今最も注目を集める時代小説作家の一人、永井紗耶子氏。新著『木挽町のあだ討ち』(新潮社)で直木賞、山本周五郎賞をダブル受賞した。歌舞伎の芝居小屋・森田座を主な舞台に、とある「あだ討ち」事件の真相を目撃者たちの証言を基に解き明かしていく、ミステリー仕立ての一作。芝居の人気ジャンルでもある、あだ討ちという古風なテーマにどのように切り込んだのか。現代のエンタメの中で、時代小説の強みとは何か。執筆の背景を聞いた。[日経クロストレンド 2023年3月31日付の記事を転載。一部情報を更新]
現代の作家たちが手掛けた歌舞伎の衝撃
──新著『木挽町のあだ討ち』は江戸時代の文化・文政年間、「江戸三座」と呼ばれた歌舞伎の芝居小屋の一つである森田座を舞台にした、ミステリー仕立ての時代小説です。「芝居小屋」に着目したのはなぜですか?
実は今まで書いてきた小説の中にも、歌舞伎や芝居小屋の場面を入れることは多かったんです。武士など男性の登場人物がたくさん出てくる時代小説は堅苦しい雰囲気になりがちで、お芝居のような華やかな要素を加えたかったからでもありますが、何より私自身がお芝居の世界が好きなんです(笑)。それに気付いた担当編集者から、「いっそのことお芝居の話を書きませんか?」と提案を受け、本作の執筆へとつながりました。
──歌舞伎に興味を抱いたきっかけは?
初めて歌舞伎の世界を知ったのは、小学2年生のときです。親戚に連れられ、スーパー歌舞伎の『ヤマトタケル』を見て、物語やショーアップされた演出のスペクタクルに圧倒されました。そのときに感じた、舞台上のきらきらとした世界への憧れがずっと原風景にあったのだと思います。その後、中学生時代に友人の影響で下北沢などの小劇場に通うようになり、演劇全般に傾倒していきました。
中でも特に好きだったのは、劇作家・演出家の野田秀樹さんの演劇作品。歌舞伎への熱が再燃したのも、社会人1年目の2005年に野田さんが故・中村勘三郎さんと組んで上演した新作歌舞伎『野田版 研辰(とぎたつ)の討たれ』を見たのがきっかけです。新しい感覚で再解釈された脚色、ダンスや軽快な立ち回りを盛り込んだライブ感のある歌舞伎に衝撃を受けました。古典芸能としての歌舞伎のイメージが良い意味で覆され、古典と同時に、中島かずきさん、宮藤官九郎さん、串田和美さんなど、当代の劇作家が取り組む新作歌舞伎も見るようになりました。こうした作品から受けた影響は、今の自分の作風にもつながっています。
──『木挽町のあだ討ち』の芝居小屋の描写には、歌舞伎や演劇を見てきた永井さん自身の経験が生かされているのですね。
「こんぴらさん」として知られる香川県の金刀比羅宮の門前に、日本に現存する最古の芝居小屋・金丸座があります。小説家としてデビューしてすぐの頃、エンタメ誌の松本幸四郎(当時は市川染五郎)さんの連載で、初心者向けに歌舞伎の醍醐味を指南してもらう企画をライターとして担当していたのですが、その最終回のテーマが金丸座で上演される「こんぴら歌舞伎」でした。取材時に実際に客席に座ってお芝居を見て、舞台と客席の距離の近さ、臨場感に圧倒されました。舞台裏の楽屋や、奈落など江戸時代のまま保存された地下の舞台機構も見せてもらった。そのときに感じた客席の空気感やからくりの見事さが忘れられず、いつか芝居小屋の世界を描きたいという気持ちもありました。
身分制度は「親ガチャ」? 江戸と現代をつなぐ工夫
──永井さんの小説は、今と異なる時代を描きながら、読者がどこかで現代の自分と重ね合わせることができる視点があるのが魅力です。芝居小屋の世界を描くうえで、本作の時代背景を文化・文政年間(1804~30年)としたのには、どのような意図がありますか?
文化・文政の頃というのは、読者が最もイメージしやすい「江戸時代」なんです。当時は天明の大飢饉(1782~88年)を乗り越えて経済も活発化し、歌舞伎や人形浄瑠璃、浮世絵などの町人文化が栄えました。いわゆる「花のお江戸」を体現した時代なので、歴史の知識があまりない読者でも物語世界に入り込みやすいと考えました。
また、当時は表向きには華やかな時代だった一方で、出自・身分によって人生が大きく左右され、貧富の格差もあった。現代で言う「親ガチャ」的な生きづらさや、幕末へと向かっていく不穏な予兆も見られ、どこか空虚さや停滞感も感じさせる時代なんです。そうした時代の空気感は、現代の読者にとっても共感を得やすいのではないかと。
──特に若者世代では小説の読者は減少傾向です。ハードルが高いと感じられがちな時代小説を様々な世代の読者が読みやすくするために、どのような工夫をしていますか?
時代小説というジャンルは、現代を舞台にした小説と比べると、歴史背景や当時の社会背景、文化・風俗の説明など、どうしても情報量が多くなります。私自身、これまでにも小説を刊行するたびに知人に薦めてきたのですが、歴史にあまり親しみのない人からすると「読むのが大変」と、「積ん読」で終わってしまうことも多く……。そのハードルを少しでも下げるために、スムーズに情報を伝えつつ物語に引き込む展開を意識しています。
例えば本作では、歌舞伎や芝居小屋についての知識がない読者でも入り込みやすいよう、物語の「聞き手」を町人文化に疎い若侍に設定しました。小説の冒頭は、森田座のすぐそばで起きたあだ討ち事件の聞き込みのため、人生で初めて芝居町にやってきた若侍が、木戸芸者(芝居小屋の門前で客の呼び込みを行う芸人)から事件のあらましや森田座についての説明を聞くところから始まります。話術に達者な木戸芸者の語りによって、読者も自然に芝居小屋の世界に踏み込んでいける。一人称視点のRPGのような仕掛けですね(笑)
「江戸のフリーランス」たちが集う芝居小屋
──木戸芸者、立師(殺陣師)、衣装係の女形役者、小道具屋、戯作者(劇作家)と、各章ごとに様々な出自や人生遍歴を持つ語り手が登場します。
芝居小屋を舞台に設定すると、芝居に関わる仕事をしているという共通点はありつつ、それぞれに出自や境遇が大きく異なる、様々な社会階層の人々が織りなす多様性を描ける魅力があります。旗本出身でありながら武士の世界になじめなかった劇作家もいれば、火葬場で育った衣装係もいる。身分制度が固定化していた江戸時代では、稀有(けう)な環境といえます。
当時、芝居小屋や遊郭は、流行の発信地として人々の羨望を集める一方で、公にも「悪所」と呼ばれ、芝居小屋に出入りする人たちは「人外」「河原乞食」などと蔑称され、差別されるいびつな存在でもありました。社会から半ば除外された場所であるが故に、様々な出自の人々が引き寄せられて流れ着く自由さもあった。
芝居小屋はいわば、江戸時代の「フリーランス」たちが集っていた場所です。私自身もライターとして様々な仕事をしてきましたが、クリエーティブな現場ほど、多種多様なバックボーンを持つフリーランスたちが集っていることが多いですね。雑誌の仕事でも、同じ特集を作るために集められたライター同士、休憩時間に一緒にお昼を食べながら話していると、驚くほど奇特な経歴の持ち主だと分かったりする。芝居小屋を通じて、当時のフリーランスが生き生きと集い、緩やかに連帯していた特殊な場所の面白さも描きたかった。
──聞き手が証言者たちから真相を聞き出していく構成には、自身の記者経験も生かされているのでしょうか。
実際に、それぞれの人物に頭の中でインタビューするように筆を進めていました。「本日はよろしくお願いします。それでは早速、あだ討ち事件について当時の状況をお聞かせください」といった感じですね(笑)。ライターとしてインタビューする際には、相手から自分が全く想定しなかったような話題が出ると引き込まれるものですが、小説も同じで、キャラクターが予想外の発言をし始めると、この人物はちゃんと生きているなと実感して書き進められる感覚があります。
江戸の「あだ討ち」と現代のパワハラに共通点?
──タイトルにある通り、本書は「あだ討ち」事件の真相をめぐる物語です。このテーマを選んだのはなぜですか?
「あだ討ち」は、歌舞伎や芝居を語るうえでは切っても切れない大きなテーマなんです。現代でも根強く支持のある『忠臣蔵』の赤穂浪士の討ち入りや、曽我兄弟のあだ討ちを描いた『曽我物語』など、「あだ討ち物」は芝居の一大人気ジャンル。江戸時代は、親兄弟が殺された場合、役所に事前に届けておけば、下手人を自らの手で殺して遺恨を晴らすことは合法でもありました。
一方で私自身は、なぜ人を殺してまで忠義を全うするのか、なぜ「あだ討ち」の物語がこれほど人気なのか、ふに落ちなかった。当時はあだ討ちに成功すると英雄扱いされるほど、ある種のステータスとしても重んじられ、忠義や孝行を果たすことが美徳とされていました。上の立場の者から、あだ討ちを強いられた例もあったとか。私が「あだ討ち物」に抱く違和感は、そうした社会制度や、上からの圧力で押し付けられる忠義や孝行に対するものではないかと思い至ったのです。
現代に置き換えても、職場で「この上司のために頑張ろう」と思ったり、両親や目上の立場の人を敬ったり恩返ししたいと思う気持ちは、本来は自主的に生まれるべきものですよね。例えば、社員の不本意なサービス残業を、会社への忠誠心の表れとして良いこととみなすのは間違いです。そうした一方的なパワハラ的力関係が、当時の「あだ討ち」制度の中にもあったのではないかと。
──孝行や忠義を求める圧力は、形を変えて現代にも残っているのですね。
落語の「高田馬場」のように、江戸時代にもあだ討ちに熱狂する大衆の滑稽さを笑いに変えた作品もあり、当時の人々の間にも、実際には様々な感じ方があったのだと思います。現代でも、社会的圧力による忠義や孝行の在り方に異を唱える時代小説には意味があると思い、本書では私なりに再解釈した「あだ討ち物」を描きました。
時代小説は「鮮度」が落ちにくいジャンル
──永井さんは新聞記者、フリーライターを経て、現在は小説家として活躍しています。転身のきっかけは?
時代小説作家になりたいという思いは、昔から漠然とあったんです。小さい頃から大河ドラマが好きで、十代の頃は永井路子さんの作品などに夢中でした。22年に直木賞の候補に選んでいただいた『女人入眼』(中央公論新社)は、実は高校1年生のときに書いた小説がベースになっています。
学生時代は公募小説にも挑戦していたのですが、大学卒業後は新聞記者の職に就き、独立してフリーライターになり、エンタメ、ファッション、カルチャーなど様々な媒体で仕事をしているとあまりに楽しく、しばらくは夢のことも忘れていました。リーマン・ショックが起きてライターの仕事が減るまでは……。
そこでふと自分を振り返る時間ができた。「私は時代小説を書きたかったはずだ」と思い出したんです。それが転機となって、本腰を入れて書いた作品(「絡繰り心中」)が10年に小学館文庫小説賞を受賞し、デビューできた。そこからは小説家とライターの二足のわらじでしたが、少しずつ小説の比重が増していき、専業になりました。
──今のエンタメの中で、時代小説というジャンルの強みは何でしょう?
現在の世界を舞台に小説を書く場合、時事問題や流行の変化の影響は避けにくく、テーマによっては短期間で「鮮度」が落ちてしまうこともあります。一方で時代小説は、出版されてから100年たったとしても普遍性を維持しやすい、寿命の長いジャンルです。まれに歴史を覆す新説が登場して描写が古くなるなど例外もありますが(笑)、ガラケーがスマホに変わってしまうといった、ディテールの変化も気にする必要がない。むしろ現代小説より自由度は高いかもしれない。
加えて、これだけ規模の大きなジャンルでも、小説化されていない、史料の中に埋もれたままの魅力的な人物や事件は多く、私自身も今後描きたいテーマがたくさんあります。歴史物は現代の視点から俯瞰(ふかん)的な見方ができることで、大きなスケールの話も展開しやすく、創作によってはるか昔の出来事を現在につなげることもできる。まだまだ掘りがいのある、ロマンが多く残っているジャンルだと思います。
また、時代小説の強みは、実は「距離感」にもあると考えています。例えば、現実社会の世知辛い出来事がリアルに描かれた小説を読んでいると、虚構の世界だとしても、登場人物に共感してし過ぎてぐったり疲れてしまうことがありますよね(笑)。時代小説の場合は、時の流れを隔てて現実と地続きではないことで、別時代の風景の広がりに心が癒やされたり、ほどよい距離感があるからこそ、物語に思いっきり共感し没入したりすることができる。現代のエンタメとしても、大きな可能性と魅力を放ち続けているのが時代小説なんです。
(写真/髙山 透)






