寄付した金額は400億円規模に達します。テクノ・リバタリアンの支援が非常に大きかったため、トランプは彼らの意見を尊重せざるを得なくなっています。リバタリアンからすれば、トランプを上手く利用すれば、理想とする社会を実現できる可能性が高まっているともいえるでしょう。
その試金石といえるのが、マスクとラマスワミが率いる政府効率化省(DOGE)です。政府機関で働く職員が猛烈に反発しても、米国の多くの国民が納得し、支持するような効率化を実現できれば、極限まで小さな政府を目指すというリバタリアン的な政策を加速させる力になります。小泉純一郎元首相の郵政民営化のように、敵を作り出して、それに毅然と立ち向かうイメージが広がると、彼らは英雄視されて、政権の支持率も高まりやすくなります。
自由を重視する米国の国民性が、リバタリアン的な思想と共鳴すると、社会自体が大きく変化する可能性があります。『天才読書』で詳しく解説したように、マスクは筋金入りのイノベーターです。読書で得た「知識の幅」を生かして自動車や宇宙開発の世界を変えたように、現在の常識を覆すようなアプローチで政府を大幅に効率化できるのか。踏み込んだ規制緩和を働きかけ、自動運転、AI(人工知能)、ロボット、宇宙開発などの分野でイノベーションを加速できるのか。人類の未来を左右しかねないテクノ・リバタリアンの動きから目が離せません。
山崎良兵著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)

