新刊『 降伏論 「できない自分」を受け入れる 』を出版した、元プロ野球選手でビジネスコーチの高森勇旗氏と、一橋ビジネススクール特任教授で、競争戦略を研究する楠木建氏。親交の深い二人が、『降伏論』出版の裏話や、プロ野球とビジネスの世界の違いなどを語り尽くしました。

元横浜DeNAベイスターズの高森勇旗氏(右)と楠木建氏(左)との対談。楠木氏は筋金入りのベイスターズファンだ(写真:稲垣純也、以下同)
元横浜DeNAベイスターズの高森勇旗氏(右)と楠木建氏(左)との対談。楠木氏は筋金入りのベイスターズファンだ(写真:稲垣純也、以下同)
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「自分はできないんだ」と降伏することから、成長は始まる

楠木建氏(以下、楠木):『降伏論』ってすごくいいタイトルですね。

高森勇旗氏(以下、高森):僕は、実は「SURRENDER(意味:降伏、降参)」にしたかったんです。でも、「SURRENDER」という単語だと、売れないだろうということも分かっていたので、「この本では、今のままで成功できると思うな、1回すべてを諦めないとだめなんだ、降伏してくれということを言いたい」と編集者に話したんです。そうして、この『降伏論』というタイトルになりました。

楠木:僕が考えるいいタイトルというのは、本の内容を最も短い言葉で表しているものです。そういう意味で「降伏論」は完璧だし、キャッチーでもある。そもそも本のコンセプトがはっきりしていたから、いいタイトルが出てきたのでしょう。

楠木建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール特任教授/1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『「好き嫌い」と経営』(以上、東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社)など多数。
楠木建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール特任教授
1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『「好き嫌い」と経営』(以上、東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社)など多数。
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高森:サブタイトルは「『できない自分』を受け入れる」。これは建さん(楠木氏)が提案してくれましたね。

楠木:自分ができないことを「知る」や「認める」というよりは、もっとはっきりと降伏する言葉の方がいいのではないかと思ったんです。受け入れがたい「できない自分」を直視して、受け入れましょうという内容のサブタイトルがいいなと思いました。

高森:よく、「成功している人がやっている○○の法則」「○○は9割」というようなタイトルがあるじゃないですか。ああいうのには絶対したくないと思っていました。

楠木:そうじゃないからこの本のタイトルはいいですよね。『降伏論』は独自性がある。ところで僕は、「9割シリーズ」というプレゼンテーションのスライドを作ったことがあるんです。「9割」と付く本のタイトルが、いつどのように生まれ、どのように展開していくのかという内容です。出版社の近視眼的商業主義は大変なものだ、ということがよく分かりますよ。本のタイトルって面白いです。

心が抵抗する方へ行く

プライベートでも親交が深い二人
プライベートでも親交が深い二人
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楠木:この本を読んですぐに、僕は高森さんに「いつ横須賀のとんかつ屋に行きますか?」とLINEしました。

高森:「本を読みました」という連絡と一緒に来ましたね。この本の1章は「いますぐやる」というテーマなのですが、そこでは「未完了になっていることを完了させよう」という提案をしています。未完了になっていることとは、例えば、誰かとけんかをしている、実家の両親にしばらく会っていない、排水溝が汚いままになっている、貸しているお金が返ってこない、など大きなことから大変小さなことまでです。

楠木:僕は前々から「高森さんと横須賀のとんかつ屋に行きたい」と思っていて、未完了だったなと思い出したんです。まあ、僕のこの例はくだらないですが、完了と未完了という概念は秀逸ですよね。完了という概念に対し、未完了という対概念があり、実効性が高い。なぜ実効性が高いかというと、論理がしっかりしていて、論理を支える言語や概念が非常によくできているからでしょう。高森さんの思考の深さを感じます。それから、高森さんの思考の起点にある体験は、ごく日常的な話が多いですよね。

高森:本には、兄とキャッチボールをしていて窓ガラスを割ってしまい、未完了が発生して、正直に話し謝ったことで完了した、というエピソードを書きました。

楠木:ここ一番の大勝負の経験を語る人もいますが、天下分け目の決戦なんてやったことがない人がほとんどです。一方この本では、普段の生活から出てきた小さい話から議論が展開されていく。高森さんは僕のように思考だけをしているのではなく、体験から言語化されているので、それが本のパワーになっています。

高森:完了・未完了の話は、読んだ人から「インパクトがあった」と言われるところです。なんとなくみんな感じていたけれど、具体的に言語化されたことで「そうだよね」と共感し、印象が強くなるのでしょう。

 それから、「『逆張り』――心が抵抗する方に行ってみる」も本の中で書いたのですが、それは2015年頃の自分のことです。自分が抵抗を感じる方へあえて行き続けたことで、引力を振り切って自分の殻を破ることができました。人間は「不快」なことから逃れたいと思ったら、すごい力を発揮するんです。だから、「これはやりたくない」と思ったら、そこから早く抜け出したいから実力も付くし。その結果、まったく違う景色が見られるんです。

楠木:高森さんは以前、「ストレスを持たないと成長しない」ということをおっしゃっていましたが、僕の性格的にはまったく理解できない。言わんとすることは分かりますけど(笑)。

高森:ただ、「心が抵抗する方へ行く」ためには、強制力も大切です。だってやりたくないんですから。そこで、自分以外の力を使ってやるべきことを継続させるんです。この本にも例えば、「朝キツいランニングをしたいときは、人と約束する」などと書きました。行動をどう引き起こさせるかという話なんですよね。「イヤだけど怒られるからやろう」「この場にいたくないからやろう」など、不快感を強制力にしていかに行動させるかが大切です。

野球選手はとにかく勝負がしたい

不快感は強制力になると語る高森氏
不快感は強制力になると語る高森氏
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楠木:ずいぶん前の話ですが、僕たちが初めて会ったのは、東京・中目黒の焼肉屋でした。高森さんの第一印象は、爽やかで野球選手っぽい人。だけど、その頃に発売された『俺たちの「戦力外通告」』を読んでみたら面白いし、文章がうまい。本の内容と第一印象が違ったという記憶があります。

高森:初めてお会いして、僕が『俺たちの「戦力外通告」』を渡した日は、確か木曜日でした。建さんは「土曜日に読みます」とおっしゃって、本当に土曜日の夜に本の感想をTwitterに書いてくれたんです。有言実行に感動していました。

楠木:この本が出るきっかけになったのは、音声メディアの「VOOX(ブックス)」でしたね。

高森:そうですね。建さんからVOOXの編集長の方をご紹介いただき、VOOXに出演することになりました。それで1時間ほどの台本を箇条書きにしていったら、「これは本にできそうだ」と思いました。

楠木:いいアウトプットになりそうだなと。

高森:時間がたっても古びない内容にできたんです。そして、これを基に書籍化が進んでいきました。

楠木:高森さんをVOOXに紹介したのは、元野球選手という主に身体を使う人でありながら、非常に言語的な人というギャップが面白いからです。

高森:そうだったんですね。実は、僕にとって野球の世界は、ずっと「合わないな」と感じるものだったんです。プロ野球選手って、ものすごく勝負好きなんですよ。例えば、道を歩いていて、「目の前の人が右と左どちらに曲がるか賭けようぜ」って急に言いだすんです。僕が「なぜですか」と聞いても、「早く早く! 俺右な。勝った方がジュースな」って、ジュースを賭ける。とにかく、何かあったら小さなことでも見つけてすぐ勝負するんです。勝負が大好きなんですよね。

楠木:本能的に勝負を欲しているんでしょうか。

高森:そういう人に、僕みたいな勝負がそんなに好きじゃない人間は、やっぱり負けるんです。それで(当時同じベイスターズにいた先輩の)佐伯貴弘さんにジュース200本ぐらい負けたことがあります。とにかくいつも勝負していました。僕は基本的に平穏無事でいたいので、合わなかったですね。

楠木:プロ野球選手になるような人は、自分が勝つ前提で勝負するわけですもんね。

高森:合わなかったけれど、その経験はビジネスの世界で生きています。正直、僕は2軍で信じられないくらいの練習量をこなしたんですけど、そんなに練習をしても、昨日飲んでたやつに負けるんです。

楠木:勝負の世界は残酷ですね。

高森:ええ、だからその後ビジネスの世界に来て、「ここはやったらやった分は報われるな」と思いました。プロ野球よりは努力が報われるんです。それが、この本の「とにかく行動の量を多くする」という内容にもつながっています。

<次回に続く>

構成/梶塚美帆(ミアキス) 写真/稲垣純也

「うまくいかない」「結果が出ない」「ついてない」。これらは、すべてあなたの「決定」の結果である。大切なのは、「いつもやっている行動」を色々な物理的な仕組みで(本書にさまざまな方法を掲載)変えること。この本に載っていることをやってみると、それまでとは違う人生に変わるだろう。いつもと違う選択をする“だけ”で、これまでとは違った景色を見ることができる。

高森勇旗(著)、日経BP、1760円(税込み)