気候変動の加速を防ぐため、化石燃料を中心とした大量のエネルギー消費からの転換を急ぐ必要がある。エネルギー消費と人類の発展との関係を考察した 『エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来』 の著者、古舘恒介氏は「人間の脳には、エネルギー獲得への際限ない欲求がある」と指摘する。この「脳の本性」を考慮せずエネルギーについて議論すると、本質を見誤る恐れがあるという。今後エネルギーと人類社会の関係をどう築いていけばいいのか。古舘氏にエネルギー問題の本質と未来について聞いた(聞き手は、サステナビリティ経営の近未来を描いた 『2030年のSX戦略 課題解決と利益を両立させる次世代サステナビリティ経営の要諦』 の著者である坂野俊哉氏と磯貝友紀氏)。
なぜ人類はエネルギーを大量消費するのか?
著書『エネルギーをめぐる旅』の執筆動機と問題意識を教えてください。
古舘恒介氏(以下、古舘):私はエネルギー業界に身を置く中で、なぜ人類はエネルギーを大量消費するのか、そもそもエネルギーとは何なのかについて考えることをライフワークとしてきました。
エネルギー問題は一筋縄ではいかない問題です。私たちの生活と密接に結びついた根の深い問題だからです。そこで、エネルギーというものの本質が理解できれば、私たちの生活や文明全般もまた理解できるようになるではないか、と考えました。エネルギーという切り口を使って、世の中のことを考えるというアプローチです。
著書の最終章である第4部では、エネルギー問題の処方箋について自分の考えをまとめていますが、あくまで1つの見方を示しただけであり、全員がそれに無条件で賛同してほしいとは思っていません。なぜなら、エネルギーの未来は人それぞれが自分事として考えるべきことだからです。そうでなければ具体的な行動に結びついていきません。
執筆の動機を一言で言えば、エネルギーについてみんなが考えるきっかけや、理解に役立つ科学的な基礎知識、そして俯瞰(ふかん)的に見る視点を提示したかったからです。
エネルギー問題は非常に複雑です。そのため、エネルギーに関する議論では、それぞれの立場の人間が自分の見たい視点から問題を捉えようとする傾向があります。それでは議論がかみ合いません。また、エネルギー問題を正しく理解するには、科学的知識として熱力学の第一法則と第二法則だけは知っておく必要があります。それがないと科学的で建設的な議論はできません。
著書では、エネルギー問題を深く理解するために、「エネルギー消費」を軸に、人類の歴史が語られています。人類が大きく発展するとき、エネルギー消費も大幅に増え、その2つが見事に符合していることに驚かされました。古舘さんは人類が飛躍的に発展する時期を「5つのエネルギー革命」として整理されていますね。
古舘:一般的にエネルギー革命というと、産業革命に始まる石炭の利用と、その後の石炭から石油への移行を指すことが多いのですが、そこは本質ではないと思います。事実、私たちの社会は今でも石炭を大量に使っています。
生活や文明が非線形で急激に動くときは、エネルギーの投入量が大きく変わります。そこで、「エネルギーの新たな獲得手段や利用手段の発明により、人類によるエネルギー消費量を飛躍的に増加させることになった事象」をエネルギー革命と定義しました。
際限なきエネルギー獲得の欲求は、人間の脳の本性
「5つのエネルギー革命」のそれぞれについて簡単に説明していただけますか。
古舘:最初のエネルギー革命は「火の獲得」です。私たちの祖先が火の利用を覚えたことによって、脳の肥大化が決定づけられました。人が他の動物と異なる最も大きな特徴は、体格に比較して大きな発達した脳を持っていることです。その特徴を「火の獲得」によって手にすることができたわけです。
火を操れるようになったことで、人は食べ物を加熱処理する、つまり「料理」が可能になりました。火で調理した食べ物は、生食の場合に比べて、消化・吸収にかかる時間が大幅に短縮され、胃腸の負担が劇的に軽減されます。私たちの祖先は、火を使って料理することで、消化器官が担っている仕事の一部を外製化し、その分のエネルギーを脳へ回したのです。さらに、熱はでんぷんやタンパク質を変質させ、栄養価を飛躍的に高めます。
私たち人類が誇る優秀な脳は、加熱という形で火の持つエネルギーを間接的に取り込むことにより、生食のままであった場合に比べて、はるかに大きくなっていきました。脳は大量のカロリーを消費する器官であり、本質的に「より賢くなりたい、そのためにより多くのエネルギーを得たい」と望む傾向があります。
際限のないエネルギー獲得への欲求は人間の脳が持つ本性であり、その脳がエネルギー多消費型の文明をつくり出してきたと言えます。
人工肥料の開発が人口爆発をもたらした
古舘:エネルギー革命の2つ目は、「農耕の開始」です。エネルギーの視点から見た農耕とは、人類による太陽エネルギーの占有です。土地を開墾し、田畑を整備して農作物を育てるという行為は、その地に自生する植物や動物を追い出し、その土地に注ぐ太陽エネルギーを独占することです。
農耕を始めたことで人類は計画的に余剰エネルギーを蓄えておくことができるようになり、人口が上昇軌道に乗りました。
3つ目は、「産業革命期における実用的な蒸気機関の発明」です。この発明の真の偉大さは「エネルギー変換」を実現した点にあります。それまでの動力機械であった風車や水車は、風や水の流れという自然が生み出す運動エネルギーによって動き、粉をひくことなどに使用されていました。
一方、蒸気機関は石炭を燃やして水を加熱し、発生した水蒸気が持つ熱エネルギーを使ってピストンを動かし、運動エネルギーを取り出します。つまり、「熱エネルギーから運動エネルギーへの変換」が行われている。これは、熱源となり得るものはすべて動力に変換できることを意味します。
石炭も石油も天然ガスも、そして原子力も、熱源という意味では違いはありません。蒸気機関の発明は燃料の選択肢を広げ、かつてない規模でのエネルギーの大量使用を実現する道を切り開くことになりました。
そして、4つ目の革命である「電気の利用」によって、エネルギーを簡単に移送し、自由自在にエネルギーを変換できるようになりました。蒸気機関では、熱エネルギーを取り出した場所で変換された運動エネルギーを使う必要がありましたが、電気の場合は、つくる場所と使う場所が離れていても送電線を通じて送れるので、「場の制約」から解放されます。
その上、運ばれてきた電気エネルギーは、モーターによって運動エネルギーに変換したり、テレビによって光エネルギーに変換したり、電気ポットでお湯を沸かす熱エネルギーに変換したりと自由自在です。電気の登場によって、さまざまな制約がなくなり、エネルギー消費量は飛躍的に増えました。
最後の5つ目の革命は「人工肥料の開発」です。20世紀に入って、肥料の3要素の1つである窒素を人工的に生産できる技術が開発されました。人工肥料とエネルギー革命は一見あまり関係のないように思えますが、人工肥料は、大量のエネルギーを投入して空気中から窒素を取り出し、固定化させることで製造します。
人工肥料が開発される前までは、自然界で窒素を固定化させる量には一定の限界があり、その上限が、人類を含む生物の総量を制限していました。それが自然界の暗黙の秩序でした。しかし、窒素肥料の大量生産が可能になったことで、穀物の収量が飛躍的に増える「緑の革命」を支え、これが人口の爆発的な増加をもたらしました。
20世紀初頭、16億人にすぎなかった世界人口は、20世紀末には60億人を突破し、国連の「世界人口推計2022年版」によると、2022年11月には80億人に達する見込みです。もし、人工肥料が開発されていなかったら、人口は16億人からあまり増えなかったと考えられます。人工肥料の開発技術は、自然界のくびきから人類を解き放ちました。
今日に至るまで私たちは、これら5つのエネルギー革命を経て、エネルギーを自由気ままに大量消費できる社会を実現し、自然界の束縛から自由になっていきました。しかし、裏を返せば、現在の資本主義社会は、大量のエネルギー供給が少し細るだけで社会が揺らぐ、ある意味脆弱な世界であることを知っておかなくてはなりません。ロシアのウクライナ侵攻により、欧州への天然ガス供給が細り、危機的な状況に陥ったのは、その典型例と言えるでしょう。
世界最古の物語からの警告
脱炭素に向けてさまざま次世代技術の開発が進んでいます。第6次エネルギー革命の可能性も含めて、テクノロジーの進化がもたらす可能性をどう捉えていますか。
古舘:今後、全エネルギーに占める再生可能エネルギーの比率は高まっていくと考えられますが、太陽光発電には大規模な用地と大量の資材を必要とし、土地の占有と将来的な廃棄物の増加という問題があります。火力には温暖化ガス排出の問題があり、原子力は安全性や高レベル放射性廃棄物の問題をクリアしなくてはなりません。
水素(グリーン水素)は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを使って発電し、その電力を利用してつくることができますが、水素をつくるためにエネルギーの投入が必要になるため効率が悪くなります。
いずれも一長一短があるため、再生可能エネルギーを中心としつつも、複数のエネルギー源を特性に応じて使い分け、まさにエネルギーミックスで乗り切るほかありません。その上でこの先重要なのは、限りあるエネルギーを今まで以上に大切に使うという私たち一人ひとりの意識であり、問われているのは私たちの覚悟だと思います。
エネルギー問題の解決につながるテクノロジーとして、この先ゲームチェンジャーとなり得るのは、核融合反応による原子力エネルギー技術の実用化です。ただ、技術的に乗り越えなければならない壁が厚く、今世紀末までに普及が進めば御の字だと思います。気候変動問題は待ったなしの状況ですから、それまでの間は既存の技術でどう乗り切るかを考えなくてはなりません。
際限のないエネルギー獲得を欲する私たちの脳、我々に内在するエネルギー消費を増大させる本性を、うまくコントロールしなければならないということですね。
古舘:そこが非常に重要なポイントです。脳をあまり自由に解放せず、理性でどうコントロールするかです。世界最古の物語として有名な「ギルガメシュ叙事詩」(紀元前1300~1200年ごろ)に、森の守り神フンババを打ち倒して、森林伐採を進めたギルガメシュ王の話があります。金属製の斧(おの)を携え、最高品質のレバノン杉を切り倒していく王は、文明社会の象徴です。しかし、森の乱伐は神の逆鱗(げきりん)に触れ、人々はその後、7年にわたって飢饉(ききん)に苦しんだという話です。
この物語を書いた人たちは、文明社会がいったん森に分け入れば、森は破壊され続け、その結果、洪水の頻発や土地の砂漠化などのしっぺ返しを受けることを経験から知っていたのだと思います。人類は木を切り続ければ何が起きるかを知っていながら、森林伐採の誘惑を止めることができませんでした。そうして豊かな土地を失っていったのです。
これは化石燃料を大量に消費し、地球温暖化を止められない現代とまったく同じ構図だと思います。気候変動に関してはいまだに懐疑派の人たちがいますが、化石燃料は遅かれ早かれ必ず枯渇する運命にあるので、気候変動を深刻と捉えるかどうかにかかわらずどのみち化石燃料に頼らないエネルギー消費のあり方を考えていく必要があります。だとしたら、温暖化についての危機感が高まっている今こそ、エネルギー資源枯渇の問題に対して対策を考え、行動する絶好の機会ではないでしょうか。
本書は、2030年ごろまでのおよそ10年の間に、企業とサステナビリティに関して何が起きるのか、「未来の見方」を示した上で業界別に予測し、企業がどこに向かうべきかの具体的指針を示します。「投資判断の考え方」を示す「SXの方程式」や、起こり得る複数の近未来を提示する「シナリオ・プランニング」を使って、これからの10年間を一足先に体感してもらうという野心的な試みをしています(SXは「サステナビリティ・トランスフォーメーション」の略語)。環境・社会課題を解決しながら企業価値を高めていくにはどうしたらよいか、本書でお伝えします。