やれば1時間で終わることを、1カ月以上先延ばしにしたことはありませんか。「頭でやろうとしても、実際に行動することとの間には乗り越え難いギャップがある」と話すのは、一橋ビジネススクール特任教授の楠木建氏。新刊『 降伏論 「できない自分」を受け入れる 』を出版した、元プロ野球選手でビジネスコーチの高森勇旗氏との対談です。

<前回から読む>

「行動」できるようになるにはどうすればいいかを語る高森勇旗氏(左)と楠木建氏(右)(写真:稲垣純也、以下同)
「行動」できるようになるにはどうすればいいかを語る高森勇旗氏(左)と楠木建氏(右)(写真:稲垣純也、以下同)
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行動を起こし、それを継続するためには「降伏」せよ

高森勇旗氏(以下、高森):僕がプロ野球選手だったときに言われた言葉で、とても印象に残っているものがあるんですよ。それは、トレーニングコーチの「コーチの仕事は同じことを言い続けることだ」という言葉です。当時は「そんなわけないじゃないか」と思いましたが、今すごくその言葉が響いています。

楠木建氏(以下、楠木):同じことを言い続けるだけだったら、誰でもできるじゃないかと。

楠木建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール特任教授/1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『「好き嫌い」と経営』(以上、東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社)など多数。
楠木建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール特任教授
1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『「好き嫌い」と経営』(以上、東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社)など多数。
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高森:その頃は、コーチはその人ができるようになったことに合わせて、さまざまなことを指導するんだ、と思っていました。今僕はビジネスコーチになり、いろんな会社に行きますが、毎回まさに同じことを言っています。言う内容はいつも同じです。「目標を認識すること」「課題を明確にすること」「アクションを起こすこと」です。そして、起こしたアクションは完了させて、そこで出た課題を棚卸しして、またアクションを起こすという繰り返しです。

 コーチングする会社を訪ねて「目標は何ですか?」と経営者の方々に聞くと、毎回おっしゃることが違います。認識してなさそうなんですね。次に「では課題はやりましたか?」と聞きます。すると、「ちょっと色々ありまして」と言われるんです。「やったんですか、やってないんですか?」「やってません」「分かりました、ではどうしたらできるか考えましょう」というやり取りをします。

 ちなみに、「それを今からここでやりましょう」ということもあります。例えば、目標に設定した150件のテレアポリストを作って上からかけていくことを、1カ月やっていなかったこともありました。でも、そこでかけてもらい、1時間で終わったんです。1カ月できなかったことも、その1時間で目標が達成したんですよ。

 でも、野球などのスポーツではこれは難しい。行動しても、「勝つ」という結果が出るかどうかは運次第なところがあるからです。ビジネスの場合は、成果が出るやり方はほぼ分かっていて、やったら結果が出ます。原因と結果が近いから、そんなに難しいことじゃないんです。

楠木:やっぱり経営の世界でKnowing-Doing Gapは永遠のテーマですよね。知っていることと実際にやることとの間には、乗り越え難いギャップがある。

高森:ビジネスコーチングすると、頭では理解してもらえます。皆さん「いい学びになりました」「本当に感動しました」「人生が変わります」などおっしゃるんですが、実際にはほぼ行動を起こさない人が多くて、何も起こりません。次にお会いしたときに、「前回こうおっしゃっていましたが、今日までに何を何回やりましたか?」とお聞きすると、「意識して取り組むようにしました」「とにかく一生懸命やりました」とは言われますが、基本的にやっていません。だからやっぱり、『降伏論』にも書きましたが、「行動するための強制力」はものすごく大事なんです。

成功のために必要なのは、ビジョンより実行

知っていることと実際に行動することの間には大きなギャップがあると語る楠木氏
知っていることと実際に行動することの間には大きなギャップがあると語る楠木氏
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高森:前回、「美しい仕事」について少しお話ししましたが、ビジネスの世界でもきれいごとが通じないことがあると感じます。

 例えば、大企業の経営者になった方や、中小企業でもうかっている経営者の方は、立派なことを話します。でも、最初の頃は、美しくて立派なことはやっていなかったはずなんですよね。地べたに這(は)いつくばって、1件1件ドアをノックして飛び込み営業をしたりなどしています。社員を食わせるために、めちゃくちゃなこともやっていたわけです。

 日銭を稼いで、優秀な人を雇えるようになって、ビジョンを掲げて、それに共感する人が集まってくると、ビジネスモデルがきれいになり始める。さらに商売の上流に行くと、「心が大事」というようなことを話しだします。そうは言っても、ビジネスの序盤にきれいごとはなくて、日銭を稼いで「結果出してなんぼ」というフェーズをかいくぐってきている感じがします。

楠木:本当にその通りです。ある程度成功した経営者が自分の経験を言語化しようとすると、ロジックが短くなってしまいがちです。前回にもお話ししましたが、成功のすぐ手前にあった原因や手段だけを取り上げて「これが大切だ」と言う。

 僕は経営戦略を考えても、実行する立場にはありません。十何年も前からファーストリテイリングのお手伝いをしているのですが、柳井正さんは「経営は実行です、実行以外に意味がありません、実行してください」とおっしゃいます。僕の意見が柳井さんの考えと合わないときは、柳井さんに「楠木さんが言っていることは評論じゃないですか。経営は実行です」と叱られることもあります。実際に評論をしているだけなので、返す言葉がない。仕方がないので、僕は評論を実行しています。

 何が言いたいかというと、僕のような仕事でも、仕事である以上実行が大切なんですよね。『降伏論』は世の中の超間接業務の僕にとっても役に立つ本だったので、ビジネスをしている人にとってはなおさら価値がある本だと思います。

棚上げあるところ、ロジックなし

楠木:高森さんのように、経験や考えを論理的に展開していくためには、棚卸しが必要です。でも、人間社会って、みんな棚卸しどころか自分を棚に上げていませんか。1年365日、棚上げカーニバルですよ。

 僕が強くそう思うようになったのは、就職活動のときです。僕の就活では、先輩が会いに来て面接をしたのですが、そのとき「君の夢は何だ」と聞かれました。それに対して、「まずは先輩の夢から聞こうじゃないですか」と返したら、すごく嫌な顔をされました。でも、自分が受けている会社の人の夢が何なのか、知りたいじゃないですか。このときから、「みんな自分を棚に上げているな」と思うようになりました。

 自分を棚に上げてしまうと、ロジックがなくなります。つまり、棚上げをする人はきちんと論理が展開できない。多くの人に価値がある、論理的なものを書こうとするなら、まずは棚上げしない人間であることが重要です。

高森:僕が20代のとき、ある高校の野球部の練習を見に行ったら、プロ野球選手になりたいという子が1人いました。僕から見ると、振る力があって、かなりいい感じです。でも、監督やコーチからは、「あいつがプロになれるはずない」という評価を受けていました。僕は彼を呼び出して、「今から俺の言うことだけを聞け。絶対プロになれるから安心しろ。君のことをプロになれないと言う人たちは、プロになったことがない。プロになった俺から見て、君は絶対になれるから、他の大人の言うことは一切聞くな」と話しました。そして実際にプロ野球選手になりました。

楠木:その監督やコーチもそうですが、棚上げカーニバル中の人たちは、論理的でないだけでなく、自分が気持ちよくなりたいだけ。本を書くにしても、コーチングでも、顧客第一が大切です。ターゲットになる人にしっかりと論理が一貫した価値を感じてもらわなければいけない。その点でも『降伏論』は、読者のためになる本だと思います。

高森:ありがとうございます。棚上げをする人に必要なのは、降伏です。

楠木:まさに、できない自分を受け入れ、「降伏」することから実行が始まる。そうしないと自分事にならない。

 ただ、僕は「心が抵抗する方に行ってみる」というのは向いていない。現世では無理なので、来世でやってみます。

高森:心が抵抗する方へ実際に行くかどうかは置いておいて、心が抵抗する方へ舵(かじ)を切る準備ができていることは大事です。新しい自分と出会うことがある種の「成功」だとしたら、心が抵抗する方に行けば、それがかなうかもしれません。

楠木:なるほど。僕の経験では、夫婦関係においては、心が抵抗する先に成功がありますね。家庭においては、それを実行していると思います。

高森:『降伏論』の帯に「心が抵抗する先に金脈はある」と書きましたが、ありましたか。

楠木:まあまあありましたね。金というよりはいぶし銀かもしれないけど。

構成/梶塚美帆(ミアキス) 写真/稲垣純也

「うまくいかない」「結果が出ない」「ついてない」。これらは、すべてあなたの「決定」の結果である。大切なのは、「いつもやっている行動」を色々な物理的な仕組みで(本書にさまざまな方法を掲載)変えること。この本に載っていることをやってみると、それまでとは違う人生に変わるだろう。いつもと違う選択をする“だけ”で、これまでとは違った景色を見ることができる。

高森勇旗(著)、日経BP、1760円(税込み)