話題になった「老後2000万円」はあくまでも物価が上がらない世界線の話でした。では、物価が上がり続けるとするとどれだけの老後資金が必要になるのでしょうか? FPの山崎俊輔さんの新刊『 老後に4000万円って本当ですか? 』より抜粋します。
老後2000万円は物価が上がらない世界線の話
「老後2000万円」レポートでいう2000万円の根拠は、実のところそれほど強いものではありません。 前回の記事 で確認しましたが、変動の余地が大きい数字です。なにせ、コロナ禍では老後にゼロ万円になったくらいあいまいなものです。
レポートをとりまとめた担当者も、まさか「2000万円」の文字だけがここまでクローズアップされるとは思っていなかったはずです。
改めて読み返してみると、この2000万円はいささか乱暴な試算であることに気がつきます。
なにせ「人生100年時代」といいつつも、退職後の人生をざっくり30年として計算しています。65歳リタイアとすれば95歳です。100歳に本当は足りていません。
また、毎月不足する金額は2017年の家計調査年報から月5.5万円ほどとしていますが、これを単純に30倍しています。今年も、10年後も、20年後も、毎月の不足額は変わらないという試算です。
つまり、「現在価値」の金額で単純計算しているに過ぎないわけです。
セカンドライフの前半と後半では教養・娯楽費や交際費の金額も変わってくるわけですが(当然前半のほうが金額は大きくなります)、こうした考慮もありません。
あるいは、運用により資産価値を増やすことを織り込めば、2000万円より少ない準備額でも2000万円のやりくりができるかもしれませんが、こうした設定も特にしていません(他所では運用のリターンを増やして資産寿命を伸ばす重要性が指摘されていますが)。
もともと、厳密な数字ではないとしても、「65歳であっても85歳であっても、ずっと月5万円が不足し続けるのはおかしい」という問題意識を持つ必要はあるでしょう。
現在45歳、物価上昇率3%なら「老後3612万円」に
それでは物価上昇はどれくらいの影響を及ぼすでしょうか。
仮に老後の安心のために「老後2000万円」を確保しようと考えていたとします。
順調に準備が推移し、リタイア時点できっちり2000万円を確保できたとします(退職金・企業年金制度も含めて)。
しかし、あなたのリタイア時点が、「老後2000万円」のレポート発行時点より、物価が上昇していればそれに見合う程度に目標を上方修正する必要があります。同レベルの消費水準を確保するために、物価上昇に応じた金額を上乗せしなければならないからです。
1年後、3.0%の物価上昇があったとしたら、2000万円ではなく、2060万円の資産確保が必要になります。その翌年、また3.0%の物価上昇があったとしたら、2122万円が目標値となります。注意したいのは2年目は必要額が60万円より少し多くなっていることです。
それでもまだ、2000万円と2122万円ならあまり大差はないように感じられます。
しかしこの調子で、10年物価上昇が続いたとしたら「老後2000万円」は「老後2688万円」にアップデートされることになります。なんと34%も金額が増えているわけです。こちらも30%ではなく34%増というところに注意したいところです。
さらに10年続けて20年たつとどうなるでしょうか。「老後2000万円」はなんと「老後3612万円」まで増えます。86%のアップまで到達しました。24年目にはついに「老後4000万円」に到達、30年後にはまさかの「老後4855万円」となります。
あなたがもし、65歳でリタイアするとして、今の年齢が45歳であるとしたら、「老後2000万円」に見合う金額として「老後3612万円」を用意しなければならないわけです(物価上昇が年3.0%続いたケース)。
そういわれても、ほとんどの人がピンとこないと思います。
しかし、今の100均で買える商品は20年後には200円になるといわれれば「それはそうかも……(今でも200円や300円の商品があふれているし)」と思うでしょう。言っていることは同じです。
物価上昇が続くということは、モノの値段も大きく上昇し続けることになり、必要な将来の目標額を大幅上方修正しなければならないということなのです。
リタイアした人も当然、物価上昇の影響を受ける
それでは、すでにリタイアした人は「逃げ切り」に成功するのでしょうか。
私たちの老後はもはや10年ではなく、少なくとも20年、できれば30年を見込みたい時代となっています。
人生100年といってもみんなが100歳まで生きるわけではありません。65歳男性の平均余命が約20年、女性が約25年です。少なくとも平均くらいは見込んでおきたく、25年は意識しておいたほうがいいでしょう。ちなみに女性の4人に1人は95歳まで長生きすると見込まれますから、30年見込んでもまったくおかしくありません。
老後を25年あるいは30年見込むということは、物価上昇時期には「65歳時点の2000万円」で30年過ごすことができない、ということです。
仮に、65歳時点で2000万円を持っていて、毎月5万円を取り崩したとします。毎年3.0%の物価上昇に応じて取り崩し額も増額改定していくとします。すると、2000万円は23年と半年でなくなってしまいます。
物価が上昇しない時代なら30年もつはずのお金の寿命が、6年半短くなってしまったわけです。
すでにリタイアした人にとっても、今後の物価上昇が取り崩し計画に大きく影響することが分かります。
もしも、2000万円に利息がついたとしたらどうでしょうか。年1.0%の利息が30年間付与されたとします。この場合、取り崩しは少し長くできます。残高に利息がのってくるからです。それでも25年と10カ月ほどで資産は底をつきます。
年3.0%の利息がついたとしたら、あるいは資産運用によって年3.0%の収益が確保できたとしたら、どうでしょうか。30年後まで資産残高は残り、さらに資産残高が485万円残ることになりました。資産は大きく長生きしたことになります。
「資産寿命」という言葉がありますが、資産がゼロになる時期を遅くさせたいのなら、年金生活に入っても物価上昇に負けないような運用法を考える必要があります。それは物価上昇が到来するであろう「老後4000万円」の時代こそ必要なことなのです。
しかし、高齢者が高いリスクを取って運用をするよりは、資産の一部ないし過半を安全資産にしておきたいという考えも間違っていません。リスク許容度は若い人よりも低いからです。そうなると、運用で物価上昇分をカバーする、という計画も簡単ではなくなります。
まもなくリタイアを迎える世代、すでにリタイアを迎えた世代にとっての具体的な「老後4000万円」対策は最後の章で解説しますが、これらの人々にとってもやはり無縁ではないのです。
若い人ほど「老後4000万円」の意識を
まだまだ老後は先だよ、という人も、もうすぐ老後を迎える(あるいはすでに老後を迎えた)という人も、現在価値での「老後2000万円」の生活を送りたいと考えるのであれば、物価上昇に応じた老後の目標額の上方修正を図る必要があります。
もし、リタイア前の世代が上方修正を検討に入れなかった場合、現在の「老後2000万円」と同等の生活水準を、自分の老後が到来した時点で維持できないということになります。
特に老後が20年後あるいは30年後のように遠い先である若い世代ほど、そのズレが大きくなっていきます。今から「老後4000万円」の意識を持っておくくらいでいいのです。
すでに年金生活に入っていた場合、物価上昇が今後も続けば現在の「老後2000万円」の生活水準を維持できなくなる恐れがあります。
特に教養・娯楽費と交際費の予算縮小の必要が出てくることは、老後の楽しみを減らすということです。しかし、老後のお金の準備はリタイア時点で終了していますから、資産運用と出費のコントロールで乗り切らなくてはいけません。
いずれの場合でも、「老後2000万円」は将来に向けて変化していく数字だというイメージだけは持つ必要があります。
「いつくるか」の予想が正しいかどうかは大きな問題ではありません。「いつかは、必ずやってくる」ことですし、もしかするとその半分くらいはここ数年の急激な物価上昇により実現してしまったかもしれないのです。
山崎俊輔著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)


