4人に1人が生涯無子――。なぜ日本は「無子化・少子化」のトップランナーとなったのか? とりこぼされがちな個々人の視点を中心に据え、「人口の維持」が「一人ひとりの生き方」に先んじることの是非を問い直す。少子化対策の出発点はどこにあるべきなのか? 日経プレミアシリーズ『#生涯子供なし なぜ日本は世界一、子供を持たない人が多いのか』(福山絵里子著)から抜粋・再構成してお届けする。

弱者ほど取り残される可能性

 日本の少子化問題に対して、個々人が海外に脱出すればよいという意見もあるかもしれない。

 子供のころからグローバルな教育を受けたり、すし職人など手に職を持ったりする人たちの中には日本を出て活躍する人も少なくない。実際に海外に永住する日本人は増えている。外務省の海外在留邦人数調査統計によると、2023年時点で永住者は過去最高の約57万人になった。

 しかし、皆がそのように生きられるわけではないだろう。

 そうした懸念はもっともであり、「少子化は問題ない」というのは難しい。人口減少の変化をできる限り緩やかなものにしていかなければ、基本的な生活が脅かされる人が増えることになり、多くの場合それも弱者から苦しい状況に陥るだろう。

 ただ、それでもやはり「人口の維持」が「一人ひとりの国民の生き方」に先んじてはいけないというのが歴史の教えるところではないだろうか。直接的な出産奨励策が必ずしも効果を上げないという現実も見据えたい。

消えた「希望出生率」

 世の中の空気が少し変わってきたように筆者が感じたのは、第2次安倍晋三政権が「女性活躍」を推進した2010年代半ばからだ。

 「すべての女性が輝く社会づくり」が掲げられ、働き方の見直しなどが進み、女性も子育てしながら働きやすい環境が整ってきた。

 だが、その一方で「仕事だけ」「子育てだけ」という生き方に対しての寛容さが社会から少しずつ薄れていったようにも思う。

 配慮もあった。

 政府は2015年に「希望出生率1.8」をかなえることを政策の目標に掲げた。「希望出生率」とは、結婚したい、子供を持ちたいと願うすべての人の希望がかなったときに実現する出生率を当時の統計データを基に算出したものだ。これは、人口の維持が前面に出ないようにかなり配慮したと思われる表現だった。

 その後、菅義偉政権を経て、2021年に岸田文雄政権が発足。岸田首相は、2023年1月の年頭記者会見で「異次元の少子化対策に挑戦する」と突如ぶち上げた。

 そして2023年12月に「こども未来戦略」をまとめている。そこでは、希望出生率という表現は消え、人口減少への危機感が前面に出た内容になっている。

 以下引用する。

▼急速な少子化・人口減少に歯止めをかけなければ、我が国の経済・社会システムを維持することは難しく、世界第3位の経済大国という、我が国の立ち位置にも大きな影響を及ぼす。人口減少が続けば、労働生産性が上昇しても、国全体の経済規模の拡大は難しくなるからである。今後、インド、インドネシア、ブラジルといった国の経済発展が続き、これらの国に追い抜かれ続ければ、我が国は国際社会における存在感を失うおそれがある。

  (中略)

▼繰り返しになるが、我が国にとって2030年までがラストチャンスである。全ての世代の国民一人ひとりの理解と協力を得ながら、次元の異なる少子化対策を推進する。これにより、若い世代が希望どおり結婚し、希望する誰もがこどもを持ち、安心して子育てができる社会、こどもたちがいかなる環境、家庭状況にあっても、分け隔てなく大切にされ、育まれ、笑顔で暮らせる社会の実現を図る。


少子化の解消は、目的か結果か

 子供を持たない人には、積極的に持たない人もいれば、望んでいても持てない人もいる。

 背景にある一つひとつの社会課題を解決して、結果的に少子化が解消するのであればいいが、少子化を解決するためにそれぞれの課題を解決するというのはやはり順序が逆ではないだろうか。

 特に、子供を持ちたくても持てない、子供を持つと社会的に罰を受けるような社会構造を長年放置してきた為政者が「人口減少は問題だ」と言っても、聞く耳を持つ人は少ないだろう。

 例えば、保育園に入りたくても入れない待機児童問題では、すでに1964年の厚生省(当時)の調査で36万人分が不足していると判明している。

 その後、何度も問題になりながら60年たった今も完全には解決していない。

 産後間もない体で1歳に満たない赤ん坊を抱え、保育園に入園できるか不安を持ちながらいくつもの園を母親たちが見学に回り、祈るような気持ちで結果通知を待つという風景がつい数年前までは普通だった。

 近年、保育園に入りやすくなったのは、少子化が進みすぎたためでもある。入りやすくなったといっても、地域によっては年度途中で認可保育園に入るのはなお困難だ。

一人ひとりの背後にある課題の解決、そして幸せに主眼を置く社会であってほしい(写真:Wisiel/stock.adobe.com)
一人ひとりの背後にある課題の解決、そして幸せに主眼を置く社会であってほしい(写真:Wisiel/stock.adobe.com)
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 2023年12月には東京都世田谷区の認可外保育園で生後4カ月の男児が死亡する事故が起きた。

 男児の両親は「認可保育所への入所がかなわず、私たちが仕事を継続するには他に選択肢がなかった。誰もが安全な保育を受けられることを行政に強く望む」と記者会見で話している。生まれた子供を安全に育てる環境が日本ではまだ十分に確保されていない現実を突きつけた。

 国民側にとっては、国を存続させるための少子化対策で子育て支援が充実するならばいいのではないかという見方もあるだろう。

 確かに現状としてはその通りである。子育て支援の充実は個人の幸福にとってとても重要であり、さらに力を入れていく必要がある。

 だが、もし何か局面が変わって、人口増加は国にとってよくない、という時代が来たらどうだろうか。

 「日本の大きな課題として少子高齢化が挙げられますが、子供の数が多くなると、道具のようにしてしか社会に必要とされなくなってしまうのではないかと心配です」

 2023年4月、小倉將信こども政策担当大臣(当時)が、全国の「こども記者」を対象に記者会見を開いたところ、中学生からこのような質問が出た。

 国家は時に個人に向かって権力というオノを振り下ろす。どのようなときでも、出発点は個人の幸せにあるのだと、心の中に留めておきたい。

なぜ日本は「無子化・少子化」のトップランナーとなったのか? とりこぼされがちな個々人の視点を中心に据え、データや取材をもとに独自に考察。従来の議論とは一線を画した「裏・少子化論」を展開する。

福山絵里子著/日本経済新聞出版/990円(税込み)