「とにかく勝つことに対する執念が違う」人が多いのが野球の世界。そう話すのは、新刊『 降伏論 「できない自分」を受け入れる 』を出版した、元プロ野球選手でビジネスコーチの高森勇旗氏です。一橋ビジネススクール特任教授の楠木建氏と、勝負に勝つために必要なメンタルについて対談しました。
読者を成長へ導く本は、成功までの因果関係のすべてが書かれている
楠木建氏(以下、楠木):高森さんは非常に言語的な人です。僕みたいに考えることが職業の人間は、他人や自分の考えをベースに思考を重ねていく。考え続けることが仕事なので、思考が色々と回っていきますが、根っこにあるのもまた考えなんです。
ところが高森さんの場合は、身体的に経験したことをいちいち言語化していますよね。これが高森さんの特徴だと思います。スキルとしてそういうことができるというよりも、経験を言語化したい、思考したいという内在的な欲求が強いのでしょう。
高森勇旗氏(以下、高森):『降伏論』でも、自分が実際に経験したことと、そこから得たことやその経験についての解釈を書いています。
楠木:僕みたいに活動せずに考え続けている人にとっては、言語化は当然なんです。一方、スポーツ選手や経営者など、活動的に成功した人が自分の経験を基に本を書くと、言語化が甘くなることが少なくない。人には向き不向きがあるから、仕方のないことです。ただ、高森さんの場合は、活動的であるのに言語的でもある。そこが興味深いです。
高森:なるほど。
楠木:不親切だったり、読んでも役に立たなかったり、意味がなかったりする本のほとんどは、ロジックが甘い。ロジックとはつまり因果関係のことです。因果関係は、原因 → 結果、手段 → 目的、などのように連鎖していくもので、その連鎖の総体がきちんと分かるというのが、僕の考えるいい本です。
成功には、原因が必ずあるはず。でも、一部の本では、特に目立つ部分──それは往々にして結果なのですが──だけを取り上げて「これが大切だ」と言っていることがあります。本当は、その前後にずっと因果の連鎖があるはずです。その全体が読者に入ってきたときに、本としての価値が本当に出るでしょう。でも、高森さんの本の強いところはきちんとその因果の連鎖全体が書かれているところです。そして、連鎖の起点にあるのが「できない自分を受け入れる」ということですね。
高森:僕は本に著者の「教え」が出てくると、興味を失ってしまいがちなんです。でも、経験したこととそれを通して感じたことは、否定しようがない。本書には「こんな経験をしてこう思った」という内容も繰り返し書かれています。
楠木:すぐに教訓が出てくる本では、読み手の考えにあまりコミットできませんよね。教訓に至るプロセスこそが、『降伏論』の面白さと価値だと思います。
朝まで酒を飲んでいても「勝てる」人の特徴
楠木:前に野球選手たちはとにかく勝負をしたがる人だという話をしましたね。一方で高森さんは平穏無事でいたい性格だという。
高森:そうです。休日は週に1回しかなかったんですが、中には、休みの前日には飲みに行って、朝帰りして、昼まで寝ている人もいました。そんな中で僕は、早起きして海が見える場所までランニングしに行って、10時ごろ帰ってきてゆっくりブランチを食べるのが至福だったんです。
楠木:成功した起業家みたいだ。
高森:そんなことをやっている20歳ぐらいの野球選手はいないですよ。他にも、僕はストレッチやトレーニングできっちりと体調を整えて、試合に挑むわけです。でも、僕がノーヒットで、朝まで飲んでいた人がホームランをばんばん打つこともある。そして「結局は結果だから」と言われます。悔しいですが、「確かに結果だしな……」と考える。
楠木:そうですね。
高森:ただ、6年間プロの世界にいて、僕とは正反対の性格の人たちの中でもまれたことは、ビジネスの世界で確実に生きています。百戦錬磨の経営者の方々は、僕に対して「なんぼのもんじゃい」という姿勢で来るわけですが、それと相対してもひるまないでいられます。
僕は2軍時代に過酷な練習をしていました。本にも書いたのですが、その練習態度について「お前の練習量は、確かにすごかった。これまで見てきたどの選手よりもよく練習をしていたと思う。でも、俺から見ると、“そこ”じゃないんだよね。まだ、やれることはかなりあったように思うよ」と言われたんです。これ、実は同時期に入団した梶谷隆幸選手です。彼は試合でうまくいかなかったことを練習し、自分の課題に対するアプローチをしていたので、最短距離でうまくなっていました。
楠木:なるほど。
高森:野球選手たちは、さぼっているように見えたときがあったとしても、勝負に勝つためにあらゆる思考を巡らせているんです。勝ちに対する執念が違うんです。僕はこのときはそれが分かっていなかったんですね。
スポーツとビジネスの競争の違い
楠木:ビジネスもスポーツも、競争があり、成果を出さなければいけません。ただ、スポーツの世界は金メダルが1個しかないですよね。縦一列に優劣が決まり、どちらが優れているか常にはっきりする。横浜DeNAベイスターズが勝てば読売ジャイアンツが負けて、読売ジャイアンツが勝てば横浜DeNAベイスターズが負ける。つまり、相手をやっつけることが目的になり得るわけです。
それに比べて、僕が慣れ親しんでいるビジネスの競争はずっと平和です。例えば、ユニクロもZARAも現時点ではどちらも勝者。同じ洋服業界で競争はしていますが、どちらがより優れているかの議論をする意味はない。というのは、それぞれ違ったポジションを取り、違ったものを違った人に提供しているからです。ユニクロは生活を快適に過ごすためのライフウエア、ZARAはファストファッションです。この点が、スポーツの世界の人が考える「競争」と大きくずれているところではないでしょうか。
高森さんは、スポーツの世界にいたのに、ビジネスの世界の競争に対する考え方の根底は、僕と近いなと思いながら『降伏論』を読みました。
高森:僕がプロ野球選手になって最初に抱いた違和感は、スポーツの世界の競争に対するものでした。「相手を倒して勝たなければいけない」ということがストレスでしたし、向いていないと思っていました。毎日勝負にさらされるんですから。
楠木:しかもその優劣の基準は、自分以外の誰かによって事前に決められている。プロ野球選手は、みんなそのルールに従って生きている。
高森:僕は美しい仕事がしたいんですが、それはある意味では甘いんですよね。美しいヒットでも汚いヒットでも、それは「ヒット」としか書かれませんし、結果がすべてなんです。
楠木:でも高森さんは、高校生ドラフト4位で指名を受けて入団していますよね。プロになる前から野球選手として優秀だったわけで、高校生の頃からそういった競争はあったんじゃないですか?
高森:高校野球で結果を出すべきビッグイベントは、夏の甲子園です。平日は毎日練習して、土日に練習試合をしていると思いますが、究極を言えば、夏の甲子園の時期だけ調子が良ければいいんです。
ただ、プロはそうではありません。来る日も来る日も試合が続き、毎回真剣に斬り合います。「明日はちょっと休ませてください」とは言えません。だまし討ちをしたとしても、勝ったやつが偉い世界。だから僕は、そこが「美しくないな」と思っていました。でも、泥だらけの中で、「何でもいいからとにかくヒットを打つ」という美しさもあることを、今は知っています。「勝つ」、つまりゴールを達成するという意識を強くし、勝負に勝つために最短で何をすべきかという考え方は今とても生きています。
楠木:一周回って美しさに気づくというのはいい話ですね。
<次回に続く>
構成/梶塚美帆(ミアキス) 写真/稲垣純也
高森勇旗(著)、日経BP、1760円(税込み)




