禅の教えに学ぶ日本発のマーケティング書、『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)。なぜ「禅」でなく「ZEN」をタイトルにしたのか? マーケティングZENのゴールはどこか? 著者である鎌倉マインドフルネス・ラボ代表取締役の宍戸幹央さんとクマベイス代表取締役CEOの田中森士さんのインタビュー2回目。聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也。
第1回 「マーケティングの世界は、『禅』に答えを求めている」
なぜ「禅」ではなく「ZEN」なのか
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回はまず、本書のタイトル『 マーケティングZEN 』の「ZEN」について教えてください。
田中森士(以下、田中) 私のマーケティングの定義は、「誰にどうやって売るかを考える」です。誰に売るのかをイメージし、その人がどうやってお客さんになるのかという旅路、道筋を設計していくこと、です。
一方の「ZEN」。「禅」ではなく「ZEN」です。欧米からすると「ZEN」に抱くイメージは「簡素」「単純」「無心」。ZENは、漢字の「禅」の一部分かもしれません。こういった要素をイメージしながら執筆を進めました。
尾上 漢字の「禅」となると、もっと奥深い印象ですね。
宍戸幹央(以下、宍戸) 古くからの禅文化には出来上がった世界観やイメージがあります。しかし、禅の教えにとどまらず、世界中に広がり、新しい形が見えてきた「ZEN」も融合しながら発信できればと思い、今回あえて「ZEN」という表現にしました。
尾上 「ZEN」とマーケティングは、どう結び付くんですか。
田中 マーケティング戦略とは羅針盤のようなものです。さまざまなマーケティング施策がありますが、企業はそのすべてをやる時間もお金もないはずです。まずはターゲットをきちんと定め、その人にどうやってコンテンツや情報を届けていくかを設計すること。これは、余分なものを手放し、本質を見つめるという、禅的な考え方と共通します。
宍戸 私はマーケティングの専門家ではなく、教育や企業組織、経営面に関するコンサルティングをしています。マーケティングの上段にある、「経済」の由来は経世済民にあり、人々が豊かに、幸せになっていくことを目指すものです。一方、ZENには個人が悟りの境地を開くという仏教的な側面とともに、私たちが本質的なあり方を求め、幸福を追求するという部分があり、経世済民とも重なります。
自分と他者との境界線が薄くなる
尾上 本書の「マーケティングZENの枠組みで羽ばたく企業」の項では、スティーブ・ジョブズ、カレーハウスCoCo壱番屋にも触れられていますね。
宍戸 そうですね。スティーブ・ジョブズは高校生の時、日本の禅宗に出会ったことがアップルの創業につながっていき、そして禅の世界に大きく助けられた。ジョブズはよく日本にも参禅しに来ていたというエピソードが有名ですが、彼だけではなく、世界のたくさんの経営者が禅やマインドフルネスに救いや可能性を見いだしています。
尾上 マインドフルネスの考え方はグーグルも採用していますね。
宍戸 グーグルの存在は大きいですね。これからビッグデータやAIの活用はますます広がっていくことでしょう。人間がそれらを上手に使えるようになるためには、機械が持っていない人間性を高めていかなければなりません。データや言葉では表せないものを大事にしている禅の世界観に触れ、機械と人間性のバランスを取りながら双方を生かし合うことを、マーケティングの世界でもできたらいいなと思います。
田中 座禅を実践している経営者は非常に多いし、増えています。私も毎朝、瞑想(めいそう)していますが、いろいろな気づきが得られます。本書では「非分離」という言葉を多用していますが、瞑想をしていると、自分と他者の境界線が薄くなっていくような気がします。そうすると、全体の利益のために、パーパスを感じながら意思決定をする、それが結果的に個人の幸せにつながるということを、体感、理解できるようになってきます。
持続可能なビジネスにつながるヒントはここにあります。「誰かのために何かをしよう」という時点で、それは利他的ではなく、利己的だという考え方もあります。しかし、そうではありません。パーパスに基づいて事業を行って、個人や全体の幸せをもたらすことがビジネスの本質であり、それは持続可能な世の中の実現につながっていく。そういったことに、多くの経営者は気づき始めています。
宍戸 本書では利他性について触れていますが、「誰かのため」という自分の外側に向けた行動というのは、実は内側から自然に湧き上がってくるものです。外側と内側がつながってくるというところがすごく大事です。
尾上 本書では「マーケティングZEN」導入のステップとして、「己を見つめる」「手放してビジネスモデルをスリムにする」「ビジネスの適切なサイズを探す」「マーケティング施策を絞る」「顧客との関係性を整える」という5つのステップを解説していますが、今、お二人がおっしゃった部分は、己を見つめ、自分の務めやパーパスを考えていくという最初のプロセスですね。
見せかけの自分らしさに惑わされない
宍戸 企業経営や組織づくりでもパーパス経営、パーパスマネジメントが注目されています。内側の声をしっかり聞くことは大切です。でも、実は自分の声を聞いているようでいて、過去にインプットされた情報によって出来上がった、「見せかけの自分らしさ」に引きずられるケースも多くあります。
私たちは、「こうすべきだ」「こういうのが幸せなんだ」「これが正解だ」という、情報洪水のなかで生きています。こうした外部の情報によってつくられた自分らしさや正しさではなく、真に自分の内側から湧き上がってくるものにしっかりアクセスする。そうすることがこれからのデータ化社会、AI時代に大事になってくると思います。
たぶん、海外のいくつかの企業はそのことに気づいています。本書にも書きましたが、グーグルはまさしく外側にある「情報検索の会社」ですが、一方で、外側の情報を遮断し、内側の声を聞こうと、「サーチ・インサイド・ユアセルフ」というマインドフルネスの研修をやっています。
尾上 利他性の話が出ましたが、1990年代半ば以降に生まれたZ世代も「社会課題の解決に貢献したい」と考えている人が多いようですね。
田中 「単に消費するのではなく、意味のある消費をしたい」と考えている若者が増えています。そういった若者を振り向かせるためには、「売ってなんぼ」というマーケティングアプローチは難しくなります。
理想はパーパスに共有、共感してもらうことです。本書でも少し紹介していますが、マーケティング戦略に「カスタマージャーニーマップ」があります。カスタマージャーニーマップはどのように顧客を育てていくかというマップです。
でも、私自身は「顧客を育てる」という表現は嫌いなんです。どういうことかというと、通常、マーケティング戦略のゴールは商品やサービスの購入となっています。そのゴールを、「パーパスへの共感」と置き換えたとき、マーケティングZENは加速します。
パーパスに共感してもらったら、その人たちはもう、ブランドや企業の一員です。さらに、そのコミュニティーをもっと広げようと、いろいろな人を巻き込もうとしてくれます。これがうまくいけば、広告もいらなくなるでしょう。
尾上 面白い話になってきました。次回はそのマーケティングZENが必要な理由、さらにいろいろな話を伺いたいと思います。
文/三浦香代子 聞き手/尾上真也 写真/小野さやか 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部)
■開催日時:2023年5月25日(木)19:00~21:00
■参加費:会場参加 2200円/会場参加+書籍付き 4070円(いずれも税込み)
■会場:透明書店 東京都台東区寿3-13-14 1F
※ 詳細はこちら
「マーケティングZEN」とは、これまでのビジネスのあり方を見直し、無駄をそぎ落とし、持続可能な環境・関係を意識した、見返りを求めない利他的なマーケティング手法。自社と他者との境界線を消していくことで、本来の顧客主義に戻り、企業活動に循環と持続性をもたらす。
宍戸幹央、田中森士著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)




