「地方自治体とは何か?」と聞かれても、なかなか答えられません。しかし、「あなたの『住所』です」と言われれば納得できます。では自治体は何をやっているのでしょうか? 銀行員、大学教授から故郷に帰って市長となった著者による日経プレミアシリーズ『役所のしくみ』(久保田章市著)から抜粋・再構成して解説します。
住民と地方自治体の一番の関係は「住所」
役所には○○省などの中央官庁もありますが、「地方の役所」もあります。地方の役所には、市役所や町村役場のほか、都道府県庁があります。これら市町村や都道府県を、一般に「地方自治体」と言います。
地方自治体は住民にとって大変身近な存在です。そして地方自治体と住民との関係で、一番にあげられるのは「住所」です。
皆さんのお住まいには住所があります。住所があるから郵便や宅配便が届きます。旅館やホテルに泊まる時には、宿泊カードに名前と住所を記入します。進学や就職で、あるいは旅先で出会った初対面の人との会話は、住所の話題から始まることが多いと思います。
「ご出身はどちらですか?」「お住まいはどこですか?」と聞かれ、「○○県の△△市です」と答えます。相手が「△△市には知り合いがいます。お魚のおいしいところだそうですね」と言えば、「そうなんです。ノドグロがお勧めです」と答え、会話が弾みます。
住民と地方自治体との関係の第一が住所だと言われると、「えっ?」と思われるかもしれません。皆さんもこれまで様々な場面で、何度となく住所を書いたと思いますが、その際、ほとんどの人は地方自治体を意識したことはないと思います。でも、住所にある「○○県」や「△△市」は、まさに住民の皆さんが住んでいる地方自治体のことなのです。
教育、上下水道、道路…様々な行政サービス
関係のもう1つは、住民は地方自治体から様々な「行政サービス」を受けていることです。結婚したら、役所に婚姻届を提出します。すると役所は戸籍や住所の変更などの手続きを行います。最近は、結婚したカップルに祝い金を支給する自治体も多くあります。妊娠が分かったら、役所に妊娠届を提出します。すると役所は、母子健康手帳を交付します。この手帳に母と子の健康記録を記入してもらい、保健指導の参考にします。赤ちゃんが誕生したら、応援金を支給する自治体もあります。
多くの自治体は、独自の子育て支援策にも力を入れています。保育所を整備し待機児童をゼロにする、保育料の無償化を行う、給食費の無償化の対象を小中学生まで拡大する、子ども医療費の無償化の対象を高校生まで拡大する、などです(これらは、すべての自治体で行われているわけではありません)。国が行う支援策を地方自治体が行っているものもあります。児童手当や児童扶養手当の支給事務は、地方自治体が行っています。
教育も地方自治体の重要な仕事です。公立小中学校の大半は、市区町村が運営しています。学校給食も提供しています。住民の生活に欠かせない水道水の供給、下水道の管理・運営、家庭ゴミの収集、市道や町道の管理なども地方自治体による行政サービスです。このように、地方自治体は住民にとって、大変身近な存在です。
憲法が定める地方自治体の役割
国が行う政治に対して、地方で行われる政治を「地方自治」と言います。この地方自治を担うのが「地方自治体」で、法律用語では「地方公共団体」と言います。国の政府に対して「地方政府」と言うこともあります。この3つの言葉、ほぼ同義語です。
地方公共団体の基本的事項を規定しているのは日本国憲法です。1947年5月3日施行の日本国憲法第8章「地方自治」には、「地方公共団体の組織や運営に関する事項は地方自治の本旨に基づいて法律で定める」とあります(憲法92条)。この「地方自治の本旨」には、「住民自治」と「団体自治」の2つの要素があると考えられています。
住民自治は「住民が、自分たちの自治体のことは自分たちで決める」ということ、団体自治は「国から独立した団体である自治体が、団体の権限と責任において地域の行政を行う」ということです。
憲法には、地方公共団体には議事機関として「議会」を設置しなければならないことや、「地方公共団体の長」や「議会の議員」は地方公共団体の住民が直接、選挙しなければならないことなどが規定されています(憲法93条)。
また憲法は地方公共団体の機能も規定しています。(1)財産の管理、(2)事務の処理、(3)行政の執行、(4)条例の制定の4つの機能があります(憲法94条)。
(1)の財産管理は、地方自治体が所有する不動産、動産などを管理すること、(2)の事務処理は、地方自治体が行うべき事務を処理すること、(3)の行政執行は、いわゆる「行政処分」と言われるもので、法律や条例に基づいて国民に権利を与えたり義務を負わせたりすることです。(4)の条例制定は、地方自治体の行政運営上、大変重要です。
地方自治の細部を定める地方自治法
憲法の下、地方自治について細かく決めている法律が「地方自治法」です。地方自治法は憲法と同時に施行されました。制定当初は中央集権的色彩が強くありましたが、1990年代後半から地方分権の議論が高まり、99年、地方分権改革を織り込んだ地方分権一括法が公布され(施行は2000年)、それに伴い大改正が行われました。その後、何度かの改正があり現在の地方自治法となっています。
地方自治法は様々なことを定めています。例えば、地方公共団体の役割については、「住民の福祉の増進を図ることを基本とし、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する」と規定しています(地自法1条の2)。
「住民福祉の増進」というのは、住民の幸せ(=福祉)の向上や地域を豊かにすることを意味しています。大前提として、災害などから住民の生命、財産を守らなければなりませんが、これらも重要な役割です。
地方自治法は、地方自治体が行う事務も定めていますが、99年の大改正で大きく変わりました。それまで、地方自治体には、「機関委任事務」という、「国に代わって行う」事務がありました。従前の都道府県事務の約7~8割、市町村事務の約3~4割を占めていました。しかし、この事務は、「地方自治体が国の出先機関となり、憲法に言う地方自治の本旨に反する」という議論もあって法律改正時に廃止されました。
改正された地方自治法では、「法定受託事務」と「自治事務」に整理されました(地自法2条8項、9項)。法定受託事務は、「本来、国が果たすべき役割に係る事務」で、具体的には、国政選挙、旅券(パスポート)の交付、国勢調査、国道の管理、戸籍事務、生活保護などです。一方の自治事務は、「法定受託事務を除いたもの」です。具体的には、介護保険や国民健康保険の給付事務、都市計画の策定、公共施設の管理、飲食店の営業許可、病院・薬局の開設許可などです。
条例は独自に制定される法規
地方自治法は条例についても規定しています。条例は、憲法で認められた「地方自治体が独自に制定することができる法規」です。国には法律がありますが、地方自治体にとって、法律的な意味合いを持っているのが条例です。条例は、国が定める法令の範囲内で、地域の実情に応じて制定することができます。
条例は、「案」が地方議会に提出されたあと、議会での議決を経て成立します。条例案を提出できるのは地方公共団体の長、議会、住民の3者です。このうち議会と住民には、提出に条件があります。議会は、議員定数の12分の1以上の賛成で条例案を議会に提出できます(地自法112条2項)。住民は、選挙権者の50分の1以上の連署を集めることで、地方公共団体の長に対して条例制定が請求できます(地自法12条、74条)。
条例にはいくつかの種類があります。代表的なものの1つは「法律の規定に基づく条例」で、法律において条例で定めることとされているものです。例えば、公の施設の設置条例、附属機関の設置条例、行政組織条例、自治体職員の定数条例、手数料や使用料等に関する条例、議員報酬に関する条例などで、一般に条例の中で最も多く、私が市長を務める浜田市(島根県)の場合は約280本あります。提案者はすべて市長です。
もう1つは、「任意的条例」と言われ、地方自治体の政策等に基づいて制定されるものです。浜田市では、市長提案として、情報公開条例、協働のまちづくり推進条例、人権を尊重するまちづくり条例、男女共同参画推進条例などがあります。また議会提案では、議会基本条例、議員定数条例、政務活動費に関する条例、認知症の人にやさしいまちづくり条例、地産地消条例、地酒で乾杯条例などがあります。この任意的条例、浜田市では約40本です。
久保田章市著/日本経済新聞出版/990円(税込み)

