フルタイムで年収3000万円という人の稼ぎは、大体時給1万円である。1時間でこれくらいの価値を、どうしたら作り出せるのだろうか。そのためには、そもそも「価値」とは何かを知る必要があると元プロ野球選手でビジネスコーチの高森勇旗氏は言う。新刊『 降伏論 「できない自分」を受け入れる 』から一部を抜粋し、紹介する。
「夢、小さいですね」
「なんで、野球辞めたんでしたっけ?」「えっ、いや、クビになったんです。辞めたんじゃなくて」。野球を辞めて2年が終わろうとしていた頃、私はある経営者にアドバイスを求めるため、ランチにお誘いした。上場企業の創業経営者で、若くして一財を築いた人物である。忙しい仕事の合間の時間で、彼は食事をかき込みながら私にいくつかの質問を繰り返した。
「でも、続ける道もあったんでしょ? だから、辞めたのは最後は自分の意思。なんで続けなかったの?」「うーん、僕の才能から考えると、恐らく最もうまくいって、奇跡が起きたとして、野球で稼げるのは年俸3000万円くらいがマックスだと思うんです。しかも体のことを考えると、プレーできても33歳くらいまで。恐らく、それが僕の野球選手としての限界値です。辞めた当時が24歳でした。33歳で3000万円の給料がゼロになるんだったら、いま辞めれば、33歳から3000万円稼げると思ったんです。だから、僕は続けませんでした」
彼の食事をかき込む手が止まった。そして、視線がゆっくりとテーブルから私の方に上がってくる。視線は、私の目を捉える少し前で止まり、少しぼんやりとしてつぶやく。
「33歳で、3000万円ですか……」。私は、焦った。ビジネスで成功を収めている経営者に向かって、少し大きなことを言ってやろうと、調子に乗ってしまったのかもしれない。 社会について何も知らない若造が、3000万円などという絵空事を言ってしまい、相手をしらけさせてしまったかもしれない。
居心地が悪くなった私は、彼の次の一言が出てくるまでの時間を永遠の長さかのように感じた。遠くを見ていた彼の目が、私の目をハッキリと捉える。目を真っすぐ見たまま、口を開いた。
「夢、小さいですね」
彼の無機質な声が頭の中に広がる。何を言われているのか分からず、私は一瞬言葉を失う。
「3000万円稼げる」は、私の中ではかなり無理した大口だった。しかし、彼はその大口を、「小さい」と言っている。あっけにとられる私を置き去りにするように、話は続く。
私にはいろいろと言いたいことがあったが、お金の話になった途端、何倍にも増した彼の迫力に押され、言葉がまったく出てこなくなってしまった。
「いま、26歳でしたっけ? 3000万円なんて、あと3年でクリアしないと話にならないですよ。33歳の時には、3億って言ってないと。少なくとも、同期の選手はそれくらい稼ぐんじゃないですか? なんで、そこを目指さないんですか?」
返す言葉は、見当たらなかった。言いたいことも、なかった。頭の中が混沌とし、「夢、小さいですね」という声だけが異様な大きさとなって増幅している。そんな私を見て、彼の視線は再びテーブルに戻っていく。食事をかき込む手の動きは、さっきよりも速くなっているように見えた。
3000万円稼ぐとは具体的にどういうことか
3000万円という稼ぎは、時給1万円の人が、1日10時間、月に25日働いて、それが12カ月続いた時のお金である。こうして数字にすると、最も現実からかけ離れているのは、「時給1万円」である。当たり前だが、時給1万円とは時給1000円の10倍である。
プロ野球選手時代、ある有名選手のトークショーにオマケとして出演させていただいた時、1時間のトークショーの出演料は10万円だった。あれは、時給10万円だったと言っていいのだろうか。あの時間、私は本当に時給1000円の人の100倍働いたのだろうか。こうして考えていくと、支払われている報酬とは、時間や労働に対して支払われているという発想ではなく、その人のもたらした価値に対して支払われているものであるということに気がついた(先のトークショーで私が得た10万円は、有名選手がもたらした莫大な価値のおこぼれであることは言うまでもない)。では、価値とは何なのか。
なぜ山頂では水が3倍の値段で売られるか
ミネラルウオーター1本は、通常約100円で買える。しかし、登山などで山頂にたどり着くと、300円ほどで販売されている。中身に3倍の変化が生じたわけではない。売っている場所が変わっただけである。それだけで、価格は3倍にも跳ね上がる。価格とは、どんな影響を受けて変動し、何によって決定されるのだろうか。
価格とは、「問題解決の量」である。価格は需要と供給によって決まる、という定説は、私には受け取りづらいものだったが、問題解決の量と表現してから整理がつき始めた。山頂まで水を運ぶ過程でかかった運搬費用や労力が価格に乗っていることは間違いないが、山頂で飲む水が解決する問題(喉の渇きなど)の量が街の中の3倍ある、と言われれば、私にとっては納得度が高い。
3000万円稼ぐというのは、3000万円分の問題を解決した結果である。労働した時間に対する対価ではなく、問題解決の量だ。たとえ1日の労働であっても、それが3000万円分の問題を解決したならば、それで3000万円の報酬を得ることも可能になる。
では、圧倒的な価値を生み出す問題解決とは、何なのか?
問題解決は多くの場合、“解決策”の方に価値があると考えられている。我々が育つ過程、主に学生時代でも、いかに正しい答えを出すか、魅力的な、クリエイティブな答えを出せるかが評価の対象になってきた。社会に出ても、解決策を出せる人、実際に解決できる人に多くの報酬が支払われているように見受けられる。それは一方では正解だが、価格を決定するのは実はそこではない。
価格は、解決策ではなく問題の大きさに比例して大きくなる。水ひとつとっても、水というものが解決するのは喉の渇きという問題である。水という解決策は変わらないのに、喉の渇きという問題が大きくなるにつれて価格は上昇する。同じ水でも、砂漠の真ん中に行けば、価格は跳ね上がるだろう。問題解決は、解決策ではなく、問題の方により多くの価値が集まる。言い換えるならば、問題の大きさは、そのまま価格の大きさになるということだ。
問題解決の本質とは何か?
以前、テレビで心理学者がこんな問題を出していた。「家で彼女とテレビを見ている時に、彼女が“ちょっと頭が痛いんだよね”と、言ったとしましょう。この時、何と言うのが正解でしょう」という問題だ。
なるほど、この手の話は、男性はすぐに「頭痛薬飲んだの?」と、解決策に走る傾向にあり、それが女性の気分を害するという話だろう。恐らくそれは典型的なダメ解決策で、答えは、「大丈夫?」と心配してあげることだと予想した。しかし、答えは意外なものだった。
「正解は、“気づいてあげられなくてごめんね”です」そんなアホな! と、思わずテレビの前で声に出してしまった。しかし、えらく共感している妻の様子を見ると、この解答はかなり的を射ているのだろう。表面上の問題解決は、問題解決にならない。この場合、頭が痛いという問題は本当の問題ではなく、その問題に対しての解決策は、仮に100%正しかったとしても問題解決にならない。
The right answer to the wrong problem is very difficult to fix.「間違った問題への正しい答えほど、始末に負えないものはない」とは、ピーター・ドラッカーの言葉である。実際に彼女は「頭が痛い」という問題を口にしたとしても、それは本当の問題ではない。本当の問題は、「もっと私のことをかまってほしい」だったのかもしれない。だからこそ、「気づいてあげられなくてごめんね」が、正解となるのだろう。
目の前で起こっている事象だけを捉えて、それを問題だと認識し、解決させようとしても、それは本質的な解決にならない。そして、ドラッカーがVery difficult to fix(修正するのがとても難しい)と言っているように、間違った問題への正しい解決策は、非常に厄介なのだ。なぜなら、解決策が正しいからである。
目の前で起こっているこの問題は、何がどうなって“引き起こされた”のか。そして、価値の高い問題を発見するには、実際に起きている問題に着目するのではなく、その元となっている問題の本質に気づけるかどうかにかかっている。問題解決とは、優れた解決策を出すことではない。本当の問題に気づく能力のことである。
高森勇旗(著)、日経BP、1760円(税込み)