2010年に1人で土曜社を立ち上げた豊田剛さん。「探訪! ひとり出版社」土曜社編の最終回は、書店の忙しさや自社の本は売れにくいという現実を踏まえ、あえて営業をしない姿勢が、結果として読者や書店の関心を引き寄せているのではないかという考えを伺いました。一方で、自身の思いを前面に打ち出すことはなくても、本づくりに関わる人たちへのまなざしは、イベントの開催や共済部の取り組みにも表れています。今回は、そうした土曜社ならではの活動について話を聞きました。

新刊が出ても、営業をしない
豊田さんは土曜社を立ち上げる前に、出版社2社で営業職を経験されています。土曜社を始めてから、営業面で工夫していることはありますか?
本をもっと届けたい気持ちはありますが、うまい売り方が分からないまま続けてきました。だからといって、自分から積極的に売り込もうとも思わないんです。書店を訪ね歩いて受注を集めたらいいのでしょうが、書店が忙しいことを知っているので、気が引けてほとんど訪問できずにいます。土曜社の本は宣伝も広告もしませんし、店頭で目立たない地味な造りでもあり、展開を依頼するのが申し訳なく感じます。
それでも納品があるときは、歩ける範囲で書店へ持参しています。京都に来てからも、ホホホ座、誠光社、恵文社、余波舎、レティシア書房などへは歩いて納品しています。
新刊を出した後は、どのように販売しているのでしょうか。
新刊が出ると、書店にメールで案内を送っています。ただ、以前ほどの反応はなく、取次経由の配本は減ってしまいました。直取引は、全国60店ほどあります。販売力のある独立店が増えたこともあって、かなり助けられています。新規の書店や雑貨店から「取引をしませんか」とメールをいただくことが、日々の仕事でいちばんうれしいかもしれません。
営業が難しいというより、あえて書店に見つけてもらう形を選んでいるのでしょうか。
世間に広く知らせることよりも、静かに刊行を続けて、読み手が「自分で見つけた本」だと感じられる状態にしておきたいです。書店訪問も最小限にして、むしろ書店の方から見つけてもらうほうが、無理なく続けられると感じています。
今年も広島パルコの「BOOK PARK CLUB」に出展させていただいたのですが、告知サイトに出展各社のインスタグラムのリンクが並ぶ中、土曜社だけアカウントがなくXへのリンクになっていました。宣伝しなくてもイベントへのお誘いもいただけますし、かえって悪目立ちするのかなと思ったりもします。
土曜社の本は、宣伝の工夫をすれば、もっと多くの読者に届きそうです。
なるべく古びない本を作っておいて、そっと刊行を続け、やがて誰かが見つけてくれるくらいの広がり方でいいと思っています。取引の多くは委託販売です。委託販売は、半年ごとに実売精算の手間がかかりますが、料理屋の掛けのように、“ご愛顧・ご贔屓”が続いていく良さがあります。土曜社の本には、気長に続けていく感覚が合っている気がします。
土曜社という場を借りて、楽しみをつくる
土曜社は、オフィスのある街を歩くイベントを定期的に開催していました。どんな意図で始めたのですか?
東京・豊洲で散発的に18回開催した「湾岸そぞろ歩き」は、編集者や読み手が出会う場になって、そこから新しい企画が生まれたら……というもくろみもありました。当日朝にXで告知するだけの突発的なイベントだったので、参加者がゼロの回もありました。
3、4人の少人数で歩道をぶらぶら歩きながら、都会の灯りを眺め、潮風を感じて、他愛もない雑談を交わすのが楽しいんです。土曜社の場を借りて、自分自身が楽しみをもらっている感覚もあります。京都に場所を移しても、続けていれば面白い出会いがありそうです。
土曜社共済部として、古代米や作業靴を販売されていますよね。それも豊田さんの楽しみの延長なのでしょうか。
母校の大学に「共済部」という学生団体があって、下宿やアルバイトを無料で紹介してくれたんです。NHK放送センターの「共済会」の社員食堂でアルバイトをした経験もあって、土曜社でも似たような経済活動ができたらと思ったんです。
今は私と弟の2人きりの会社ですが、ずっと読み手や仲間たちが支えてくれていて、そういう皆さんも、土曜社の「社員」だと感じています。社員が必要なものは、食事も住居も娯楽も、会社を通じて安価に手に入れられるようにしたい。土曜社は何かと役立つ会社でありたいと願って、共済部を続けています。

豊田さんが、これからやってみたいことを教えてください。
書店の店頭で売れる本を作りたいです。土曜社の本は、店頭では目立たない本でも、一部の書店や電子書籍、アマゾンでコツコツ売れている本も多いです。売れないかもしれないと思って作った本が、意外な場所で細く長く売れていくのはもちろんうれしいですが、これからは、店頭でもよく売れて、書き手も読み手も売り手もうれしくなるような、みんなで喜びを分かち合える本も作ってみたいです。
土曜社は、ノルマもなく、締め切りもなく、会議もなく、数奇な人が、好きなことを、好きなときに、好きなようにできる良さがあります。そうして世に出た本がどこかで誰かに届き、やがてその人が新しい企画とともに土曜社を訪ねてくれる。そんな循環を気長に待っているのかもしれません。
取材・文/石川歩 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子