「国が年金を一切払う気がないから、2000万円貯めろというのか」と言う人がいますが、「老後2000万円」は悲観的に捉えるテーマではありません。FPの山崎俊輔さんの新刊『 老後に4000万円って本当ですか? 』より抜粋します。
日本は「世界でも長く、年金をもらえる国」
私たちは公的年金制度の悪口ばかり言っているよりも、いいところに目を向けてみるべきだと思います。
現実的にみて、日本の年金制度はよくやっています。そもそも論で「世界で最速で支給開始」し「世界で最長の支給年数」を誇る制度となっているにもかかわらず、破綻せずやりくりしていることはおどろくべきです。
先進国を中心に世界のほとんどで65歳ではなく67歳以上へ受給開始年齢を引き上げるのが公的年金制度のトレンドです。デンマークは、国民の長寿を踏まえ、すでに70歳受給開始へ引き上げを行う予定を決めています。健康寿命が66歳のアメリカは、年金受給開始年齢を67歳に引き上げています。
ちなみに日本人の健康寿命は男性が72.57歳、女性が75.45歳です。デンマークやアメリカのように長寿を反映させるなら「70歳年金受給開始」でもおかしくはないのです。しかし、日本の年金制度は65歳から標準で受けられる仕組みを維持しています。
実は、日本人の長寿化に応じ、年金の受給年数は延び続けています。1980年代あるいは90年代の人が60歳から年金をもらった時代には、だいたい10~15年くらいが「老後」でした。
私たちは現在、65歳から男性で約20年、女性が約25年にわたって年金をもらっています(65歳時点の平均余命)。「受給開始年齢は65歳に引き上げられた」と思っていたら、実は「年金をもらう年数」は減っていないのです(むしろ伸びている)。
過去の歴史を振り返ってみて、これだけ長期間にわたって国が年金を支給した時代はありませんし、他国を見回してもそのような国はなかなかありません。
少子化や想定を上回る長寿化を踏まえつつ、60歳から65歳への受給開始年齢の引き上げに留めている、と考えれば、日本の年金制度は世界的にすごいことをやっているといえます。
もし、本当に年金制度が破綻するというなら、「日本人は長生きなので、受給開始は75歳から。もちろん増額ではなく今の65歳の金額を75歳から受け始める」とすれば制度は簡単に維持できます。
しかし、受給開始年齢の引き上げを行うなら、それは国の無策のせいであるかのように年金破綻論者は説明します。
繰り返しますが、世界でもトップクラスに早い年齢で年金をもらえることができ、かつ世界でもトップクラスに長生きする国である、ということは「世界でも長く、年金をもらえる国」ということなのです。
正社員共働きは老後の豊かさを拡大させる
一般に、若い世代ほど年金額が下がる、といわれています。これも、実態は異なりつつあることが分かり始めています。その理由は「厚生年金に加入する女性の急増」です。
現在、年金生活に入っている高齢者の世代では女性のほとんどが専業主婦でした。
男女雇用機会均等法以前の世代では、結婚イコール退職だったからです。子どもが大きくなったとき、働きに出たとしてもパートに抑えている人がほとんどで、公的年金額には反映されませんでした。
今働いている現役世代では、女性はまず就職し、結婚や出産を経ても正社員で働き続けるようになっています。会社が結婚退職を強制したり、産休・育休からの職場復帰を拒否することはできません。時代は大きく変わりました。
最初に紹介した年金財政検証結果においても、世代による女性の年金の違いが示されています。厚生年金に20年以上入っていた女性(現役時代の半分以上が会社員ということ)が全体の半分以上になっていくとしています。厚生年金に加入していた期間が長い女性は、たくさんの厚生年金を老後にもらえるようになります。
これは「老後××万円」への強力な対抗策でもあります。夫婦合計で「ダブル年金(2人それぞれが基礎年金+厚生年金)」をもらい、「ダブル退職金」をもらうことになるからです。
年金のモデルについては「会社員+専業主婦」という設定が時代錯誤だとよくいわれていますが、まさに「会社員(夫)+ 会社員(妻)」というモデルが標準的になる時代には、まったく違う年金額となっていくのです。
単純に厚生年金が2人分だと夫婦で月32万円の年金となり、モデルの月23万円を大きく上回ります。月5万円程度の不足が生じるという「老後2000万円」の問題さえクリアできるほどです。
実際には、家事の担当、子育ての担当などを理由に女性のほうが時短勤務を行うなど厚生年金が少なくなる傾向があるため、月32万円とはいかないものの、それでも「老後2000万円」相当くらいのインパクトはあります。
単身でも60歳まで働くモデルから65歳まで働くモデルに急速に移行しており、これも将来の厚生年金額を増額することになるでしょう。
私たちのイメージにある「年金は減る」は、時代の変化を踏まえず、専業主婦時代のモデルで比べた場合なのです。
海外では「老後2000万円」と考える人は少ない
私たちは「老後2000万円」でさんざん大騒ぎをしたわけですが、海外の感覚でいえばそんな金額で足りるはずがない、という感覚が当たり前のようです。
アメリカでは老後に1億円くらいかかるのは当然という感覚があります。これは公的年金を引き算せず、純粋に老後に必要なお金はいくらかと考えているからです。
アメリカの公的年金制度は、日本ほど充実していないので(受給開始年齢も67歳に引き上げられている)、公的年金を当てにせず、老後の安心を考える意識が強く、そうなると100万ドルくらい、となります。
しかも物価上昇が続いた数年で、アメリカでは「老後150万ドル」つまり2億円近いイメージになっています。
日本でも「老後1億円が必要」といわれることがあります。これはゆとりある老後の生活水準を、平均的な老後の年数で計算したもので、実態としての老後の生活費を大幅に上回っています。しかも公的年金収入を差し引いていません。現実の老後の生活費用と、現実に得られる年金収入とを相殺した差分が「2000万円」です。
たまに若い人が「国が年金を一切払う気がないから、2000万円貯めろというのか」と言いますが、もし年金ゼロなら、老後の必要額は1億円です。日本では公的年金収入が老後の日常生活費用相当をカバーしてくれるので、「老後2000万円」に収まっているのです。
前向きに考えよう 公的年金と「老後2000万円」
公的年金制度の仕組みについて説明をしてきましたが、公的年金に関する言説の多くは、間違いかミスリードを誘うものだったことがご理解いただけたかと思います。
年金に対するぼんやりとした不安感が少しでも縮小したのであれば、読んでいただいた意味があると思います。
「老後2000万円」は悲観的に捉えられるテーマですが、実際にはそう考えるべきではありません。「公的年金がしっかりと老後の基本的な支出を支えてくれるので、老後にエンジョイするプラスアルファの部分を自分で確保していく取り組み」と考えるべきです。そう思えば気持ちはずいぶんポジティブになるはずです。
「がんばれば、がんばっただけ老後が豊かになる」と考えるのと、「まったく老後がやりくりできないので2000万円も貯めなくちゃいけないのか……」と考えるのとでは大違いです。
私たちは、公的年金に日常生活費のほとんどを期待することができます。物価上昇の影響も多くは年金増額で吸収してくれています。
そして、ゆとりあるセカンドライフを送るための老後資金を貯めることは、多くの人にとって決して難しい目標ではありません。たとえ「老後4000万円」の時代がやってくるとしても、です。
私たちは希望をもって、「老後2000万円」が「老後4000万円」になる時代と向き合ってみたいものです。
山崎俊輔著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)

