経営戦略の「理屈」 知っておいて損はない

 「経営戦略」の知識を必要とするのは、何も社長や経営陣だけとは限りません。経営者が何を考えているのか、会社はどの方向にかじを切ろうとしているのか。たとえ新卒社員であろうと、会社経営の礎となる大きな「理屈」を知っておいて損はないからです。

 私自身は東京大学で技術経営戦略学を専攻、いわゆる技術経営(MOT:Management of Technology)について学んだ後、楽天の執行役員を務め、その後シリコンバレーで起業をしました。長らく経営戦略に携わる中で感じていたのが、「理屈が全てではないが、理屈も大事」ということです。

 そこで今回は、私が大学の時に「教科書」として学んだ本の他、経営戦略の「理屈」を分かりやすく学べるもの、ケーススタディが豊富なものなど、いずれもビジネススクールの教科書になってもおかしくない名著を厳選しました。きっと面白く読める良書ばかりなので、ぜひ琴線に触れたものから1冊ずつ、読んでみていただけたらと思います。

1. 『ユダヤの商法』藤田 田著、KKベストセラーズ

 「経営戦略について学ぶのに、まず手に取るべき本は?」と聞かれたら、私が真っ先にお薦めしたいのが、この 『ユダヤの商法』 です。

 著者は日本屈指の起業家で日本マクドナルド創業者の藤田 田(ふじた・でん)さん。ユダヤ人はなぜ、世界経済を動かすほどの巨万の富を築くことができたのか。その商売の本質やお金もうけの原理原則について、藤田さんが分かりやすい言葉で教えてくれます。

 まだ10代の少年だった孫正義さんがこの本を読んでいたく感動し、アポなしで藤田さんに会いに行ったという逸話も、本書を名著たらしめる理由の一つでしょう。藤田 田さんと孫正義さん、日本を代表する起業家2人を支えたユダヤ人の経営戦略とはいかなるものか、ビジネスパーソンにとって年齢や立場を問わず学びや発見が多いはずです。

 1972年に刊行された本書は現在「新装版」として復刊されていますが、私が大学生の頃は絶版だったのか、書店で入手することができませんでした。そのため、大学の友人たちと一緒に古書店を必死に探し回った、青春の思い出に残る1冊でもあります。

2. 『企業参謀―戦略的思考とはなにか』大前研一著、プレジデント社

 日本における「戦略コンサルティング」の第一人者として知られる大前研一さんが、最も脂が乗っていた30代の頃に執筆したのがこの本です。会社の戦略を決める、あるいはそこに至る意思決定にはどのようなプロセスが必要なのか。経営者や経営に携わる者には欠かせない「戦略的思考」を身に付けるには、うってつけの1冊といえるでしょう。

 戦後日本の経済を支えたのは、社会全体で手を携えて成長していく「護送船団方式」の考え方でしたが、時代の流れとともにバブル経済が崩壊すると、企業を取り巻く状況も一変。企業独自の戦略立案が急務になりました。しかし、どの企業も何をすればいいのかわからない。そんな中、多くの経営者にとって「灯台」のような役割を果たしたのがこの本でした。

 大前さんは多数の著書を執筆していますが、私としてはこの本が「The Very Best」ともいえる位置付けです。戦略的思考法というややニッチなテーマにもかかわらず50万部のベストセラーになっていることも、経営戦略の本質が記された色あせない名著である証しでしょう。

3. 『[新版] 競争戦略論I』マイケル E. ポーター著、ダイヤモンド社

4. 『[新版] 競争戦略論Ⅱ』マイケル E. ポーター著、ダイヤモンド社

竹内弘高監訳、DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部訳

 MBAについて学ぶ人やビジネススクールに通う人にとって、必読書とされる2冊です。著者のマイケル E. ポーター氏は、比較的新しい学問分野である「経営学」を作ったグループの1人で、本書では競争戦略、競争優位の戦略、企業戦略など、経営学が定義づける各種理論について理屈立てて解説しています。

 経営というのは、基本的に周りと同じことしていても生き残ることはできません。自分が有利なポジションを確保することを常に考え、時には“(合法的な)ずる”をしてでも競争上優位なポジションを獲りにいく。そうした「経営学」の基礎、および戦略の原理を網羅的に学べるこの2冊は、MBA取得を考えている人には特におすすめです。

 「いかに少ない資源で強い相手をやっつけるか」を説く経営学は、じつは「どうやって戦争に勝つか」を考えさせられる側面もあります。そのため本書は、現在の世界情勢に漠然とした不安を抱えている人にとっても、示唆に富んだ内容ではないかと思っています。

5. 『イノベーションのジレンマ』クレイトン・クリステンセン著、翔泳社

玉田俊平太監修、伊豆原弓訳

 経営思想家のクレイトン・クリステンセン氏によるこの本は、日本の大企業に勤めている人には絶対に読んでいただきたい1冊です。

 優良企業だった大きな会社が、規模を拡大していくにつれ動きが鈍化し、やがて小さなスタートアップに駆逐される逆転劇は今も世界中で起こっているわけですが、そういった現象がなぜ起こるのかを本書では学術的に解説しています。

 先日参加したイベントのカンファレンスで、メルセデスベンツのCTOを務めるマーカス・シェーファー氏 と会話した際、彼もこんなことを話していました。「私たちはつい先日まで自分たちをスタートアップだと思っていた。今ではテスラをはじめ自動運転車、EVのメーカーが続々と登場して、いつのまにか“やる側”から“やられる側”になっている」と。

 成熟した大企業の優れた戦略故に生じるジレンマと、世の中の企業のライフサイクル。その関係について知ることで、スタートアップに駆逐されないためのヒントが得られるはずです。

6. 『パラノイアだけが生き残る』アンドリュー・S・グローブ著、日経BP

佐々木かをり訳、小澤隆生序文

 みなさんにもおなじみの、Intel(インテル)。その創業者であるアンドリュー・グローブ氏が書いたこの本は、今回紹介する経営戦略本の中でもちょっと異色かもしれません。というのもパラノイア、つまり「臆病者」こそが生き残ると説いた内容だからです。

 インテルといえば、マイクロソフトと共にパーソナルコンピューター黎明(れいめい)期のマーケットを占有した、世界を代表するCPUメーカーです。しかし、当然ながら強い光には影も生じ、インテルもさまざまな難局に直面することになります。トップ企業を率いるアンドリュー・グローブ氏が抱えていたのは、大きな不安であり孤独でした。そして、臆病者としてさまざまなことを考え抜いたからこそ、激しい競争の中でも生き残ることができたと彼は語っています。

 彼のマインドはシリコンバレーの起業家たちにも大きな影響を与え、今では「教科書」ともいえる存在になっています。大企業の経営者はもちろん、経営に携わっている人、携わっていきたいと考える人にもぜひ読んでいただきたい1冊です。

7. 『ネットワーク・エフェクト』アンドリュー・チェン著、日経BP

大熊希美訳

 「ネットワーク・エフェクト」というのは、製品やサービスの利用者が増えるほど、その製品やサービスのインフラとしての価値が高まることです。本書を記したアンドリュー・チェン氏は、アンドリーセン・ホロウィッツというベンチャーキャピタルのパートナーの1人で、シリコンバレーを中心に活躍する人物です。

 Google, Facebookを代表とする現代の巨大ウェブ企業の成長戦略は、強力なネットワークネット・エフェクトを構築することそのものでした。ただ、一口にネットワーク・エフェクトといっても、種類はもちろん、手法も多岐にわたるため、その全体像を把握するのは非常に困難な作業です。

 本書はそれらを体系化、かつ丁寧に解説したもので、ビジネススクールの教本になってもおかしくないくらいの良書といえます。私がもし、インターネット、ソフトウエアビジネスに今まさに携わるっている人に、お薦めの経営戦略本を尋ねられたら、迷わずこの本を紹介します。

8. 『戦略プロフェッショナル』三枝 匡著、日経ビジネス人文庫

9. 『V字回復の経営 増補改訂版』三枝 匡著、日経ビジネス人文庫

 最後にご紹介する2冊は、ミスミグループの第2期創業者でプロ経営者でもある三枝 匡さんのノンフィクション作品です。いずれも三枝さんがどのようにして瀕死(ひんし)の企業の建て直しを図ったのか、不振事業の再生が大きなテーマですが、丁々発止のやりとりも臨場感たっぷりに描かれており、その筆致には誰しもがうなってしまうはず。

 なかでも注目すべきは、ミスミグループの再建を担ったのが40代という若い層であり、三枝さん自身も40代で陣頭指揮を執っていることです。

 今、少子高齢化の日本社会では「上が詰まっている」状態が続き、企業の新陳代謝が図りづらい実情がありますが、本書は間違いなく、現状を打破する活力を与えてくれる本でもあります。

 子会社や関連会社へ出向して、再建プロジェクトを遂行する、そんな「再建のプロ」を目指す人材が本書によって増えたなら、面白い世の中になるのではないか――。ついそんなことを考えたくなる三枝作品は、ドラマ「半沢直樹」に匹敵する面白さであり、ノンフィクションという点ではもはや、「半沢直樹」以上かもしれません。

取材・文/金澤英恵 編集協力/山崎 綾 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)