サステナビリティ分野において、日本企業は欧米企業に立ち遅れている感が否めない。欧州がルールを決め、ビジネスの市場は米国がさらっていくという図式になりつつある。その状況を打破するにはどうしたらいいのか。日米の企業の事情に詳しいベンチャーキャピタリストでWiL代表の伊佐山元氏に、日本企業がSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を実現するために実行すべき企業変革の要諦について聞いた(聞き手は、サステナビリティ経営の近未来を描いた 『 2030年のSX戦略 課題解決と利益を両立させる次世代サステナビリティ経営の要諦 』 共著者の磯貝友紀氏)。
正しい課題設定ができているか?
磯貝友紀氏(以下、磯貝):サステナビリティ経営を進めていくにはイノベーションの創出が不可欠ですが、イノベーションはスタートアップの専売特許ではなく、大企業にも必要です。伊佐山さんが経営されているWiLには、大企業からイノベーションを生み出すというビジョンがあり、以前から共感しています。
伊佐山元氏(以下、伊佐山):大企業にはイノベーションを生み出せないというステレオタイプの見方が日本にはあり、それを打破することが私たちの挑戦であり、事業テーマの一つです。では、イノベーションを生み出すにはどんな思考が必要なのか。その第1ステップは「正しい課題設定」です。
つまり、今、世界で起きていることや大事だと思われていることを把握すること。それが分からなければ、せっかく高い技術力を持っていても、その使い方や事業での生かし方が見えてこない。当たり前のことと思われるかもしれませんが、ほとんどの企業は「正しい課題設定」が不十分です。

磯貝:WiLでは、企業向けに数多くのブートキャンプ(短期集中的な研修)を開催されており、2023年2月末から3月にかけて私たちPwC Japanグループと共同で、サーキュラーエコノミーをテーマにしたSXブートキャンプを開催しました。ここで、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を実現するためのイノベーションの生み出し方、2050年までのSX戦略のシナリオ分析、業種間のコラボレーションの築き方などをテーマに、14社からの参加者とともに4日間、徹底的に議論しました。
私も講師として参加しさまざまな学びがありましたが、課題も感じました。一つはサステナビリティについての情報を包括的に知る機会がまだまだ少ないこと。アンテナを張っていても、自社の事業に関連するサステナビリティの情報をなかなか把握できていません。もう一つは、サステナビリティに対する発想が硬直的であることです。
サステナビリティを優先すると我慢を強いる社会になり、画一的な価値で商品やサービスが捉えられてしまうといった誤解が根強くあります。地球の資源や回復力には限界があるので、サステナビリティに配慮するのは当然のことであり、その範囲の中で自由な発想により付加価値を考えるべきなのですが、そこまで思いが至っていません。伊佐山さんは米国シリコンバレーに在住されていますが、日本と米国では、サステナビリティの受け止め方がどのように異なりますか。

災害に強い長所が足かせになっている
伊佐山:米国と日本では、置かれている状況が大きく違います。まずは、世界のリーダーとしての自負に関してです。米国には、良くも悪くも世界をリードするマインドを持つリーダーが、政治分野でも経済分野でも多い。覇権を維持するためには、世界が認識する課題に対し、他国に先駆けて解決しないと示しがつかないと考えています。
サステナビリティに関しては、欧州が先行して動き、当初、米国は様子見で動きは鈍かったのですが、世界がそちらに動き出したと察知すると急に方向転換を図り、お金を集中的に投資し、例えば電気自動車などの産業分野を席巻してしまいました。
また、気候変動のマイナスの影響が顕在化していることも、米国のサステナビリティへの動きを加速させている理由の一つです。ハリケーンによる洪水が多発しており、インフラの復興コストや保険会社の負担が膨らみ、手を講じないと大変なことになるという不安が広がっています。
逆に、日本のインフラは安定していて災害にも強いため、気候変動への危機感が米国に比べると弱いのかもしれません。災害に強いという日本の長所が、間接的にサステナビリティ経営への方向転換を阻んでいる面があると思います。
磯貝:サステナビリティをめぐっては長年、欧州がリーダーとなり、規制の強化を図ってきました。日本企業はそのルールメイキングにほとんど関与できず、サステナビリティ関連がビジネスとして拡大してきたら、今度は米国に先行され、結局、いつも勝てないという状況に陥っています。
今後、日本に近いアジアの新興国でサステナビリティ市場が急拡大していくことを考えると、日本企業は同じ轍(てつ)を踏みたくありません。そのためには、日本の企業経営者は何を心がけるべきでしょうか。
意識改革の要諦「まず、3.5%の意識を変える」
伊佐山:まず、日本企業の意思決定のスタイルを変えていくべきでしょう。動きながら考えるベンチャーキャピタリストのような思考で経営することが大切です。
初めのステップは、海外から日本を見ることです。国内からだけでは、自社や日本の強みも見えてきません。海外に拠点を移さなくても、世界中の有識者と定期的に意見交換したりテクノロジーの海外イベントに出席したりするなど、自ら動いて優先課題を肌で感じるべきです。
サステナビリティ分野においては、日本を評価したり興味を持ったりする外国人は想像以上に多い。こうした外国人たちを自社の味方につけることも意識すべきです。日本国内ですべて完結させようとする発想はやめた方がいい。
磯貝:日本企業は慎重なところが多いので、動きながら考えるというスタイルを企業に根付かせるのは難しそうですね。
伊佐山:組織を変革するには、メンバーの過半数の意識を変えないといけないと思いがちですが、そうではないんです。3.5%の人の意識を変えれば、組織は変わります。
磯貝:たった3.5%で変わるのですか?
伊佐山:ハーバード大学ケネディ行政大学院のエリカ・チェノウェス教授は、過去の革命や市民運動などを調査し、人口の3.5%が非暴力で立ち上がれば、社会が変わることを見いだし、「3.5%ルール」と名付けました。
ここから考えると、恐らく企業も3.5%の人の意識が変われば、その人たちから周りも影響を受けて、組織全体が変わっていくことが期待できます。例えば、1万人の会社であれば、350人の意識を変えればいいわけです。5000人の意識を変えるのはかなり大変ですが、350人ならできそうだと思いませんか。
磯貝:確かに、できそうな気がしてきました(笑)。組織を変革したい経営者にとって、「3.5%ルール」は勇気づけられる話ですね。

イノベーションを生む「イエス・アンド思考」
伊佐山:動きながら考えることに加えて、イノベーションを生み出すには「イエス・アンド思考」が不可欠です。
例えば、今、アフリカのビジネス市場が急拡大しています。米国のビジネスパーソンなら、「社会課題が多い分、先進国ではできない社会実験ができて、新しい産業を起こせそう。だから、アフリカは面白い。ビジネスにトライしてみよう」と発想します。けれども、日本のビジネスパーソンの多くは「面白いけど、政情が不安だよね」とできない理由をいくつも挙げがちではないでしょうか。これは「イエス・バット」思考です。
要は、一つの事実に対する見方の問題です。コップに入った半分の水を見て、半分も入っているのか、それとも半分しか入っていないのか。「イエス・バット思考」を「イエス・アンド思考」に変えるだけで、目の前に見える世界が大きく変わります。
未知の領域は明確な答えがなく、リスクばかり見えてしまいますが、脳のスイッチを「イエス・アンド思考」に切り替えて、実際にトライしてみると、もちろん失敗することもありますが、意外にできてしまうことも多い。シリコンバレーの起業家たちを見ているとそれを実感します。
磯貝:仕事だけでなく、前向きな人生を送るためにプライベートにおいても「イエス・アンド思考」を大切にしたいですね。そのモチベーションの源となる「成し遂げたい夢」を考えることも重要で、それが社会課題を見つけるヒントにもつながるはずです。
伊佐山:もう一つ重要なのは「変化を常態化すること」です。これは、日々のちょっとした心がけでトレーニングできます。私の場合、オフィスに行くときに、毎回道を変えたり、一駅前で電車を降りたり、左手で食事をしたりと、ルーチン的に惰性でやっていることを変えるように心がけています。
変化は脳にとって刺激になります。毎日違うパターンを繰り返していくうちに、恐らく脳の働きが活性化すると思うのですが、同じものを見ても他の人がなかなか気付かない斬新な着眼点を持てるようになります。
磯貝:すぐに実践できることなので、さっそく試して、習慣にしていきたいと思います。

坂野俊哉、磯貝友紀(著)、日経BP、2200円(税込み)