2021年9月に発売された綿矢りさ氏の『あのころなにしてた?』(新潮社)は小説ではなく、新型コロナウイルスに翻弄された2020年の1年間を日記にまとめた1冊だ。2001年に17歳で文藝賞を受賞した『インストール』(河出書房新社)から、作家デビュー20年(取材時)。等身大の主人公たちを通じ、日常を巧みな感性で描いてきた作家は、コロナ禍の日々に何を考えていたのか。[日経クロストレンド 2021年9月30日付の記事を転載。一部情報を更新]
──『 あのころなにしてた? 』は、新型コロナウイルスが武漢から中国全土へと広まり始めた2020年1月からの1年間、感染拡大下での日常をつづった日記の連載をまとめた1冊です。日記を書く習慣は以前からあったのですか?
感染が拡大していく中で、初めて書き始めました。ちょうど中国での感染拡大が始まる数カ月ほど前、他国の漢字にも触れてみたくて、中国語の勉強を始めたばかりだったんです。勉強のために、中国語のニュースサイトやブログを眺めていると、20年1月の前半あたりから、武漢で起きている異変についての報道や書き込みがどんどん増えていった。
リアルタイムで更新されていく情報があまりに気になって、ニュースが邦訳されるのも待てずに、1日に何度も中国語のサイトをチェックしていました。そこにアップされた、「封村」の文字とともに村の入り口がブルドーザーで盛られた岩や土で物理的に閉鎖されている写真や、即席の関所に役人が座って見張っている姿に驚き、何が真実で何が嘘なのか、分からなくなりました。
この時期は、自宅でもしょっちゅう新型肺炎のことばかり話していて、ずっと聞かされていた夫はストレスだっただろうなと思います。ニュースの衝撃で寝不足になったりもしました。そんな中、今の時点から振り返れば、かなり深刻な心境で「今、書いて残しておかなければならないんじゃないか」と、日記を書き始めたんです。
──「新潮」(新潮社)に日記を連載することになったきっかけは?
もともと「新潮」誌上で、複数の作家がコロナ禍の日々を1人ずつ順番につづっていくリレー日記の企画があり(「新潮」21年3月号・特集「2020コロナ禍」日記リレー)、その中の1人として参加しないかと声をかけてもらったんです。でも、そのときにはすでに自分でも日記を書いていたので、「リレー日記企画の一部ではなく、連載にするのはどうですか?」と持ちかけてみたところ、「いいですね」と快諾してもらえた。当時はまだ、感染がこの先、世界的にどう転んでいくのか、今以上に分からない時期でしたが、とにかくやってみようと、「新潮」の20年6月号から連載が始まりました。
最近(取材時)では「緊急事態宣言が延長になった」というニュースを見ても、「ああ、またか」という感覚ですが、改めて20年の日記を振り返ると、宣言が終了すれば普通の日常に戻れるような気分でいたことが分かります。Go To トラベルの開始に少し希望を見いだしたり、再び感染者が増えてきて、「やっぱりあかんわ」と落胆したり。あの頃は何をしていて、何を見て、どう思っていたのか。ころころと移り変わっていく当時のテンションの変化のようなものは、日記に記録していなければ鮮明に思い出すことはできなかったと思います。
コロナ禍の中での恋愛小説を書くなら?
──街角に増えていく「いらすとや」の画像素材を使った感染防止ポスターについての記述、消毒液が指先のささくれにしみる描写など、ニュースや世論を追いつつも、巣ごもり生活の中での小さな発見や、変化していく日常風景を捉える細やかな着眼点が光ります。こうした視点の持ち方はどこからきたものでしょう?
コロナ禍のように大きなことが起こったとき、それが日常生活の中にどのような形で現れるのかに興味があるんです。ネットで、各国のコロナ対策にお国柄の違いを見るのも興味深かったです。イランでは芸術家がパントマイムで手洗い推進の動画をアップしたり、タイでは新型コロナウイルスのゆるキャラが誕生したり。
──日記には、はやりの写真加工アプリをインストールしたり、インスタグラムで商品をチェックしたりといった日常も記されています。トレンド情報にも関心が?
さっきからこれ(机に置かれている「日経トレンディ」の表紙を見て)がすごく気になっていて。ヘアサロンに置いてあったら、すぐに手が伸びます(笑)。ものは好きですね。雑貨が好きで、コロナ禍で新しく出てきた衛生グッズなどは特に気になります。新しい工夫のあるマスクやマスクケース、持ち運びできるサイズの消毒液など、「どんな商品が出てきているのかな?」とチェックしてみたり。感染拡大初期の頃、買い替えたばかりのスマホを、アルコール除菌シートで神経質に拭きすぎて調子が悪くなってしまったときには、UVライトで除菌するスマホ用の消毒ボックスを買ってみたりもしました。
そういう新しい商品が、暮らしの中でどんなふうに使われているのかも気になります。マスクケースなど、すごくかわいいデザインや工夫があって、いいな、面白いなと思うんですが、繰り返し使うのは衛生上問題ないのか、マスクに関する新しいマナーはどうなっているんだろう?とか、そういう暮らしに表れた新しいものや小さな習慣の変化に興味を持っているんです。
──本書の中には、「コロナ禍の中での高校生の恋愛小説を書くとしたら?」と考えてみるくだりもありますね。
ずっとマスクを着けているし、気軽に会えないし……コロナ禍の時代設定で、今の中高生たちを書くとして、教室で授業を受けているときに、好きな子のマスクを着けた横顔を見て、どんなことを思うんだろうと、そんな日常についてすごく考えますね。
例えば、好きな子がずっとマスクを着けていたら、顔が見えなくて残念なのか、それとも見えないことで余計に素顔を垣間見る瞬間が貴重でドキッとしたりするのか。笑って息を吸い込んだとき、マスクにできるへこみにときめいたりするのかな、とか。一方、眼鏡を取ったときに素顔にドキッとするのと同じレベルで、マスクについてそういう描写をするのは不謹慎じゃないか、という疑問も浮かんでくる。状況が刻々と変わっていることもあって、時代設定上の配慮も難しいです。
芥川賞受賞後、長いスランプを克服した「リハビリ」
──綿矢さんといえば、01年の『 インストール 』(河出書房新社)でのデビューを今でも鮮明に覚えている読者は多いと思います。当時は大学受験の時期だったのでは?
そうなんです。本来なら受験勉強をしなくちゃいけない時期で、両親は私が小説を書いているのを、てっきり受験勉強をしているものだと思っていました(笑)。受験勉強からの逃げもあったかもしれません。でも、書いている場合じゃないときに書いていたことで、逆に没頭できた気もします。
──2作目の『 蹴りたい背中 』(河出書房新社)で03年に史上最年少で芥川賞を受賞し、その後、07年の『 夢を与える 』(同)の前後3~4年にわたって、作品を発表されない時期もありましたね。
当時は大学進学で京都から上京したばかりの時期で、その生活の変化の影響も大きかったです。小説を書き始めてまだ日が浅かったですし、経験にないことばかりで、何もかもよく分からなくなっていました。「周囲の反響に流されたらあかん」「とにかくたくさん書いていれば、そのうちに気持ちも落ち着くやろ」と思っていたのですが、全く落ち着かなかった。
今にして思うと、外からの刺激が多すぎて、物語の中に深く潜っていけるくらい集中することが難しくなっていたのだと思います。現実生活のウエートが大きいと、小説を書いていても、言葉が次の行につながっていかない感覚がありました。書いて消して、書いて消しての繰り返しで、物語にならないんです。こんな話の運びでいいのか?と勝手にプレッシャーを感じて、1つの物語を完結できない状態が続きました。
──どのように克服を?
「読み応えのある物語を書かなければ」「感動させなければ」と、自分に対して注文をつけず、まずは話が思い浮かんだら書いて、最後まで書き終えるんだという、シンプルなところからリハビリをして、何年もかかって少しずつ元に戻していきました。担当編集者も、特に期限などを設けず、ずっと原稿を待っていてくれた。それが一番ありがたかったなと思います。
──高校生でデビューして以来、特に等身大の若い女性視点で書かれた小説で、読者の支持を集めてきました。作家として20年を経て、登場人物との距離感や書き方に変化は?
例えば10代の子を主人公に小説を書く場合、感覚ごと10代に戻って書くことはもうできません。今は30代になった視点から彼らを見つめて「書き手として物語を書いている」という意識が、より強くなってきたように思います。
自分の10代の頃を振り返ると、いろいろなことが怖かったなと思うんです。実は子供時代の方が、大人になってからより過酷なんじゃないかと。立場的にも弱く、親元を離れられない。毎日学校に行かなくちゃならない。未成年の登場人物のことを書くときは、彼らが楽しく元気に暮らしていても、その裏で感じている疎外感や逃げ出せない息苦しさ、自分で居場所を選べない閉塞感を描きたいと思っています。
──21年8月に発表された『 オーラの発表会 』(集英社)では、主人公が極端に鈍感で自分流に生きているキャラクターだったりと、綿矢さんの作品には、登場人物の言動やシチュエーションなどで、かなり笑いを誘う要素もありますね。
意図的に笑いを取りにいこうと思っているわけではないんです。でも、書いていてそういう瞬間が生まれたときには、推敲(すいこう)で削らないという方針があります。「こんなとこに笑いが挟まってたらおかしいかもしれん……でも削らない」と(笑)。自分も読者として、笑えるものが好きなんですよね。だから、現れたときには大事にしたい。
小説の主人公は、周囲からはちょっと誤解されがちなタイプの女性にすることが多いです。他者からの評価より自分軸で生きている人が好きなので、憧れもあるのかもしれません。
──日記の中では家族の時間も多くつづられていましたが、家庭を持ったことで仕事に変化は?
今は子供に合わせて寝るようになったので、夜の9時や10時くらいには寝て、朝6時に起き、午前中いっぱいを仕事の時間にしています。子供の声とテレビアニメの音が鳴り響く中で、耽美(たんび)なシーンなどを書き進めていくのは、ある意味すごい修業です(笑)。部屋にこもってドアを閉めてしまうと、子供が怖がって一緒にいたがるので、困り果てたこともあります。でも、特に工夫もなく、無理やり書いていましたね。
生活の変化は、実は書く量にも影響しています。執筆に使える時間は激減したのに、1人でいたときよりもペースが上がったんです。意外な変化でした。「今しか書く時間がない!」と思うと、結構ガツガツとやるので、むしろはかどるようです。
共感より「共鳴」する小説を書きたい
──さまざまな新しいメディアや表現が現れる中、古参の小説は今後、どんな位置付けになっていくと思いますか?
一番に思うのは、小説というのは規制があまり厳しくない、自由な表現方法だということです。平安時代の紫式部にしても、あの時代としてはものすごく過激なものを書いていたと思います。その自由さこそが、小説にしかない強みではないでしょうか。文字による想像力によって生まれたものには、規制をかけられないですから。
──今後、こういう作品を書きたいという展望は?
誰が読んでも「これはあかんやろ!」みたいな主人公を書いてみたいですね。全く共感の余地もない悪人だけど、なぜか、読者と響き合う部分を持っているような。
本を出した後、ネットでレビューや読者の反応を見ていると、「こんな深さで分かってくれるのか」「こんなに細かい感情も伝わるのか」と感嘆することがよくあります。それが積み重なっていく中で、今は、自分の中にあるものをひねり出して共感してもらうよりも、むしろ、読み手の中にこそ隠れた世界が脈打っていて、その鋭敏さに対して共鳴を生んでいくような感覚を持って物語を書いていきたいと思っているんです。
(写真/タナカヨシトモ)




