4人に1人が生涯無子――。なぜ日本は「無子化・少子化」のトップランナーとなったのか? とりこぼされがちな個々人の視点を中心に、子供を「持つこと」と「持たないこと」の間にあるものを追う。そこにあるのは深い溝か。それとも共通点か。それぞれの葛藤と連帯をデータや文献から見つめる。日経プレミアシリーズ『#生涯子供なし なぜ日本は世界一、子供を持たない人が多いのか』(福山絵里子著)から抜粋・再構成してお届けする。
実は共通する課題
子供を1人も持たない人を0、子供を1人持つ人を1、子供を2人持つ人を2……と表現していくと、0が増えている。
少子化問題から見ると、0と1の間にはさほど違いはない。0は1に、1は2に、2は3に、ともっともっと産んでほしいという、連続の中の1つにすぎない。
一方で個人から見ると、0と1の間には、時に深い溝が存在する。その1つは高齢期の問題、1つは心の問題になるように思う。
日本では家族がいないと老後も安心して暮らせない、子供を持たないと時に肩身が狭い気持ちになる。これらの問題は解決していく必要がある。人々を不本意に0の道へと押し流していく社会構造があるなら、それも改善していかなければならない。
一方で、0と1の間の溝というのは、実は存在しないのかもしれないとも思う。
人の寿命は長くなり、住む場所もライフスタイルも多様になった。
自身の高齢期に子供がどこにいて、自分とどのような関係にあるかは誰にも分からない。ある子供を持たない50代の女性は、取材に対し「自分たちの老後不安は、実はこれから誰もが抱えうるものなのではないか」と話してくれた。0が直面する問題は、1、2、3……と続いていく人々に実は共通する問題なのだろう。
0と1の分岐点は誰にでも明確に表示されているわけではない。本当にちょっとしたことで、人生というのは変わる。ある日、つまらないことで恋人とけんかをして別れてしまったというようなことでもだ。
月並みな結論だが、大切なのは個人がどのような生き方をしても安心して暮らせる社会にすることだ。国の立場で考えると、「安心」な社会でも子供を持たない人は増えるかもしれないという懸念は残る。だが、「安心」でない社会では子供は増えていかない。
多数派ではない存在であること
子供を持たない人と、現在子供を育てている人には一致点もある。どちらも社会の中で多数派に属することはないということだ。
子供を持たない人が、現在の予測で最大限増えたとしても5割を超える可能性は少ない。同じ世代の中ではいつでも多数側にはならないのである。それゆえ、これまで述べてきたような偏見にさらされてしまうことがある。
一方で、子供を育てる人たちもある面からすると少数派である。厚生労働省が2023年に発表した国民生活基礎調査では、18歳未満の児童を育てる「子育て世帯」は、991万世帯で、1986年の調査開始以来、初めて1000万を割り込んだ。「子育て世帯」が全世帯に占める割合は18.3%で2割に満たない。
社会の多くは、「かつて子供を持った世帯」が占める。核家族で共働きしながら子育てをするといった現代の「子育て世帯」に社会が必ずしも十分な理解があるわけではない。子供を持ったことが「ある」、子供を十分にケアした経験が「ある」というマジョリティーは、子供を持ったことが「ない」、十分なケアの時間が「ない」といったマイノリティーを時に無意識にも否定する。
「ない」側に、別の人生の楽しみや、新しい家族の形が「ある」場合でも、既存の「ある」側の人たちは、得てしてそれに気がつきにくい。気がついてもらわなくてもよいとも言えるが、人間は社会的な生き物でもあり、否定されれば傷つくこともある。そして社会の制度は変わらないまま、諸問題は個人の責任に転嫁される。
大事なことは、多数派ではない同士が不信感を抱くような社会環境をつくらないことだ。例えば、子育て世帯の仕事を、子供を持たない人が無償で負担するといった状況はなくすべきだ。生産性を上げ、全員の仕事量を減らそうとする視点をまず持つ必要がある。
子供を持つ人にも葛藤、世界で
子供を持たないという新しい生き方について、まだ当事者も含めて社会は模索を続けている。
世界では「child free」を掲げる人もいれば、「childless not by choice」と掲げる人々もいる。英国人女性が中心となり2017年から始めた「world childless week」も毎年9月に開催されている。オンラインでの集いなどが同時期に世界100カ国以上で行われているという。
子供を持つ人の中にも葛藤がある。イスラエルの社会学者オルナ・ドーナト氏が著した『 母親になって後悔してる 』(鹿田昌美訳/新潮社)がベストセラーになるなど、様々な国で女性が中心となり、子供を持たない生き方や社会のあり方について発信し、考えている。
日本に存在した「独身婦人連盟」
日本では古くは1969年に「独身婦人連盟(通称どくふれん)」という集まりが発足している。立ち上げたのは大久保さわ子氏という女性だ。大久保氏は1926年生まれで、小学校の先生や労働基準監督官、神奈川県議などを務めた。
大久保氏の著書『攻めの人生を生きる』(教育史料出版会)ではこう伝えている。
役所・会社を通じて(中略)とくに強く感じたのは、ハイ・ミスたちの「冷遇」ぶりだった。会社からはいつも白い眼で見られ、職場の男性からはいびられ、若い女性たちからは「いじわるおばさん」扱いされる。
「ハイ・ミス」は、結婚しない独身女性を侮蔑する差別表現だが、当時は普通に用いられていた。
そして大久保氏は、終戦後に適齢期の男性が女性より少ないことに着目している。
終戦後、15~25歳の結婚適齢期にあり、現在35~45歳の中年期にある独身女性たちである。彼女たちは、戦争のために配偶者となるべき多数の男性を失っている。国勢調査(1965年)によれば、35~49歳(終戦時15~29歳)の女性と、40~54歳(終戦時20~34歳)の男性とを比べると、255万人も男性の方が少ない。
そうした背景の中で独身の女性たちが孤独と不満を抱えているとして、「どくふれん」を立ち上げた。
そして彼女たちの声を聞き取りながら社会的課題を挙げているが、老後のこと、低年金、住宅問題と今と大きくは変わっていないことに驚かされる。ずっと昔からあった問題を、日本は放置してきたまま現在に至っているということだ。
現代の日本で広がる子供がいない人の集い
現在も子供を持たない人の集いの場がある。くどうみやこ氏は、子供がいない女性たちの生き方を応援する「マダネプロジェクト」を主宰している。
自身が子供を持たないと分かったときにその先のロールモデルが見えなかったため、始めたプロジェクトだ。
マダネでは、会への参加要件は「子供がいない」ということだけで、その理由や年代を問わず様々な人が参加している。くどう氏は近年、不妊治療クリニックなどで、子供を持つ支援だけでなく、持てなかったことへの支援も必要なことを伝える講演活動もしている。
一般社団法人WINKは、キャリアコンサルタントの朝生容子氏らが中心になり、子供がいない人たちの交流や勉強会を開いている。
朝生氏は、かつて「ダイバーシティ」を掲げるシンポジウムに参加したところ、その内容のほぼすべてが「ワーママ(働く母親)」についてだったのを見て、「まるで子供がいない自分は社会に存在しないかのような、透明になったような気持ちになった」という。
2014年にSNS(交流サイト)でグループを作り、その後、一般社団法人になった。ファイナンシャルプランナーや行政書士などの資格を持っている人たちと共に、老後をいかに生きるかを考え、学びつつ支え合える仲間づくりをしている。男性の参加者もいる。
こうした会が存在するというのは、今の日本には0と1の間に何かしらの溝があるということの証左でもあるだろう。
人々がつながり、共鳴し、考え、発信していく動きが広がっていくとよいと思う。
『 #生涯子供なし なぜ日本は世界一、子供を持たない人が多いのか 』
福山絵里子著/日本経済新聞出版/990円(税込み)

