
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第26回。
まちの書店が減っている背景に、非効率なまま硬直している出版・書店業界のサプライチェーンがある。その問題解決に商機を見いだそうとしているのが、丸紅と出版大手が設立したPubteX(パブテックス、東京・千代田)。「勘」と「経験」が重視されるこの業界で、DXによる効率化は、どのように可能なのか聞いていく。
PubteX(以下、パブテックス)は、丸紅と出版大手の講談社、小学館、集英社という4社によって、2022年に設立されました。最初に、なぜ商社の丸紅が、出版の流通改革に進出したのかを、うかがえればと思います。

PubteX 植松健執行役員・IoTソリューション事業部長(以下、植松):出版流通が抱えている様々な課題は、こちらの「書店再興」シリーズでも取材されている通りです。パブテックスは、紙の調達ビジネスで長年の取引があった丸紅と講談社が、それらの課題に関して、DXを切り口に解決ができるのではないか、ということで、他の出版大手にも参画していただいて設立しました。出資比率は、丸紅グループが51.1%、講談社、小学館、集英社が各16.3%になります。
このシリーズの前回では、紀伊國屋書店、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)、日本出版販売(日販)が設立した「ブックセラーズ&カンパニー(BS & Co.)」が進める流通改革を掲載しています(「書店が減って本も売れていないのは日本だけ?!」「書店の利益率を10%改善する『小売業なら当たり前』の仕組み」)。
BS & Co.がボトルネックと見なしているのは、書籍で37%、雑誌で45.9%という高い返品率でした。BS & Co.は、出版社と書店の直仕入れを増やし、取次のマージンをなくしていくことで、書店の利益率を向上させ、そこから業界全体を持続可能にしていこうとしています。パブテックスでは、ビジネスの焦点をどこに置かれていますか。
勘と経験で動いてきた本のビジネス
植松:高い返本率を適正な数字に改善し、出版社と書店の利益率を上げていく。そこは同じですが、私たちはデータ活用に注力しています。現状の出版流通ではデータ利用の機運が、圧倒的に不足しているのです。
確かに業界全体が、まだまだ成り行きで回っているところがあります。
植松:これまで勘と経験でやってきたことを、データによって「見える化」し、検証をしながら、本の適時、適量の発行と配送をうながす。書店には、その書店がほしい本と、売れる本が適切に届くようにする。そのような循環の構築を目指しています。
具体的な事業内容は、どのようなものになりますか。
植松:事業の柱は、大きく2つになります。1つは「AI発行・配本最適化ソリューション」です。これは、AI技術を駆使して、無駄な発行、配本を抑え、流通全体として効率化し、返本を減らしていく取り組みとなります。
既存のデータも含めて、出版サプライチェーンにあるデータを一元化し、販売特性にフィットしたAIモデルを掛け合わせて、最新のサプライチェーンを組み直していくものですが、より具体的にいうと、類似するタイトルの販売実績データを分析することによって、新たに発行するタイトル(本)初版のつくり過ぎを抑制する。同時に、その後の流通在庫量をタイムリーに把握し、変化を先読みする。それによって、必要量を適時に重版発行できるようにする。さらに、必要とされる場所に必要量を配本できるようにする、といったことですね。
つまり、現行の出版・書店業界は、それらが十分にできていないということですね。
植松:そのような空白があります。もう1つは「IoTソリューション」事業です。これはRFID(Radio Frequency Identification=無線周波数識別)タグを使って、書店から業界全体のオペレーションを改善していく事業です。
RFIDタグのイメージは「ユニクロのレジ」
本へのRFIDタグ導入は、経済産業省が後押ししていることも、このシリーズで取り上げました。(「RFID導入で本の万引き件数が約1400冊から66冊に激減」)
ただ、RFIDといわれても、ほとんどの人は「?」だと思います。どんなものなのでしょうか。
植松:RFID活用の最も分かりやすい例は、ユニクロさんの店頭レジだと思います。買い物かごをレジに置くと、1点1点を取り出さないでも、すぐに合計金額が出てくる。あのイメージですね。
ひと昔前は回転寿司店で、店員さんが積み上げたお皿を、手に持ったスキャナーでぱーっとスキャンする光景がおなじみでした。あれで会計の手間と時間は大幅に圧縮されて、客としてもストレスがなくなりましたね。
植松:お客さまのストレスをなくすだけでなく、販売サイドでも手間が減りましたし、データを瞬時に取得することで、仕入れから在庫・販売管理、人件費など、すべての工程でロスを圧縮できて、効率化が進みました。店頭だけでなく、経営全体に正の影響を与えることが、システム導入の最大の利点です。
書店でのRFIDの活用も経営全体に影響する、ということですね。
植松:実際に、どのように効率化できるかというと、まずは書店員さんの作業負担の軽減が挙げられます。書店では、取次から毎日のように送られてくる段ボールを開けて、本を出して、1冊1冊検品して、棚に並べて、売れ残ったらまた段ボールに詰めて、取次に返品して……というルーティンが、大きな負担になっています。
ギリシャ神話の「シジフォスの岩」(※)のような作業が、書店を苦しめている。そのことはよく聞きます。
段ボールに入ったまま返品される本たち
植松:人手が足りない書店では、段ボールに入っている本を、検品ができないまま機械的に棚に並べたり、あるいは棚に並べられることなく、期限がきたら取次に返したり、ということも起こっています。
配送の手間、時間も含めて、すごいロスが発生していますね。
植松:物流ロスのほかに本の廃棄までのサイクルを考えると、返本に関わる経済的損失は、毎年2000億円以上とされています。
うわぁ。出版社、取次、書店すべての収益が圧迫されるわけです。
植松:もう1つ、小売りにとって棚卸しは売り逃しを防ぐための大事な仕事ですが、その負のサイクルに陥っていると、書店で棚卸し作業を行うことが、ままならなくなります。
ということは、書店は自分の店の棚にある在庫を、把握できていない?
植松:はい、そういうことになります。あると思っていた商品が実は店頭になかったり、ということが実際の店舗で起きています。
とはいえ1年に1回、会計棚卸しの義務があるので、その時は業者を頼んで、人員を送り込んでもらいながら、徹夜で行います。でも、そうやって、いったん棚を整理しても、次の日からは目の前の作業に追われて、帳簿と在庫はまたズレ始めていきます。
うーむ。その解決にRFIDが役立つということですが、POSシステムとはどう違うのでしょうか。
POSとの違いはこの動画で分かる!
植松:細かな相違点はいろいろありますが、POSでは付いているバーコードを1点1点、読み込んでいく必要があり、そこが結構な手間なんです。
RFIDを使えば、段ボールの外側にハンディリーダーをあてるだけで、1点1点のデータが瞬時に取得できます。
ユニクロのレジみたいに、ですね。
植松:はい。そして棚にズラリと並んだ本も同様で、本に沿ってリーダーを動かすだけで在庫が把握できますので、手間は大きく軽減されます。ぜひ、ショールームで、実際の様子をご覧ください。

ということで、ショールームに移動して拝見しましたが、なるほど、すごく簡単ですね。
植松:ハンディリーダーで読み取った本は1冊ずつ、入荷時、棚出し時、販売時、返本時などが記録され、売れ筋の本はもちろん、曜日・時間・棚の場所などによる販売傾向が、クラウド上の閲覧サービスのデータを使って分析できるようになります。
ただ、POSシステムでも、売れたタイミングや点数などは分かると思いますが……。
植松:POSでもタイトルごとの販売実績は分かるのですが、POSの場合は、どの売り場に置かれていた商品が売れたのかまでは識別できません。
RFIDでは売り場別に棚卸しをすることで、個体商品がどこに置かれていたのかまでトレースすることができ、曜日や時間帯、棚の場所によって売れ方が変わっていくといった、踏み込んだ分析が可能になります。
さらに、売り場ごとの商品の回転率や、売れなかった商品についてのデータもRFIDではトレースすることができます。これらはPOSでは追えないデータで、これを活用すれば適切な商品配置や補充・返品が行えますので、売り上げを伸ばしていくことが期待できるのです。
つまりトレーサビリティーの向上ということですが、その半面として、セキュリティー面の不安はないのでしょうか。
植松:RFIDタグの情報を読み取りには、購入者である読者の趣味・嗜好といったコンテンツプライバシー保護の課題があり、その点は私たちも懸念していました。
今回、検証を経て実用化したシステムでは、RFIDタグに書誌タイトルや商品コード(ISBNコード)は一切記録されておらず、第三者による読み取りはできない仕組みとなっています。
また、タグのIDと紐付いた書誌タイトル情報は、堅牢(けんろう)なクラウド上のデータベースシステムにしか記録されておらず、権限を有した特定の利用者しか参照することができません。そうやって、コンテンツプライバシーを守る仕様になっているのです。
なるほど。
棚卸しもすぐに可能に
植松:RFIDタグのメリットは、大きくいうとトレーサビリティーの向上ですが、より身近にいうと、検品と在庫管理が簡便になることで、在庫の鮮度が上がり、販売機会のロスが減って、棚の回転もよくなる、ということですね。
例えば、それまで1年に1回の会計棚卸しでしか把握できなかったものが、短いサイクルで分かるようになれば、売れ筋の仕入れにつながりますし、また、「あると思っていた本が実はなくなっていた」という売り損じを防ぐこともできます。
「売り損じ」の代表的な要因の1つに、万引き被害があると聞きます。書店では1冊の本を万引きされたら、5冊売らないとカバーできないので、ひどい話ですね。
植松:笑えない話では、売れ筋のコミックをごっそりと盗んで、数百メートル先の古本屋にそのまま持ち込んでいた、という例もあるそうです。RFIDタグは盗難防止ゲートと監視カメラとも連携できるので、その点でも万引きの抑止になり得ます。
実際の書店で、実証実験を行ったところ、前年比で85%も万引き冊数と価格ロスの被害が減りました。
それはすごいですね。
植松:1年で1000冊以上あったコミックの万引き被害が、RFIDを導入後は、150冊程度に減った書店もあります。
コミック系出版社に導入進む
ここでいったん整理すると、パブテックスがRFID関連で売っているものは、「出版社用のRFIDタグ」、「クラウド上でのデータ閲覧サービス」、「RFID読み取りデバイス」というハード、ソフト合わせた3つ。
RFID読み取りデバイスとは、入庫と棚卸しのデータを収集する「ハンディリーダー」と、レジで販売データを収集する「卓上リーダー」、そして万引きなどのロスを防ぐ「防犯ゲート」の3点である……という理解でよろしいですか?
植松:はい、その通りです。弊社は22年の設立ですが、パイロット検証を重ねて25年1月から商用サービスを本格的に開始しました。
RFIDタグ普及のネックとして、単価が高いことがいわれていますが、そこはいかがでしょうか。
植松:グローバル規模のRFIDの普及により、10数年前に出版業界で実験的に導入を検討した時期に比べて、タグの単価は大きく下がっています。今後、出版業界への普及が拡大し、ボリュームが増加することによりさらに下がることが期待されます。
その意味でも、タグを装着する出版社の拡大と、対象書籍ジャンルの拡大を進めることが必要なんですね。
現在、書店でのRFIDシステムの浸透具合は、どんなものでしょうか。
植松:RFIDタグは23年より小学館、講談社、集英社、KADOKAWAの4社のコミックから装着をはじめて、そこに一迅社、白泉社、光文社、竹書房、双葉社、日本文芸社が加わっています。
25年8月現在では、講談社、小学館、集英社、KADOKAWA、一迅社、白泉社、光文社、の新刊コミックのすべてと、竹書房、双葉社も新刊コミックの一部に製本段階でタグが付けられて、全国の書店に流通しています。
参画する出版社はコミックに強いところが多いのですが、なぜコミック系になるのですか。
植松:コミックは、本の巡り(販売サイクル)が速いことと、転売されやすい商品なので、防犯的なメリットが大きいんですね。
いずれはすべての出版物にRFIDタグが付くことが、我々の目指すところですが、そこに行くまでは相当の時間がかかります。そこで、当初はコミックのジャンルに集中して、そこから全体に効果を波及させるように、戦略を描いています。
使用料は利用者が増えるほど安くなる
短期的な目標はどこに置いておられますか。
植松:短期のフォーカスは、コミックの出版社を網羅し、RFID導入書店の数を増やしていくことです。この先の1、2年でコミック売り場の商品の8割にRFIDタグが付く状態に持っていければ、書店のコミック売り場においてRFIDをベースにしたオペレーションを確立することができ、在庫や売れ行きの見える化や業務の効率化が現実のものになります。
システムとサービスの利用料は、どのくらいになるのでしょうか。
植松:お店の規模、レイアウトによって変わるのですが、コンパクトで顧客動線がシンプルな店舗の場合、ハードとなる初期の設備導入が100万円程度、ランニングとなるシステム利用料が月額2~3万円といった目安です。大きい店舗になると、レジの台数も増えたり、各出入り口に防犯ゲートが必要になったりしますので、その分は積み増しされていきますが、防犯ゲートを設置せずに導入される書店もあります。
まちの書店にとって100万円の投資と、システムのサブスクリプションの利用料は、なかなかきついものだと思います。経産省の書店振興プロジェクトは、そのあたりに補助金を出すということですか。
植松:はい、ランニングではなく、イニシャルコストとなる設備代に補助金を出す方向ですね。
RFIDシステムが浸透すればするほど、イニシャルもランニングも、料金は安くなっていきますか。
植松:特にシステムの利用料は、利用者が増えるほど下げていくことができます。その意味でも、この1、2年が勝負で、より多くの書店さんにご利用いただき、コストシェアできる構造をつくりたいと思っています。
繰り返しで恐縮ですが、流通改革は書店の利益率を上げることが第一の目的なのに、これだと逆に負担が増えるのではないでしょうか。
植松:その課題は十分に認識しています。ただ、私たちは、データ活用による業務効率化、書店の売り逃し・ロスの削減、売り伸ばしによる収益の改善によって、そのあたりは十分にペイできると試算しています。さらに、それによって得られるデータを、出版流通に関わる各ステークホルダー(利害関係者)ともシェアすることで、出版流通全体が効率化し、抑えられたコスト原資が、書店をはじめとした出版流通全体に還流する構図を描いています。
書店からのRFIDシステムの売り上げだけではなく、そのシステムが取得するデータを、出版流通全体の改善に活用していく。そのような大きな取り組みということなんですね。なるほど、商社が参入する意味が見えてきました。
植松:出版社はパブテックスからRFIDタグを買うことで、タグのコストを負担しています。一方で、RFIDシステムからは、これまで出版社が得られなかった自社商品の流通に関するデータが得られるようになります。
パブテックスで一元化されるデータは、読者が何を求め、どこで、何を買っているかが分かるデータですから、マーケティングには必須の垂涎(すいぜん)データだと思います。
植松:ですので、出版社にもシステムの開発・運用費用、データ利用の費用を負担いただくことになります。その大きなビジネスの構図の中で、書店さんの負担の軽減が図れる。
そのように、ステークホルダー同士がウィン・ウィンの関係を築きながら、RFIDシステムが普及していくことを目指しています。
(*第2回は、パブテックスの全体戦略と現在地を、同社社長の渡辺順さんに聞いていきます)
[日経ビジネス電子版 2025年9月16日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)




