2023年秋、「本との新しい出会い、はじまる。BOOK MEETS NEXT」の一環として、京都では「KYOTO BOOK SUMMIT」では、歌手・俳優・プロデューサーの小泉今日子さんと直木賞作家の大島真寿美さんが対談。大島さんの小説を、小泉さんがプロデューサーとして舞台化した『ピエタ』についてや、小泉さんの起業のきっかけ、「本の未来」について語り合いました。今回はその後編をお届けします。

前編 「 「小泉今日子 大島真寿美作『ピエタ』の舞台化を後押ししたセリフ」

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18世紀のヴェネツィアを舞台に、『四季』で知られるイタリアの作曲家・ヴィヴァルディを取り巻く女性たちを描いた、大島真寿美さんの小説『ピエタ』(ポプラ社)。2012年の本屋大賞第3位に輝いた人気作を2023年夏に小泉今日子さんが舞台化し、話題になった。

『ピエタ』との出合いが、会社を立ち上げるきっかけになった

小泉今日子(以下、小泉) 私は舞台を手掛ける会社を作りたいと思って、2015年に「株式会社明後日」という制作会社を立ち上げたのですが、そのきっかけの1つとなったのが、大島さんが書かれた『ピエタ』との出合いなんです。2011年に小説を読んだとき、「ああ、こういう作品を舞台で作りたいな」と心から思って。だから、この作品を舞台化しない限り、最初の一歩を踏み出せないというか、会社はまだ始まっていない気がずっとしていて。だから、今年やっと「株式会社明後日」が始まった感じです。

大島真寿美(以下、大島) 舞台を見て、小泉さんはプロデューサーとしても本当にすごいなと心から思いました。穴がなかった。美術も、音楽も、役者もすべて完璧でした。それでいて、小泉さんはキャストとしても出ていて。でも、小泉さんは表に出る人だから、裏方の仕事については何も言われないじゃないですか。

小泉 そうなんです。私もエミーリアという役をやらせてもらったので、プロデューサーとしての面では褒められなくて(笑)。でも、大島さんは初日の後にしっかりとダメ出しもしてくださって。

大島 私が劇団を主宰していたので、初日を見ること=直すところはどこかな? という観点で見ちゃうんですよね。一緒に見に行った読売新聞の記者さんには「大島さん、初日にあんなこと言うかな? 僕はすごくよかったと思うんですけど」と言われちゃって。

小泉 記者さん、お優しい(笑)。でも、ご指摘はすごくありがたかったです。舞台は生き物だから、初日が開いたからといってそのまま進めればいいわけではなくて、毎日より良くするために格闘しているので。今回の舞台では、生演奏で歌もあったので、ソプラノ歌手の橋本朗子(はしもと・あきこ)さんとバイオリニストの会田桃子さんに役を演じてもらったんですよね。

大島 お二人とも役者さんではないので最初はセリフも硬くて。特に、他の役者が小劇場の達人のようなベテラン勢だから最初は差を感じたのですが、公演期間の後半に見たときはもう女優さんになっていて。橋本さんはジロー嬢が降りてきた! と思うほど。こんなにも変わるんだと驚きました。

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小泉今日子(こいずみ・きょうこ)
1966年、神奈川県生まれ。1982年に歌手デビューし、数々のヒット曲を放つ。俳優としても映画や舞台に数多く出演し、『風花』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞、『空中庭園』でブルーリボン賞主演女優賞など受賞歴多数。エッセイストとしても活躍。2015年に株式会社明後日を立ち上げ、エンターテインメント作品のプロデュースも手掛けている。

失敗を恐れず、直感で行動することも大事

小泉 橋本さんにお願いしたジロー嬢の役は「歌が上手い役者」では私は納得できなくて。どうしてもソプラノが歌える歌手の方にお願いしたかったんです。でも、私の音楽ジャンルとはかけ離れているから知り合いなんて1人もいない。だから、インターネットで「ソプラノ歌手 40代 女性」で検索して、橋本朗子さんを見つけ出しました(笑)。美しい人で、ご自分で会社をやっていたし、クラシックの垣根をどうなくすか、という考えもお持ちのようだったので、話を聞いてくださるかな、と。制作からメールしたら、いたずらかと思われたみたい。でも、直感が当たりました。大島さんも直感を信じるところがありますよね?

大島 そうですね。直感で生きているような(笑)。でも、すごく大事なことですよね。

小泉 ピンとくることって大事! でも、最近は直感を使う機会が少なくなっている気がして。スマホのせいもあるのかな。スマホは、地図も見られるし、お腹がすいたね、となればすぐにおいしいお店も探すことができるし、すごく便利。でも、私はそういうのがあまり好きじゃなくて。迷ってもいいし、間違えたら間違えたことで面白いことが起きるかもしれない。お店も、ふらっと、「あ、このお店おいしいかも」と入ってみたほうが楽しい。でも、そもそも、大島さんはスマホを持ってないですよね?

大島 あ、こんなところでばらされて(笑)。そうなんです、スマホ持っていないんです。スマホが一般的になり過ぎて、みんな失敗するのがイヤになっちゃったんじゃないかな。

小泉 そう、失敗するのが怖くなっちゃった気がしますね。「成功」だけを求めるようになって。

大島 昔はなんでも迷うのが普通だったのにね。でも、スマホがあれば、道にしてもお店にしても迷わない。そうなると、本能的に<迷うことが許されない>という怖さがある。

小泉 昔はスマホなんてないから、友達と待ち合わせしても喫茶店でも駅でも全然来ないこともあって。公衆電話はあるけど、その間に来たらどうしよう…と1時間くらい待つこともありましたよね。

大島 駅に伝言板もありましたよね。そうやって戸惑ったり、間違えたり、失敗したりすることの面白さが昔はあったと思うんです。

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大島真寿美(おおしま・ますみ)
1962年、愛知県生まれ。1992年『春の手品師』で第74回文學界新人賞を受賞し、作家デビュー。2011年刊行の 『ピエタ』(ポプラ文庫) は第9回本屋大賞第3位。『ビターシュガー』『ゼラニウムの庭』『ツタよ、ツタ』『モモコとうさぎ』など著書多数。19年刊行の 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文藝春秋) で第161回直木賞受賞。

本を読む時間もスマホに吸い取られてしまっている

小泉 スマホが出てきてからは本を読む人も少なくなりましたよね。

大島 ゆっくり本を読む時間もスマホに吸い取られてしまっているのかも…。電車の中の風景はすごく変わりましたよね。

小泉 今は皆さんスマホを手にしていますが、昔は席に座ると文庫本や漫画を開いていた人がほとんどでしたものね。読んだ後は網棚に読み終えた漫画や新聞を置いて、それをまた誰かが拾って読むとか。

大島 小泉さんも電車に乗るんですね(笑)。

小泉 乗らなかった時期もあります、アイドル時代は。でも、若い頃から「普通の人が普通にすることをする」ということを常に心がけていました。それができない自分になるなら仕事なんてやめたっていい、と思っていたほど。都内では基本的には車を運転していますが、駐車するのに時間がかかりそうだな、とか、今日は飲みに誘われそうだな、というときは普通に電車で行きます。

大島 そう、小泉さんってすごく普通の人なんですよね。表で俳優業や歌手をされている小泉さんが想像できないくらい、普段の小泉さんは“裏方の人”。それって面白いなあ、と。私よりずっと気働きができるし、アイドルだったのにアイドルっぽくない(笑)。

小泉 アイドル時代も「アイドル」の自分を別モノとして見て、プロデュースしていた感覚でしたね。アイドルならこうしたほうがいいな、衣装はこれだな、とか。

大島 やっぱりプロデューサー気質なんですね。舞台の『ピエタ』で、小泉さんはピエタ慈善院で育って、そこで働くエミーリアの役でしたよね。最初に役を聞いたときは、え、小泉さんがエミーリアなの? と驚きました。

小泉 俳優としては別の役をやってみたかったですが、プロデューサーの目からは、私はエミーリアをやるべきだと思ったんです。他の方が『ピエタ』を作ったとしたら、私は別の役をオファーされるだろうし、むしろ、絶対来ない役がエミーリアかな、と。でも、私がエミーリアをやることで、収まりがいいことが分かって。

大島 今回の舞台を見て、小泉さんはエミーリアそのものでした。

小泉 でも、いつか再演できたら、色々な役を演じてみたいです。高級娼婦のクラウディアも貴族の未亡人のヴェロニカもやってみたくて。

大島 配役を聞く前は、小泉さんはヴェロニカを演じられるのかなと思っていました。

小泉 私自身の気持ちがぴたっとくるのもヴェロニカなんですよ。私はあの孤独を知っているな、と。だからいつか舞台の『ピエタ』が再演できたら、プロデューサーの特権を使って役を一巡したい。思えば、プロデューサーをしながら俳優をやる人ってあまりいないですよね。

大島 俳優、歌手、エッセイスト…と小泉さんはたくさんの肩書があるけれど、プロデューサー業はその中でもかなり上位にランクすると思いますよ。私自身、演劇をしていたので、プロデューサーがすごく大変なのは分かっているつもり。その目から見ても、小泉さんの仕事ぶりは本当にプロでしたね。

小泉 うれしいです。2015年から株式会社明後日を始めて、最初はプロデューサー業も分からないことだらけでしたが、たくさん恥をかこうと思って。これまで色々な人にたくさん教えてもらいました。

大島 今回の『ピエタ』の舞台はまさに成功体験となりましたね。

小泉 ほんとに。舞台は成功させるのが本当に難しいと実感していますが、今回の舞台は株式会社明後日としても数少ない成功体験の1つになりました。社員たちには、「もしね、ピエタが失敗に終わったら、しばらく舞台は作らず、それぞれの場で勉強し直そう」と話していたんです。でも、満足いく結果に終わったので、また舞台に取り組めそうです。

大島 楽屋に行ったら、皆さん、楽しそうで。今回、演劇の楽しさを思い出しました。

小泉 大島さんもまた演劇やりましょうよ。私はいつか表舞台からすっと姿を消して、地元に帰って本屋さんをやりたいな、なんて思っているんです。大島さんは名古屋にいらっしゃるけど、私は神奈川の厚木で。自分の生まれ育った土地で、みんなが集まれるような小さな拠点を作って、時々、ちょっとした音楽や演劇をするとか。そういうのって楽しそうだなと思っています。そのときは、大島さんも一緒に演劇で参加してほしいです。

小泉さんによる『ピエタ』の朗読と向島ゆり子さんのヴィオラ・ダモーレの演奏も行われた
小泉さんによる『ピエタ』の朗読と向島ゆり子さんのヴィオラ・ダモーレの演奏も行われた
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文/若尾礼子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集部) 写真/山本尚侍