今回の「探訪! ひとり出版社」は、三輪舎の中岡祐介さんが登場。中岡さんは、横浜の妙蓮寺にある石堂書店と本屋・生活綴方の経営に参画しながら、ひとりで三輪舎を運営しています。「三輪舎編」1回目は、町のインフラとは異なる役割を担う本屋構想から、三輪舎とは別に生活綴方出版部を立ち上げた理由など、出版と書店の2つの視点を往復しながら話を伺いました。
本をつくる本屋、生活綴方ができるまで
中岡さんはひとり出版社「三輪舎」を運営しながら、石堂書店と本屋・生活綴方の運営に参画しています。書店の運営を手掛けることになった理由を教えてください。
石堂書店の経営不振をきっかけに、2019年7月に石堂書店と妙蓮寺(横浜・港北区)の不動産店・建築会社の住まいの松栄、三輪舎の3社で「まちの本屋リノベーションプロジェクト」を立ち上げました。松栄は建築の観点から空間づくりに知恵を絞ってくれて、石堂書店の2階に「まちのしごとば 本屋の二階」というコワーキングスペースをつくりました。また、向かいにある使われていなかった旧・児童書専門別館に最小限の改修をして、事業で活用できる場を整えてくれました。当初はここにコミュニティスペースをつくる案が出ていましたが、僕は、本屋の再建を掲げる以上は、持続的に収益を生む仕組みが必要だと考えました。コミュニティスペースでは収益が出ないし、そもそも場を開けば自然とコミュニティが生まれるわけでもないと考えているからです。

東横線沿線や横浜市内を見渡すと、石堂書店のように取次を使う書店やチェーン店はすでにありますし、町を支える大切なインフラにもなっています。だけど、入ってみないと何があるか分からない、思いがけない本に出会えるような発見の場になっている書店は、そんなにないと感じていました。これからの本屋は、インフラの役割とは別に、「面白い」とか「発見がある」と感じられることも必要なんじゃないかと思っていて、2020年2月、石堂書店の向かいに「本屋・生活綴方」をオープンしました。
本屋と出版社を、両方の視点から運営されているんですね。
もともと僕は、本屋として出版をやっている感覚があります。新卒で入った会社で、初年度に書店で働いていたことも影響していると思います。本屋・生活綴方を立ち上げるときに考えていたのは、ただお客さんと書店員の関係で本を売り買いするだけの場所にはしたくない、ということでした。お客さんと書店員の関係はもちろん大切ですが、妙蓮寺にはすでに石堂書店という、町に溶け込んだ本屋があります。石堂書店は、通院の前にパズル本の「数独」を買うのに立ち寄るといったように、生活動線の中に自然とある本屋なんですね。
であれば、本屋・生活綴方は別の役割を担えないかと考えました。僕は「生産」と呼んでいるのですが、消費の場だけでなく、表現を生み出す「生産」の場所にしたかったんです。本をつくる本屋であろうと思った。文章を書く人や何かを表現しようとする人が集まる場所にするために、最初からリソグラフ(理想科学工業が開発したデジタル孔版印刷機)や丁合機を導入して、僕は三輪舎の編集者として本屋を始めました。
たくさんの人が来てくれる本屋になるためには、「あそこには面白い人たちがいる」と感じてもらうことが大切だと思っています。そうすれば、人が人を呼ぶ場になっていく。ですから、書き手や小さな本をつくろうとする人たちと一緒にイベントを始めたんです。僕は「書店員の経験があります」と名乗れるほどではないけれど、自分の持ち味をどう出すか考えた結果が、本屋・生活綴方というかたちでした。

“100人店番制”ができること
本屋・生活綴方のユニークな点のひとつが、約100人が関わる店番制です。人が人を呼ぶ場になっています。
オープン当初は、僕から声をかけて知人2人に店番をお願いしました。店番をしながら、この場所を自由に使ってほしいと伝えたんです。音楽をやっているなら演奏をしてもいいし、詩人なら朗読をしてもいい。僕自身も店に立ちながら、三輪舎の本のゲラを読んでいました。ある日、お客さんが「毎回違う人が店番ですよね。私にもできますか?」と声をかけてくれたんです。当時は僕も含めてボランティアだったのですが、月に数回店番をするかたちで参加してもらうことになりました。そこから続々と人が増えていったんです。実はそのなかの一人が今、石堂書店と本屋・生活綴方の店長を務めている鈴木雅代さんです。

100人店番という仕組みは、どんな関係性を目指しているのでしょうか?
店番は、単なる協力者ではありません。「手伝ってあげている」というスタンスでいると対等な関係になれないし、この場所がただの居場所になってしまう。それは違うと思っています。もちろん、関わりたいと思ってくれるのはありがたいのですが、ここは表現をする場です。僕は編集者として、その表現を少し後押ししたりする。原稿に目を通したり、本にするためのアドバイスをしたり、リソグラフの使い方を伝えたりしています。

ここでは、表現したい者同士が原稿を読み合って意見を交わしたり、数人で出版レーベルを立ち上げたりすることもあります。そういう行為が続く場を保つことが、僕の役割だと思っています。あえてZINEと呼んでいますが、生活綴方で発行しているZINEの約半数は、店番に入っている人たちがつくったものです。僕は編集者として、その本づくりに伴走しています。
ZINEと呼ぶことで、イメージする本のかたちがありますね。
一般的にZINEは、個人が小部数で自主制作する小さな本というイメージがあります。ただ、小部数とは何冊なのか、大判のアートブックもZINEと呼ばれることを考えると、その定義は曖昧です。僕たちの場合、版元は個人ではなく「生活綴方出版部」です。印税は一般的に高くても10%程度といわれますが、15%をお支払いしています。なぜかというと、リソグラフや丁合機はありますが、工程の多くは手作業なんですね。店番のみんなでつくりますが、著者自身が中心になって本を仕上げていきます。価格も低いものが多いので、印税を15%に設定しています。初版は300部ほど刷りますが、ほとんどの本が完売します。

生活綴方出版部から出ているZINEは2026年2月時点で60種がほぼ完売して増刷していると聞いています。すごいですね。
読書家にとって40ページ800円の本は高いと感じるかもしれませんが、ZINEを買う人には、「簡単に読み切ることができていい」「モノとして持っておきたい」と言われます。ある程度の分厚さがないと表現できないテーマを扱う本がある一方で、読み切れることを大切にするという本の価値観もある。これがZINEと呼ばれるものの本質の一部だと思います。
「出版の原点は、人と出会うこと」
本屋・生活綴方のZINEを三輪舎から出すのではなく、生活綴方出版部というレーベルを立ち上げた理由はなんですか。
経営戦略的には、生活綴方で試しにZINEをつくってみて、ヒットしたら商業出版すると考えるでしょう。実際、文学フリマに行くと編集者がうろうろしていますよね。ZINE発の書き手が増えたことは本当にいいことです。でも、そういう発想では気軽に本をつくれなくなると思ったんです。それに、生活綴方で出すことが出版への登竜門のように受け取られるのも違います。この場所を、三輪舎のネタ探しの場にはしたくありませんでした。
では、三輪舎にとって本屋・生活綴方はどんな存在ですか?
出版の原点は、人と出会うことだと思っています。従来の本づくりは、書いてほしい人を調べて、企画書をつくって、メールや手紙で連絡を取って縁をつくります。でも僕は、三輪舎という出版社をやりながら、たまたま本屋をつくることになりました。著者になり得る人と自然に出会える場ができたんです。実際、三輪舎から出している本の著者の多くは生活綴方で出会った人たちです。たとえ文章が素晴らしくても、編集者との相性が合わなければ、本づくりはうまくいきません。生活綴方にいれば、「この人と一緒に本をつくりたい」と思える人と出会って、ゼロから本をつくることができます。僕は、編集者として著者にアドバイスをするだけではなくて、最初の一歩から伴走して本をつくりたいんです。
取材・文/石川歩 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子