2023年10月27日から11月23日にまで、読書の秋を盛り上げるキャンペーン「本との新しい出会い、はじまる。BOOK MEETS NEXT」が全国で開催された。京都では、本の「今」と「未来」について語り合う「KYOTO BOOK SUMMIT」が催され、歌手・俳優・プロデューサーの小泉今日子さんと直木賞作家の大島真寿美さんが対談。2023年夏、大島さんの小説『ピエタ』を小泉さんがプロデューサーとして舞台化したことから、「『ピエタ』のこと、『本の未来』のこと」をテーマに語り合いました。

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18世紀のヴェネツィアを舞台に、『四季』で知られるイタリアの作曲家・ヴィヴァルディを取り巻く女性たちを描いた、大島真寿美さんの小説 『ピエタ』(ポプラ文庫) 。2012年の本屋大賞第3位に輝いた人気作品を2023年夏に小泉今日子さんが舞台化し、話題になった。

『ピエタ』を読んだとき、幸せな気持ちで満たされた

小泉今日子(以下、小泉) 2011年に発行された、大島さんが書かれた『ピエタ』という小説に私はとても引かれ、10年かかってようやく2023年の夏に舞台化することができました。千秋楽を終えてから一度改めてお会いしたいですね、と話していたのですが、なかなか時間が合わず、このような公の場でお話しすることになって。

大島真寿美(以下、大島) 公の場で話すのはちょっと恥ずかしいですね(笑)。

小泉 『ピエタ』は既にお読みいただいた方も多いかと思いますが、出版されたのが12年前の2011年。当時、私は読売新聞の読書委員をしていて、担当の記者さんから「この本、絶対に読んでください!」と猛プッシュされたんです。それで読み始めたら、うわっと、本当にのめり込んでしまって。読んだ後、「今、私はこの作品に出合えてなんて幸せなんだろう」と思うほどに気持ちが満たされたんです。そもそも、大島さんはどういうきっかけでこの物語を書き始めたのでしょうか。

大島 私はヴィヴァルディの音楽を聴いていると、いつも、ひらひらと舞う布のような、カーテンのようなものが目に浮かんでくるんです。それは一体なんだろう、と思っていて。ある時、ヴィヴァルディがヴェネツィアのピエタ慈善院で音楽の先生をしていたことが分かって。ああ、私がイメージしていた布はその場にあった布なんだ、とふに落ちたんです。そこから物語を書き始めました。

小泉 そのひらひらとした布は、ドレープ状に揺れるカーテンのようなもの?

大島 浮かんでいたものはもっと素朴なものですが、でも、その布が見えたことが書き始めたきっかけでした。

小泉 実は、舞台化するときに美術スタッフが持ってきたプランに、ピエタ慈善院にいる少女たちのスカートのひだが揺れ動くという場面が描かれていたんです。大島さんと同じように布をイメージされたのかと思って驚いて…。

大島 今年で『ピエタ』を書いてから12年。一回りの年月がたち、書いた記憶も薄れてきた頃だったので、舞台もすごく新鮮な気持ちで見られました。セリフを聞きながら、その言葉を書いたときのことをまざまざと思い出していい刺激にもなって。舞台をきっかけに、改めて小説を手にしてくださった方もいらして、小泉さんの舞台のおかげで今年はピエタの年だったなぁ、と。

小泉 私もSNSを見て、舞台を見た後に『ピエタ』を読んだという方がたくさんいることを知って。舞台は時間が限られているので、泣く泣く削って、物語の骨組みだけを並べたところもあります。舞台で描ききれなかった言葉や場面は小説で肉付けしていただく体験をしていただけたらうれしいです。

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小泉今日子(こいずみ・きょうこ)
1966年、神奈川県生まれ。1982年に歌手デビューし、数々のヒット曲を放つ。俳優としても映画や舞台に数多く出演し、『風花』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞、『空中庭園』でブルーリボン賞主演女優賞など受賞歴多数。エッセイストとしても活躍。2015年に株式会社明後日を立ち上げ、エンターテインメント作品のプロデュースも手掛けている。

『ピエタ』はヴィヴァルディ先生からの手紙

小泉 私は『ピエタ』という作品に出合えたときに本当に幸せな気持ちになったんです。それで、もっとたくさんの人に知ってもらいたいと思いました。ただ、イタリア人の話なので、映像で日本人が演じるのは無理がある。でも、舞台なら日本人でも無理なく演じられるだろうな、と。

大島 最初に小泉さんから「舞台にしたい」という話を聞いたときは、いや、これは演劇の戯曲として作るのは難しいと思うよ、と言ったんですよね。私自身、以前、劇団を主宰していたので、舞台にするには難しい作品だから、小泉さんもいずれ諦めるかな、と。でも、諦めなかった(笑)。

小泉 どうしても挑戦したかったんです。『ピエタ』を読んだとき、私は40代で、物語に描かれている人たちと同世代でした。本の中のセリフにもあるのですが、今、頑張れているのは、少女のときの記憶を信じているからだ、ということに気が付いて、すごく胸に刺さったんです。だから何とか舞台にしたくて。でも、ちょっと前に進むと色々なことが起きて。脚本をお願いする予定だった方が他界されたり、コロナ禍になったり。でも、やっと今年2023年の夏に上演することができました。

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大島真寿美(おおしま・ますみ)
1962年、愛知県生まれ。1992年『春の手品師』で第74回文學界新人賞を受賞し、作家デビュー。2011年刊行の『ピエタ』は第9回本屋大賞第3位。『ビターシュガー』『ゼラニウムの庭』『ツタよ、ツタ』『モモコとうさぎ』など著書多数。19年刊行の『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文藝春秋)で第161回直木賞受賞。

大島 私、『ピエタ』に関しては、「私が書きました!」という気持ちはあまり強くないんですよね。どこかから物語が降りてきて、私自身はただの<通過点>のような感覚なんです。

小泉 いいものが生まれるときは、よく「降りてくる」といいますよね。比較にはならないのですが、私も歌詞を書くときにずっと考えているのに何も浮かばなくて、ああ、書きたくない、どうしよう、なんて悶々として。でも、部屋を片付けたり、お茶を飲んだりして、机に向かった瞬間、ふわっと歌詞が浮かんで。私はメロディーを聴きながら歌詞を書くのですが、曲が勝手に言葉を教えてくれるような…。

大島 私も『ピエタ』に関しては本当にそうで。ヴィヴァルディの曲の中に手紙が仕込まれていて、それを受け取っただけのような感覚です。だから『ピエタ』は私が書いたとは思えないんですよね。“原作者”というと違和感があるくらい。インタビューでそう話すと、「え?」と言われるんですけどね。ゴーストライターが書いたのか? みたいな(笑)。たしかに、私が書いて、私が原作者ではあるのですが、そういう感覚がなくて。

小泉 ヴィヴァルディ先生に操られている感覚ですよね。私も舞台化に当たって、ヴィヴァルディ先生によって動かされているような感覚でした。驚いたのは、舞台の初日が偶然にもヴィヴァルディ先生の命日!

大島 お互いに後から知って驚きましたよね。

小泉 劇場のスケジュールに合わせて公演日程を組んだだけなのに、命日が初日なんて。他にも舞台の稽古中、何か足りないから花火の音でも足そうかな、と調べたら、大勢の人たちが見る鑑賞用の花火をの発祥がイタリアで、しかも、ちょうどこの時期だったとか。こうした偶然が多くて、あ、またつながった! と思うことが幾度とありました。なんだかヴィヴァルディ先生が舞台でも「はい、GO!」「これはダメ」と導いている気がして、不思議な感覚に陥りました。(後編に続く)

文/若尾礼子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集部) 写真/山本尚侍