2025年3月に慶應義塾大学SFCを定年退職した、認知心理学者の今井むつみさん。今井さんは、同大学で専任講師として講義を担当し始めた1997年から28年にわたり、「認知心理学」の授業を受け持ってきました。その最終講義を収録した新刊『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』(日経プレミアシリーズ)から抜粋して、人間ならではの認知の特徴を解説します。1回目は「論理的思考」について。
人は基本的に「論理的思考」が苦手?
私たち人間は、「論理的な思考」が苦手です。
私も教員生活が30年近くになりますが、その中で学生さんと次のようなやりとりを何度したかしれません。
教師:この授業で単位を取るためには、最低80%の出席が必要です。
学生:80%以上出席したのに、不合格だったのは納得できません。
「最低80%の出席」というのは、「必要条件」であり、単位取得のための前提です。この前提を満たして初めて、「単位取得」の可能性が生まれます。必要条件を満たした上で、一定のクオリティのレポートを提出することなどが求められるわけです。
それにもかかわらず、毎年のように、
「80%以上出席したのに、不合格だったのは納得できない」
「80%は出席したのに、自分が単位を落としたのは何かの間違いではないですか?」
などと言ってくる学生がいます。このように言う学生は、必要条件と十分条件を取り違えてしまっているわけです。
必要条件と十分条件の区別は論理の基礎中の基礎ですが、これを優秀な大学生が平気で間違えてしまう。「論理的に思考する」というのは、実は人間にとって難しいことなのです。
裏返して確かめる必要があるのはどれ? 「論理的に」考えてみよう
もう一つ、どの大学でも認知心理学の授業でほぼ必ず紹介される、超有名な実験を紹介しましょう。イギリスのロンドン大学(当時)の心理学者ペーター・カスカート・ウェイソンが発表したものなので、「ウェイソン課題」として知られているものです。
問いにある「片面が母音なら、その裏面は偶数でなければならない」という規則が守られているかどうかを見るために、4枚のカードのうち、どれを裏返す必要があるでしょうか。
パッと見てわかる方も多いと思いますが、ここではあえて、1枚ずつ考えていきましょう。
母音の「E」を裏返すことは、誰でも思いつきますね。「E」は母音ですから、その裏は偶数でなければならないはずです。
では、「K」はどうでしょうか。「K」は子音で、子音のカードに関する規則は指定されていませんね。「K」の裏は偶数でも奇数でもいいので、裏返す必要はありません。
次は「4」のカードです。非常に多くの人が、この「4」のカードの裏面を確認する必要があると考えます。しかし、「4」のカードの裏がもし母音ならば、規則を補強することにはなりますが、もし子音であるならば、先ほどの「K」のカード同様に、その裏面は偶数でも奇数でもいいことになります。つまり、この規則のもとでは、4を裏返す必要はないのです。
最後が、「7」のカードです。このカードはどうですか? 多くの人は、このカードを裏返す必要があるとは考えません。しかし、このカードの裏が母音なら、規則は守られていないことになりますね。
つまり、正解はEと7です。しかし多くの人は「Eのカードのみ」、あるいは「Eと4のカード」を裏返す必要があると考えます。
イギリスの名門大学の学生でさえ、正答率は25%程度でした。その後、さまざまな文化圏で追実験が行われましたが、正答率は10~30%程度です。「7」を裏返す必要があると思いついた人がおよそ4人に1人以下だったということです。
私はこの「認知心理学」の授業で、28年間毎年、この問題を受講生にやってもらいました。日本でも、毎年正答率は25%程度でした。ウェイソンのもともとの実験から半世紀以上たっても、文化圏が違っても、正答率はほとんど変わらないのです。
これは古典的な論理の問題で、命題の論理的な包含関係を問う論理学の基本です。しかし残念なことに、人は一般的に―若くて記憶力が高く、優秀な大学生ですら―こういった思考が極度に苦手なのです。
長靴を履くから、雨が降る?
次は因果関係です。私たちはつねに因果関係を考えています。因果関係というのは、「原因→結果」という論理の組み立てです。「原因があって結果がある」という、すごくシンプルな論理ですね。
人間はどうやら、「なぜ?」を考えずに物事を観察することはできないようです。たとえば家から外に出たときに、地面がぬれていたとします。すると私たちはごく自然に、
「あれ、なんで地面がぬれているのかな?」
と考えます。「雨が降ったのかな?」「放水車が水を撒(ま)いたのかな?」などと、地面がぬれているという「結果」に対する「原因」を考えずにはいられません。
待ち合わせをしている人がなかなか来なければ、「なぜ?」を考えずにはいられません。
ただ、人間は因果関係の思考が得意かというと、そういうわけでもありません。因果関係を逆さに捉えてしまうようなクセがあるようなのです。2~3歳の子どものかわいい例で見てみましょう。
天気予報が雨の日は「今日は雨だから長靴履こうね」と言って、長靴を履かせていました。ある長靴を履いて出かけた日、予報通り雨が降ってきたとき、「今日は〇〇(自分の名前)が長靴を履いたから雨が降ったの?」と聞かれました。雨が降るから長靴を履いたのに、論理が逆転して長靴を履いたから雨が降ったと勘違いしたようです。
YouTube「ゆる言語学ラジオ」バタフライエフェクトさんの投稿より
この例は子どもですが、実は大人でも同じような間違いをよくしています。
たとえば、「運動を定期的にしている人に、健康診断の結果がいい人が多い」という場合、多くの人は「定期的な運動で健康になれる」と考えがちですが、そうとは限りません。実は「そもそも健康だから定期的な運動ができている」(因果関係が逆)ということもあるでしょうし、そこに因果関係はそもそもなく、相関関係であって、単に時間的にシンクロしながら起こっている、つまり共起しているにすぎないということも考えられます。
ほんとうの因果関係なのか、「風が吹けば桶屋(おけや)が儲(もう)かる」なのか
実は、本物の因果関係を見つけるのは、すごく難しいことです。この世の中で、一見因果関係のように思われていることの中のとても多くは、疑似相関ではないかと思います。まずは、疑似相関がどのようなものか確認しておきましょう。
気温の高い日が続くと、ビールが売れます。「暑いから1杯」やる人が増えるからです。1杯のつもりが、2杯、3杯となり、消費は増えます。
同様に暑い日が続くと、海難事故が増えます。これは海や川で遊ぶ人が増えるからです。
この暑さの影響から生じる2つの事項を組み合わせて「ビールの消費が増えると、海難事故が増える」と勝手に因果関係を読み取ってしまうのが、疑似相関です。これは私たちが往々にして陥る思考のミスです。これは単なる疑似相関で、本物の因果関係ではありません。もしそうなら、海難事故を減らすために、ビールを規制しなければなりません。
私たちは、要因A(気温が高い)が、結果B(ビールの消費が増える)と結果C(海難事故が増える)に影響を与えているにもかかわらず、結果Bと結果Cとの間に因果関係を見いだしてしまいます。
◯ 気温が高い → ビールの消費が増える
◯ 気温が高い → 海難事故が増える
× ビールの消費が増える → 海難事故が増える(疑似相関)
ビールと海難事故の関係であれば、疑似相関と見抜くことは簡単かもしれません。
しかし、なかなか見抜きにくいものもあります。その典型が、拙著『
何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策
』(日経BP)で取り上げた「親の蔵書が多いと、子どもの成績が上がる」であり、また「朝ご飯を食べると、成績が上がる」でしょう。
「朝ご飯を食べると、成績が上がる」は、ウェブなどでまことしやかに語られています。実際、調査をすると、「朝食を毎日きちんと食べている子ども」は「成績が上がる」という結果が出るかもしれません。すると多くの人は、
朝ご飯を食べる → 成績が上がる
という因果関係だと思ってしまいます。しかし、冷静に考えてみれば、そうとはいえないことがわかります。子どもが毎日朝食をとる背景には、より整った家庭環境や健康な身体などがあると考えられます。
ですから、家庭環境が整わないままで子どもに朝食をとらせることだけを徹底しても、子どもの成績は上がらないはずです。とにかく何か朝に食べさせればいいとばかりに、菓子パンやスナック菓子などを用意するのも同様です。こうした間違った思い込みによる行動はときに、思っていた効果とは逆方向の結果につながってしまうことさえ、あるかもしれません。
一方で、普段しっかり朝食をとっている子どもが、何か事情があって1日だけ朝食がとれなかったとしても、成績に大きな影響がないだろうことは想像に難くありません。
このように、朝食と子どもの成績は疑似相関の可能性が高いのですが、朝食の有無はアンケートで尋ねやすく、またわかりやすいということもあり、いろいろなところで語られ続けています。本来は朝食の有無が成績に関係するのではなく、その背後にある親の考え方や家庭環境、子どもの健康状態が、子どもの学力に関係しているのです。
私たちは、日頃からごく自然に「なぜ?」を考える思考をします。しかしときに(というより頻繁に)勘違いをして、決めつけているのです。
この世の中に、因果関係が断定できるものは、実はとても少ないかもしれない。そう知っておくだけでも、疑似相関を因果関係だと勘違いしてしまう危険性を下げることができるのではないでしょうか。
今井むつみ著/日本経済新聞出版/990円(税込み)



