2010年に「土曜社」を創業した豊田剛さん。2026年7月時点で、土曜社は114冊を刊行しています。土曜社編の第2回は、編集を外部パートナーに委ね、自らは裏方に徹する豊田さん。その出版観の背景にある考え方を聞きました。あわせて、書店に自社の本が並んだときに“魔法”がかかったように見えるという、書店の場の力についても語ってもらいました。

編集は外部委託して、自身の思いは表に出さない
前回 は、編集者になりたいと思いつつ営業をしてきた話を伺いました。土曜社を立ち上げたことで、念願の編集者になれたのでしょうか。
自分は編集者になれなかったと感じています。土曜社を始めた今も、自分で編集するというより、編集者たちに本づくりを託しているからです。土曜社では、私以外に3人の編集者がいて、それぞれ別の仕事を掛け持ちしながら本を作ってくれています。たとえば、編集の鶴崎いづみさんは、整体指導者の川﨑智子さんと一緒に整体のシリーズも作ってくれていますが、もともと絵を描く人で、企画から装丁まで手掛けています。私は制作の立場で、編集以外の業務を受け持っています。
鶴崎さんのコミックエッセイ『私のアルバイト放浪記』は、企画から入稿までを一人で手がけ、制作と販売を土曜社に委ねてくれました。美大を卒業してアルバイトを転々とする体験を描いたこの作品は、一部の書店が好意的に展開してくれて、鶴崎さんが小山薫堂さんのラジオ番組に出演するなど、静かな人気を呼んでいます。

刊行したいテーマや一緒に本を作りたい著者など、豊田さんの出版人としての思いはありますか?
「これを絶対に出したい」といった強い思いはないかもしれません。ご縁のあった人たちが、編集者や著者、翻訳者として本を作ってくれて、一冊ごとに違う個性がありながらも、全体としてどこか土曜社らしい感じになっていればいいと思っています。
土曜社は坂口恭平さんの『Practice for a Revolution』という音楽アルバムも出していますが、そのきっかけは、音楽家の寺尾紗穂さんが土曜社版の『日本脱出記』を坂口さんに手渡してくれたことが始まりでした。その後、青山のDOMMUNEの公開イベントで武田砂鉄さんが坂口さんと引き合わせてくれて、初めてお会いしたんです。坂口さんは「新政府・内閣総理大臣」として朝から夜まで精力的に「公務」をこなしていました。
2012年の夏に、坂口さんが自身で選曲し、録音技師・スタジオも手配し、演奏まで一人で手がけたアルバムが『Practice for a Revolution』です。大杉栄がパリの監獄から娘に捧げた詩を坂口恭平が歌う「魔子よ魔子」も収録しています。アルバム発売を記念して、「坂口総理、渡欧壮行会」と称して、渋谷のさくらホールで1000人を集めるリサイタルも実施しました。
この時も多くの友人たちが手伝ってくれたのですが、版元たる土曜社は、芝居の勧進元のようにソデから舞台を眺めているくらいがちょうどいいと考えています。
もちろん前に出たほうがいい場面もあると思いますが、「豊田という人が一人でやっている出版社」だと見られるより、「土曜社って、どんな出版社なんだろう」と思われたい気がします。もっというなら、誰もそんなこと気にしないくらいの淡い存在でありたい。なので、自分からは「ひとり出版社」と言わないようにしています。一人の頭で方向づけるより、ご縁を感じる人たちと関わりながら、知恵を集めた出版物のラインアップを目指しています。
本は、書店で魔法にかかる
2026年7月時点で、土曜社は114冊を刊行しています。豊田さんの理想のラインアップに近づいていますか?
114冊のうち重版しているのは1割から2割ほどで、ほとんどは初版の半分も売れずに在庫を抱えています。でも、売れる本と売れない本の両方がある状態は、悪くないと思っています。「土曜社は売れない本も出すし、出し続けるぞ」という見栄のようなものもあります。
ジャンルもバラバラで、刊行方針も散らかって見えるかもしれませんが、200冊、300冊と刊行していけば、それらしい輪郭が見えてくるのではないかと思っています。
土曜社とツバメノートが手がけた『A4手帳』は、ラインアップの中でも異色に感じました。なぜ手帳をつくられたのでしょうか。
始まりは、サーモンピンクの用紙で有名なフィナンシャル・タイムズ社の「FT手帳」でした。これを輸入販売しようと思い、メールを送信してロンドンの本社を訪ねたのですが、アポイントがないため誰にも会えず、記念撮影をして帰ってきました。帰国後、それなら自分で土曜社版の手帳をつくってしまおうと考え、ツバメノートと相談して『A4手帳』を制作しました。書籍コードで流通し、書店はもちろん、雑貨店などでも販売しています。
私(ライター石川)は上野の新刊書店ROUTE BOOKSで選書をしていますが、2016年に刊行した『私の生活技術』(アンドレ・モーロワ著、中山眞彦訳)はよく売れています。1939年に書かれた本が、今も読まれている理由は何だと思いますか?
『私の生活技術』は、アラン、ヒルティ、ラッセルの「幸福論」に続く“第四の幸福論”ともいえる本です。その人生の知恵が、時代を超えて読者に届いているのではないでしょうか。それに、本は書店に並ぶことで、ある種の“魔法”がかかるような気がするんです。出版は水もので、制作中はもちろん、製本を終えても不安は尽きないのですが、書店員の手で棚に並べられ、読者に手に取られ始めると、本そのものが少し違って見えてくる。不思議と魅力を増していくような気がするのです。

114冊刊行していると、経営面では安定してきますか?
そうですね、土曜社を立ち上げた当初は、資金繰りが厳しく、取次に頭を下げて前払いをお願いしたこともあります。本の売上だけでは資金が足りず、新聞社で深夜2時まで校閲の仕事をした時期もありました。10冊を超えたころから経営も安定し、今も裕福ではありませんが、京都で質素に暮らしていく分には、なんとかなっています。
細々とですが個人のお客様への直販もあって、思い掛けない組み合わせで購入いただくなど、読み手の関心は想像よりもずっと広いことを思い知らされています。先日も、いつも2冊、3冊と意外な本を買ってくださるお客様が、「セレクトショップを始めることになりました」と、お店の仕入れで注文をしてくれたんです。読み手の関心は、作り手の想像よりもずっと広い。本を売り続けるなかで、そのことを何度も教えられてきました。
取材・文/石川歩 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子