ニッポン放送の深夜ラジオ番組「オールナイトニッポン(ANN)」リスナーにとっては、パーソナリティーのオードリー、星野源、佐久間宣行らから番組中「石井ちゃん」「ひかるちゃん」と呼ばれる、おなじみの存在だ。ラジオディレクターとして数々の人気番組を制作してきた石井玄氏が、約10年間携わった深夜ラジオの現場をつづった著書『アフタートーク』(KADOKAWA)が2021年9月に発売され、即重版になるなど好調だ。[日経クロストレンド 2021年11月10日付の記事を転載。一部情報を更新]

ニッポン放送で取材に応じた石井玄氏
石井玄氏
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ニッポン放送「オールナイトニッポン」元チーフディレクター
石井 玄 氏

いしい・ひかる。1986年、埼玉県春日部市生まれ。2011年にラジオ制作会社、サウンドマン(現ミックスゾーン)入社。ニッポン放送で、オードリー、星野源、三四郎、佐久間宣行の「オールナイトニッポン」などでディレクターを務め、18年に「オールナイトニッポン」チーフディレクターに就任。20年にニッポン放送に入社し、現在は番組関連イベントやグッズ制作に携わる

──石井さんもですが、深夜のラジオ番組ではしばしば、番組スタッフの名前が出たり、エピソードが話題になりますね。

 ラジオ番組は少人数で作っているので、パーソナリティーとスタッフの距離が近く、話のネタが尽きたら、周りのスタッフをいじるしかないという面はあります(笑)。この本、『 アフタートーク 』を書くことになったのも、深夜ラジオで僕の名前を耳にしたKADOKAWAの編集者、松尾麻衣子さんに「ラジオディレクターの仕事について書いてください」とリクエストを頂いたのがきっかけでした。

石井玄著『アフタートーク』(KADOKAWA)、2021年9月15日発売
石井玄『 アフタートーク 』(KADOKAWA)、21年9月15日発売

──著者として反響をどのように受け止めていますか?

 本になる文章を書くなど生まれて初めてでした。執筆中はとても不安でしたが、「オールナイトニッポン」でパーソナリティーを務めているオードリーの若林正恭さんや星野源さん、佐久間宣行さんからも「良かったよ」と言ってもらえてほっとしました。銀シャリの鰻和弘さんは「石井さん、あんなにいろんなことを考えてて、めっちゃ頭いいんですね」と言ってくれました(笑)

 読者の方からも、例えば進路に悩んでいる学生さんから「この本を読んで、ラジオ業界に進もうと思いました」とメッセージをもらったり、今年から「オールナイトニッポン」を聴き始めたという中学生リスナーが熱い感想を送ってくれたりしたのは特にうれしかったですね。僕自身、ラジオ業界を目指したのは、学生時代に深夜番組を聴いて、その魅力にのめり込んだのがきっかけです。

──ラジオリスナーだった石井さんが、「ラジオを仕事にしよう」と一歩を踏み出したきっかけは?

 僕は3兄弟の末っ子で、上に兄が2人いるのですが、2人とも美術方面に才能があり、現在もそれぞれの分野で活躍しています。そんな天才肌の兄たちを見て育ったために、僕は自分には特別な才能がないということを早くから思い知っていました。でも、たとえ兄たちのようにはなれないとしても、彼らのように好きなことを仕事にする人間になりたいと思いました。

 そこで当時、TBSラジオの深夜番組枠「JUNK」の中でCMが流れていた放送の専門学校(東放学園専門学校)に入ったんです。思えば人生で唯一、能動的に自分で人生を選び取った瞬間だったかもしれません。専門学校を卒業後、晴れてラジオの制作会社に入っても、最初は朝や昼の番組に配属されましたが、いずれは深夜帯で芸人さんの番組をやりたいと思っていました。

提出相手に「どんな企画書が欲しいですか?」と聞いてしまう

──石井さんは番組制作会社入社から、約2年という異例の速さで番組ディレクターになり、現在も時間帯聴取率首位の「オードリーのオールナイトニッポン」など多くの人気番組を担当しました。ラジオの現場では、どのように自分流の仕事術を見つけていったのでしょう?

 入ったばかりの放送の現場では、同じ仕事に対して複数の先輩から違うやり方を指示されることがよくありました。CD音源の頭出し作業一つをとっても、微妙にやり方が違う。「A先輩はこの方法」「B先輩はこの方法」と全パターンを覚え、先輩が後ろで見ている際は、各先輩に教わった手順を守るようにしていた。そんな中で少しずつ仕事をもらえるようになり、最初に「オールナイトニッポン」にADとして関わることができたのが「オードリーのオールナイトニッポン」です。2011年にADになり、その後、16年から20年までディレクターを務め、最も長く関わった番組になりました。

 僕は自分の強みを「こだわりがないこと」だと考えているんです。特に新米の頃は、企画書を書くときも、自分が何をやりたいかを考えるより、「どんな番組の企画書が欲しいですか?」と、求められている企画内容を、提出相手に先に直接聞いてしまうようなこともしていた。それでいい企画ができるのなら、何の問題もないと思います。

 自分には特別な才能がないと思っていたからこそ、周りの優れた人のやり方をとにかく観察し、「全部やってみる」ことにしていました。個性が強くないからこそ、周りを生かす仕事ができる。自分は0から1を作り出すより、相手の1を100にする仕事の方が向いていると、早い段階から思っていたんです。

「JUNK」に勝つ、という目標を掲げた意味

──18年には番組史上初めて、ニッポン放送社外から「オールナイトニッポン」のチーフディレクターに抜てき。TBSラジオの人気の深夜番組枠「JUNK」を抜いて聴取率1位を取るという目標を掲げ、達成しています。

 目標を立てると「この仕事は何のためにやっているのか」ということを突き詰めやすくなります。学生時代からゲームが好きだったので、仕事のやり方もゲームっぽいのだと思います(笑)。RPGなら「世界を救う」という大きな目標があり、そのために冒険に出る。冒険に出るならレベルアップや強い装備が必要と、タスクが明確です。仕事も同じで「JUNKに勝つにはどうすればいいのか」と考えることによって、番組を良くするために必要なことが見えてきました。

 矛盾するようですが、実際に「JUNK」を抜いて1位を取ったら、数字はどうでもよくなりました。「数字で負けている=面白くない」と思われたくなかっただけで、数字そのものは、ラジオの持つ面白さの本質とは関係がないからです。どちらの番組も面白いです。

──現在はニッポン放送に入社し、イベント開発の仕事に携わっています。ラジオの現場を離れることに名残惜しさはなかったのでしょうか。

 10年間で深夜のラジオでやれることはかなりやり尽くしたという思いはあり、今度は番組の外側からラジオを盛り上げる仕事をしてみたかった。番組イベントというのは、いつもは1人でラジオを聴いているリスナーたちが集まって、「番組を好きな仲間がこれだけいるんだ」と一体感を共有できる場です。リスナーたちが笑っている姿やリアクションを目の当たりにできるというのは、パーソナリティーやスタッフにとっても励みになります。

 ただ、イベントは連発すればいいというものでもありません。「何事も、お笑いで言うところのフリが大事だ」と思っていて、ラジオイベントの場合は、リスナーたちが番組を聴いている時間が「フリ」になる。そのフリが長ければ長いほど、当日は盛り上がるんです。この『アフタートーク』という本も、10年間番組に携わってきた「フリ」が効いているからこそ、多くの読者の方に面白がってもらえたのかもしれません。

石井氏は劇団ノーミーツとのコラボで、ラジオ×オンライン演劇という新たなメディアミックスの実現などにも取り組んだ
石井氏は劇団ノーミーツとのコラボで、ラジオ×オンライン演劇という新たなメディアミックスの実現などにも取り組んだ
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──コロナ禍でリスナーは増加傾向ですが、新たな「聴く」コンテンツが続々と現れる中、ラジオの強みは何でしょう?

 ラジオは生放送が最大の強みだと思います。特に深夜ラジオは、寂しさや孤独を感じるときに聴くものでもあるので、より「生」であることが大事です。また、コロナ禍であっても、ニッポン放送のブースでしゃべって、パーソナリティー、スタッフが時間を共有し、リスナーに届けることに意味があります。不思議なもので、顔を見ずに声だけ聴いている方が、間の取り方や空気感などで人間性がよく伝わるんです。人はいかに表情でだまされているかということが分かります(笑)

 「ラジオスタッフあるある」ですが、番組を長く担当していると、話し方がだんだん、その番組のパーソナリティーに似てきたりします。語り口調で書いた本書の文体を、読者の方から読みやすいと言っていただきましたが、僕は多くの番組を担当してきたので、様々なパーソナリティーのいいとこ取りでちょうどよくなったのかもしれません。

著者が薦める本
 山本周五郎賞も受賞したこの小説は、僕がディレクターを担当した「アルコ&ピースのオールナイトニッポン0」が物語の主軸になっています。番組ファンだった佐藤先生が、架空の番組リスナーたちを主人公に描いた青春群像劇で、登場人物たちは本当に実在するのではないかと思うほど、リスナーの姿が熱く描かれています。ちょうど番組終了が決まった頃に読んで、人生最高に泣きました。(石井氏)

(写真/高山 透)