
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第29回。
書店業界の話題といえば、数が減っている、商売が成り立たない、あげくに消滅すると、危機をあおるものばかりが目立つ。しかし、直近の調査では、書店の倒産が急減し、業界持ち直しの機運も出てきた(*帝国データバンク「書店」の倒産動向 2025年1-5月)。
まちから書店が消えていく一方で、新しい動きは次々に登場している。「書店再興」シリーズでは、直木賞作家、今村翔吾さんが自ら立ち上げた書店の新業態ビジネスを皮切りに、ブック・コーディネーターが拡大する領域や、取次大手の日本出版販売(日販)が仕掛けるブックホテルなど、ゲームチェンジの流れを追ってきた。
本を売るだけでは、商売が成り立たない時代に見えてきた突破口は、本と書店の周縁に価値を拡張していくこと、すなわち書店のプラットフォーム化にある。
その集大成モデルといえるのが、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ、横浜市)による蔦屋書店だ。書店業界全体の書籍売り上げが前年比95%と減少する中、CCCが運営する蔦屋書店の直営16店舗(図書館・公共施設内の店舗を除く)では、24年度の本単体の売り上げが前年比104%と、業界水準を10%上回る。何が効いているのか、何を効かせているのか。蔦屋書店の取り組みを探っていく。

代官山T-SITE内にある「代官山 蔦屋書店」に来て、話をうかがっています。日本の大規模書店に、大きな変革が起こったのが2011年、想像を超えたスタイルの同店がまちに登場した時でした。
鎌浦慎一郎・CCC執行役員・TSUTAYA事業管掌(以下、鎌浦):代官山 蔦屋書店は来年で開業15周年になります。CCCの創業者である増田宗昭(現会長)は、この場所を企画した時から、ここは本を売るだけの書店ではなく、生活提案の場であると決めていました。本を売りながらも、永遠になくなることのない「ライフスタイル」を提案することが、TSUTAYAの原点であり、蔦屋書店の原点だったのです。
ここで補足をすると、「TSUTAYA」と「蔦屋書店」は、いずれもCCCが展開する店舗の商号で、前者が映像・音楽ソフトのレンタルをはじめとしたエンターテインメント複合店舗、後者が書店業態のライフスタイル提案店舗ということになります。今回は蔦屋書店、そしてその中でも、CCC直営の店舗について、お話をさせていただければと思います。
提供するのは「居心地の良さ」
代官山 蔦屋書店が登場した11年は、00年に上場を果たしたCCCが、MBO(経営陣が参加する買収)によって上場を廃止した節目の年でした。1980年代の創業から、ソフトのレンタル事業で発展したCCCのビジネスモデルが、動画配信サービスの台頭で岐路に立ったタイミング。そこで新たに開拓したのが、蔦屋書店をフラッグシップにしたライフスタイル提案事業だった、ということですね。
鎌浦:その通りです。11年に書店事業をCCCの中で成長させていくと決めた時から、大人の知的好奇心に応え、ネットではないリアル店舗だからこそできる、新しい発見や偶然の出合いを提供する場所づくりを目指してきました。
代官山 蔦屋書店では、「大人のための文化の牙城」を念頭に、家にいるような居心地、自分の書斎のような本棚など、それまでにない空間設計に注力しました。ネットが浸透する中で、リアルな場所にわざわざ本を買いに来ていただくためには、空間の価値が重要になるからです。
代官山は東京の中でも強いブランド力を持つまち。代官山ヒルサイドテラスに隣接するT-SITEは、緑の多い敷地の中に蔦屋書店をはじめ、レストラン、電動自転車ショップ、ペットショップが点在しています。このようなぜいたくな事業開発は、上場で株主説明が必要とされている状況では、確かに難しかったことでしょう。その代官山T-SITEは、開業当初から今にいたるまで、ずーっとおしゃれですね。
鎌浦:我々の空間価値を一言でいうと、まさに「居心地の良さ」だと思います。ハードとしての空間はもちろんですが、それ以上に、人をワクワクさせること、面白いことを生み出すソフトを重視してきました。
T-SITEはCCCの商業施設ブランドであり、書店を核にした商業開発を行っています。敷地内に飲食、物販を併設するのは、それらテナントのみなさんと一緒に、ライフスタイルの提案を行っていけるからです。
もう一つ、代官山 蔦屋書店で画期的だったのは、本の並べ方です。文庫やコミック、雑誌などといった従来型の分類ではなく、「旅」「食」「アート」「ワークスタイル」などの分類で、旅のコーナーでは、ガイド、旅行記、ムックなどが一緒くたに並べられていました。
3棟が外部の廊下でつながっている店舗は、各棟の中央に配された雑誌コーナー「マガジンストリート」をたどれば、店舗の一体感に包まれるように設計されています。

鎌浦:ここでは棟を1、2、3とナンバリングしています。代官山駅に近い方の「3号館」にスターバックスがあり、カフェの横に「旅」「食」、隣の「2号館」に「建築・デザイン」「車」、その奥となる「1号館」に「文学」「哲学」「ビジネス」などと、棟ごとにマーケティングを考えて、ライフスタイルのテーマを設定しました。従来型の書店が提供者目線での並べ方だったことに対し、蔦屋書店では徹底的にマーケット目線を意識したのです。
そのような並べ方に、書店業態のゲームチェンジへの意欲が表れていました。
鎌浦:まさに書店のイノベーションを行った、と自負しています。ただし、既存の大手書店を否定する意図はまったくありません。多様な業態があってこそ、書店業界全体がサステナブルになる。その考えが基本です。
蔦屋書店では、意図したライフスタイル提案がお客さまにきちんと伝わるように、「コンシェルジュ」という、ジャンルごとに専門性を持ったプロフェッショナル人材を置きました。コンシェルジュは、ライフスタイル提案の道案内役で、そこも蔦屋書店が果たした大きなイノベーションです。実際にコンシェルジュの存在が、売り上げにも大きく貢献しています。
従来の「書店員」を超えた存在としての「コンシェルジュ」。コンシェルジュの貢献については、あらためてうかがうとして、今、CCC直営の蔦屋書店は何店舗あるのでしょうか。
鎌浦:全国で31店舗です(25年10月時点)。代官山の出店以降は、函館(13年)、湘南(14年)、二子玉川(15年)、枚方(16年)、銀座(17年)と、次々に特色のある店舗を打ち出していきました。

函館 蔦屋書店ではロードサイドの広大な店舗(延べ面積5900平方メートル)ということで、ひと月にイベントを100回以上も催しています。キッチンを併設し、マルシェ用のスペースもありますので、地元の郷土料理の教室から、児童書の読み聞かせ会、本好きによるビブリオバトル(おススメ本合戦)、働く人のファイナンス講座まで、幅広いテーマで多様な層のお客さまに参加していただいています。
各店舗ではそれぞれの立地に合ったテーマを際立たせて、湘南ではウェルビーイング、二子玉川では家電、そして銀座や京都ではとりわけとがったコンセプトとしてアートを主眼にしました。
ほかにも大阪の梅田など、日本を代表する繁華街で、大きな売り上げを上げている蔦屋書店があります。
どの店舗もとがっていますが、インバウンドの名所と化した「GINZA SIX」6階にある銀座 蔦屋書店は、一体どなたがお求めになるの? というぐらいの美術本が並んでいて、よく思い切ったなあ、とため息が出ました。
鎌浦:これは増田が一貫していっていることですが、CCCは「企画会社」であり、企画は常識をはるかに超えたものでないと、利益を生み出さない、と。銀座は顧客層がグローバルですから、とがったコンセプトがそのまま発信力になるんですね。ビジネスの常識を超えて振り切ると、力のある顧客層が付いてくださるものだと実感します。また、かつてTSUTAYAで映画や音楽を大衆化したように、これまで一部の人だけが楽しんでいたアートも同様に広く届けたいと考えています。
代官山の出店以前、03年に六本木ヒルズにオープンしたTSUTAYA TOKYO ROPPONGI(現・六本木 蔦屋書店)は、書店とスターバックスが融合した「BOOK & CAFE(ブック&カフェ)」スタイルを初めて打ち出して話題になりました。ブックカフェが身近になった今では、書店+カフェは普通になりましたが、当時は買い上げ前の本を、スターバックスで広げられることが、コペルニクス的転換でした。これもCCCが仕掛けたイノベーションですね。
デジタルシフトに流されない業態をつくる
さて、ここで本題なのですが、これでどうやって企業として存続できる利益を継続的に生み出すのか。蔦屋書店のビジネスモデルは、通常の発想ではなかなか想像が追い付かないものです。その実体は、どういうものなのでしょうか。
鎌浦:デジタルにシフトした時代の中で、空間価値や体験価値をつくり上げていく――それが私たちの行っていることですが、そのビジネスをより具体的にいうと、「物販」「空間価値とコミュニティの提供」「外部パートナーと協業で行うライフスタイル提案」の3つになります。
えーと、それでも、まだ分かりづらいので、さらに教えていただけますか。
鎌浦:そうですよね(笑)。物販では、私たちがブックと呼んでいる本、文具、雑貨が商材になります。
空間・コミュニティでは、まさに先ほどお話したスターバックスとの協業であるブック&カフェと、19年から展開する「SHARE LOUNGE(シェアラウンジ)」があります。
シェアラウンジは、時間制で利用できるカフェ+ワークスペース。日販の子会社「ひらく」が展開する「文喫」を思い起こさせます。(「日本独特の『取次』が経営する本のホテルと“喫茶店”」)
鎌浦:文喫さんは入場料式の書店で、ドリンクなどは別料金にされていますので、当方のシェアラウンジは、また違うビジネスモデルではないかと私たちは考えています。ブック&カフェも、シェアラウンジも、その場に足を運ぶことによって、人と人が交流し、知的、感性的にインスパイアされる空間であり、ここはデジタルシフトした物販の潮流に流されない事業形態だととらえています。
一方で、蔦屋書店はもちろん「書店」ですので、どうやって本を売るかについては、さらに工夫が必要です。そこで、ライフスタイル事業を手掛けている、様々な業種のメーカー、リテーラーさんたちと、外部協業のパートナーシップという形で、イベントやポップアップショップを展開しています。これが3つめのライフスタイル提案で、3つの中でここだけがBtoBになります。
書店に人はちゃんと来る
CCCが上場を廃止してから、IR情報は非公開部分が増えましたが、CCC全体の売上高は、94年から22年まで、連続で上昇を続けました。21年3月期の赤字で脱・レンタル事業に舵(かじ)を切っておられますので、蔦屋書店の事業は、重みを増していくことと思います。肝心の売り上げなどは、どうなっていますでしょうか。
鎌浦:体験型ライフスタイルのビジネスモデルを地道に開拓していった結果、24年度の蔦屋書店の直営16店舗では、文具・雑貨が前年比120%、スターバックスとのブック&カフェが同105%、シェアラウンジが同132%、そして外部協業でのイベントが133%と、手応えのある成果が出ました。
これらに加えて、テナントリーシングでも、テナントさんの売り上げが107%に増えています。
書店に人が来ないといわれてもいますが、CCC直営の主な16店舗の合計では、24年度に来場者は5000万人を突破しています。前述した通り、本の売り上げも104%に伸びました。それらはすべて、総合的なライフスタイルの提案に力を入れた結果だと考えています。この16店舗というのは、フランチャイズと、図書館など公共併設店舗を除いた店舗数になります。
5000万人とはすごい数ですね。
鎌浦:今、書店が大変厳しい局面にあることは事実です。しかし、本は売れます。
おっ、心強い言葉です。
鎌浦:従来の書店の典型を超えて、複合的な視点で店舗戦略を取っていけば、できる。そのことを、私たちは読者の方々に、一番にお伝えしたいのです。
蔦屋書店の戦略は、AIやeコマースへのデジタルシフトではなく、むしろ「人」を中心にしたマニュアルシフトである。そこに大きな独自性があります。書店業界では今、ITを活用した無人店舗が登場する一方で、「書店再興」シリーズでお伝えしたように、AIとITによる流通改革(「書店が減って本も売れていないのは日本だけ?!」「書店を『ユニクロ化』するマンガに挟まった『白い紙』」)の動きも起こっていますが、それとはまた対照的なアプローチです。

鎌浦:前提として、書店業界のプレーヤーが、それぞれの役割を持ち、互いに協力し合って、業界全体を永続的に発展させていくことが大事だと考えています。
蔦屋書店の各店舗は代官山が間もなく15周年を迎え、ほかの店舗も10周年前後となり、成熟のフェーズに入っています。それでも停滞しないで、24年度に5000万人の来店数を実現し、本の売り上げを104%に伸ばすことができた。その背景には、新たなビジネスモデルに挑戦し続け、絶えず新しい試み、仕掛けを行ってきたことが大きかったと考えています。
特に私たちの店づくりでは、AIの時代を迎えても、人にしかできないことが必ずあるという仮説の下で、事業を行ってきました。その象徴が、コンシェルジュという独自の存在です。
冒頭にお話したように、私たちはコンシェルジュを、専門性や幅広い知見を生かし、ライフスタイルの提案を行うプロフェッショナルと定義しています。本に詳しいという以上に、豊富な経験や知性、感性を備えて、常にその分野の最先端の情報をアップデートし続ける。お客さまにとっては、知的好奇心の刺激者であり、文化的に豊かな生活を送っていくためのパートナーです。
売り上げに貢献した事例はありますか。
鎌浦:現在、蔦屋書店(直営)では全国で約100名のコンシェルジュがいますが、コンシェルジュの活動で、売り上げを伸ばした側面は大きいです。そのリアリティーある話は、私からよりも当のコンシェルジュからお話させていただいた方がいいと思います。梅田 蔦屋書店では、店長で文学コンシェルジュの北田博充が、発想力と行動力で売り上げを10倍以上に伸ばした実例があります。
では次回、北田さんに本と書店の売り上げを伸ばすビビッドな実例をうかがっていきましょう。
(第2回・中編に続きます)
[日経ビジネス電子版 2025年11月26日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)
