禅の教えに学ぶ日本発のマーケティング書、『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)。マーケティングと禅にはどんな関係があるのか。著者である鎌倉マインドフルネス・ラボ代表取締役の宍戸幹央さんとクマベイス代表取締役CEOの田中森士さんがゲスト出演した「日経の本ラジオ」の収録をもとにまとめた。今回は1回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
企業研修の講師と受講生として出会う
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) お二人はどういう出会いから、この『マーケティングZEN』という書籍を書くことになったんでしょうか。
宍戸幹央(以下、宍戸) 出会いは約10年前で、実際に本を書こうという話になったのは4、5年前からです。私が企業向けにリーダーシップ研修をしていて、田中さんが受講生として参加していたのが始まりです。
田中森士(以下、田中) 当時、私は産経新聞で記者をしていて、会社の3年目研修に来ていた講師が宍戸さんでした。
尾上 これは一般的な企業内研修で、マインドフルネスや禅といったテーマではなかったんですよね。
宍戸 もちろん違います。入社3年目の若手が受けるリーダーシップ研修で、「より主体的に、自分から動き出そう」というテーマでした。鎌倉マインドフルネス・ラボを立ち上げる前で、会社に所属しながらの研修でした。いろいろな余談に興味を持ってくださったのか、田中さんのほうから声をかけてくれたんです。
田中 禅やマインドフルネスに触れられていて、「この人、すごいな」と思いました。オーラがあり、どんな人なのかもう少し知りたいと、「一緒にお弁当を食べませんか」と、お声がけしたんです。他の同期にも「一緒に食べようよ」と言ったんですけど、みんな「いや、僕はいい」と、クモの子を散らすようにどこかに行っちゃって。何ともったいないと、結果的に私が独り占めできました。
話をしたら、宍戸さんは愛媛県の新居浜、奥様が熊本の出身でした。私は熊本市生まれで、当時は産経新聞の愛媛県松山支局にいました。新居浜によく行っていたり、音楽もクラブミュージックが好きだったり…と共通項があって、そこから連絡を取り合うようになりました。
尾上 記者時代はマーケティング、禅、マインドフルネスというところにどっぷり漬かられていたわけではないですよね。
田中 どっぷりではなかったですが、座禅や瞑想(めいそう)は20代前半から実践していました。マーケティングのほうは、熊本大学大学院で、消費者行動の研究をしていました。修士論文も消費者行動について書いたので、今のマーケティングの仕事と似たようなことをしていました。
尾上 そんなお二方が出会って、この『 マーケティングZEN 』という本を書くことになった経緯は?
宍戸 田中さんが独立してクマベイスを立ち上げ、マーケティングコンサルタントとしてやっていこうと思われていたこともあると思います。
行き過ぎた資本主義の帰結
田中 マーケティングの仕事をしていくなかで、「行き過ぎた資本主義」を目の当たりにしました。「最後の楽園」といわれるタイのリペ島に行ったとき、海はすごく美しくて、すてきな旅だったのですが、ビーチに大量のゴミの山がありました。そのゴミはリゾートホテルからのもので、「これって人間や地球にとっていいことなのかな」と思いました。彼らがマーケティングをして、集客をし、事業を行った結果がこれなのか、と。
もともと私には、「マーケティングによって、人間や地球は不幸になっているのでは?」という疑問がずっとあり、「本来、マーケティングというのは、人間を幸せにするためにあるはず」という考えに至りました。そして、宍戸さんと「新しいマーケティングやビジネスの枠組みを提示したい」と、議論を始めたのが約5年前でした。
尾上 宍戸さんも「行き過ぎた資本主義」に疑問を持っていたのですか。
宍戸 学生時代から違和感を覚えていましたね。私は体が弱くて、治療をするなかで、西洋医学だけではなく、東洋医学に多く触れ、禅的な文化にも触れていきました。物事を全体で捉えようとする東洋思想の深さを見ていくと、今の西欧科学一辺倒、経済一辺倒の世界に物足りなさを覚えました。「問題の本質は何なのか。これからの経済、企業、教育のあり方には何が必要になってくるのか」ということを、個人的に探求していました。
その流れで企業研修に関わったり、企業活動の実態に触れたりするなかで、東日本大震災が起きました。「震災を機に、私たちは変わっていかなきゃいけないんじゃないか」と、個人的にサインのようなものを感じ、翌年から鎌倉を拠点に活動を始めました。
実は、海外の企業も東洋的な考え方を組織づくりや教育に生かしている部分があります。それならば、禅やマインドフルネスが、日本企業の活動のなかでも重要になるのではと考え、「Zen2.0」というコンセプトを掲げました。2017年からは毎年、禅やマインドフルネスに関心を抱く企業人、禅僧や宗教関係者が集う、禅とマインドフルネスの国際フォーラムを鎌倉の建長寺で催しています。
アジア・マーケティング連盟と日本マーケティング協会が中心となっている「ワールドマーケティングフォーラム」という取り組みがあります。日本マーケティング協会理事の方から、「禅寺の建長寺でワールドマーケティングフォーラムをできないか」と相談を受け、マーケティングの世界でも禅やマインドフルネスが求められることを知りました。それで田中さんと議論をしながら、禅×マーケティングの企画につなげていきました。
尾上 そのようにしてマーケティングと禅がつながって、本書になったんですね。
宍戸 はい。マーケティング業界全体が禅の考え方に近づいている感じがしますね。マーケティングが禅にヒントを探し出そうとしているというか。
「マーケティングZEN」を一言で言うと?
尾上 とは言っても、『マーケティングZEN』と聞いて、どうもピンとこないですね。一言で言い表せますか。
田中 本書のコアメッセージは、「余分なものを手放し、本質を見つめよう」です。これだけテクノロジーが発達した結果、誰でも何でも、簡単にできるようになりました。例えば、起業をする環境が整ってきて、今は誰でもすぐビジネスを始められます。でも、その結果、起業自体が目的化している例が見られるようになりました。本来、ビジネスというのはそれ自体が目的ではなく、まず目的、パーパスがあって、それを感じながら始めるべきだと思います。
にもかかわらず、「お金をもうけた人が偉い」「大きい会社をつくった人が偉い」という価値基準ばかりになってしまっています。数字や規模は結果にすぎません。手段・目的・プロセスと、パーパスが入れ替わってしまっている気がします。
宍戸 世界全体を見ても、格差や環境汚染、精神的に病む人が増えていることなど、今の経済システムがもたらしている弊害や課題は山積みで、大きな軌道修正が求められています。企業のあり方や方向性を変えていくために、マーケティングの側から何か発信ができるのではないかと思いました。
尾上 マーケティングと禅を一緒に考えていくことで、マーケティング業界、社会全体、世界全体、それから人々も変わることができる、変わっていかなくちゃならないということですね。
1回目は『マーケティングZEN』の執筆に至るまでのお話でした。次回以降は「マーケティングZENとは何か」について教えてください。本書のタイトルの「ZEN」は、漢字の「禅」ではなく「ZEN」です。その辺りのことについても詳しく伺います。
文/三浦香代子 聞き手/尾上真也 写真/小野さやか 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部)
■開催日時:2023年5月25日(木)19:00~21:00
■参加費:会場参加 2200円/会場参加+書籍付き 4070円(いずれも税込み)
■会場:透明書店 東京都台東区寿3-13-14 1F
※ 詳細はこちら
「マーケティングZEN」とは、これまでのビジネスのあり方を見直し、無駄をそぎ落とし、持続可能な環境・関係を意識した、見返りを求めない利他的なマーケティング手法。自社と他者との境界線を消していくことで、本来の顧客主義に戻り、企業活動に循環と持続性をもたらす。
宍戸幹央、田中森士著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)




