働く女性に支持され続けている『日経ウーマン』で、27年も続く連載「妹たちへ」。キャリアに迷い、人生これでいいのかと悩む女性たちから圧倒的な支持を得てきました。その名物連載が、15年ぶりに単行本『
一歩が踏み出せなかった私へ
』として登場。雑誌掲載当時の語りを1冊にまとめた、20人の“姉”からのエール集です。今回はコラムニスト、ラジオパーソナリティーのジェーン・スーさん編の第1回。1回目は、「普通」に憧れ、もがきつづけた学生時代を振り返ります。
(本連載は、書籍『一歩が踏み出せなかった私へ』に収録されている内容の一部を抜粋してお届けします)

何をしても、「普通」に収まれず、はみ出してしまう
家族も、自分も、特別なことが何もないことがコンプレックスだと言う人の話を聞いて、度肝を抜かれたことがある。彼女はとても普通で幸せそうに見えたから。
この国では、平均的とか多数派とかの意味で使われる「普通」。そこに収まっていることは、何よりの安全だ。はみ出せば、朝の通勤電車で、ふと開いたSNSの画像で、友人との他愛ないおしゃべりで、駅ビルに入っているアパレルショップの試着室で、売れ筋ランキング第1位のリップグロスを塗った鏡の前で、同僚がふと語った家族の話で、自分がはみ出していることを突きつけられる。本当に、そんなことを望んでいるのだろうか。
私はずっとはみ出してきた。はみ出す自分を恥ずかしく思い、多数派に収まることを渇望しながら、同時に、それほど特別とは言えない自分をジメジメした気分で俯瞰(ふかん)する。正直に言えば、30代半ばまではそうだった。
幼稚園に入る前から、ひときわ体の大きな子。背も高く、肉づきもよい。当時の写真を見て心の底から愛らしいとは思えるものの、平均的かと問われれば、首を横に振るしかない。逆上がりから始まり、普通の人が普通にできることが普通にできないことに悩まされた。年を経るごとに、はみ出す要素がどんどん増えていく。雑誌に載っている服も髪形もメイクも、どれもこれもが似合わない。足が大きくて靴がない。歌を歌えば声が大きい。面白いことは言えるが、つまらない人の話を楽しそうに聞くことができない。みんなが夢中になるJ ポップにもハマれない。
世の中に用意された楽しみの半分くらいしか享受できていないのは自分のせいだ。小学校に入っても、中学生になっても、高校・大学と進んでも、いつまでたっても私は平均的普通の範疇に入れなかった。それは、私が望む「特別」とはおよそかけ離れたはみ出し方だった。
私が望んでいた「特別」は、普通軍団の上位に入ることだ。普通のチェックボックスをすべて満たした上で、普通ヒエラルキーのトップ集団に属する。加えて、少しだけみんなとは違う特別なことをしている状態。ギョッとされない程度の個性。なんて浅ましい考え。
確かに浅ましかったが、普通軍団のトップ集団に属する、ちょっと他とは違う人は皆「輝いている」と評されるんだから仕方がない。誰だって、輝きたいと思うもの。正確には、輝きたいと思い努力することが正常だと、刷り込まれているだけなのだけれど。
今の時代になぞらえるなら、多数派と同じ肉体を持ち、平均以上の大学を卒業し、会社員時代に結婚・出産を経て、聞くに堪え得る苦労話をいくつか手に入れた後、世間が「女性ならでは」と納得しやすいジャンルの仕事で独立し起業した女性。もしくは、「男性優位といわれた業界」で立身出世した女性。
顔を見ずとも、スペックを箇条書きにしただけで輝きがまぶしい。そういう人の話を聞いて、読んで、あなたはうっとりしたことがないだろうか。うっとり憧れた後、ふとわれに返ってぐったりうなだれたことはないだろうか。長い長い間、私はそういう偶像にとりつかれていた。ティーンに足を踏み入れたあたりから、偶像は次から次へと用意されていたから。ほら、これが正解ですよと。
平均的普通と自分との比較に多くの時間を費やしたことは、全くもって無駄だったとは思う。けれど、無駄に気づけなかった自分を責める気にはなれない。経験しなければたどり着けない答えが、残念ながらこの世にはたくさんたくさんある。
自分に自信がない、適切な自尊感情を持ちたい、自分のことを好きになりたい。そう思いながら横並びの女たちをチラチラ眺めている限り、私は自分に自信が持てなかった。同時に、横並びの女たちも同じように悩んでいたことなど、まるで気づけもしなかった。
平気な顔をしながら「あなたの普通がうらやましい」
はみ出す自分を憎々しく思いながら、はみ出しに自負もあった。仕切ったりまとめたりが他の人より上手と言われること。ヒップホップが好きなこと。人より体に厚みがあること。それらは後に、アイデンティティーの核となるものだ。しかし、当時の私にとってはあくまで自分のなかの出来事。他者から評価されると、少し鼻を膨らませた後に「でも、私は普通のチェックボックスを満たしていないから…」と鏡の前で尻込みする。
大学時代、アメリカの大学に1年間留学した。これぞ、私が望む「少しだけ特別」なイベント。しかし、私が手に入れた経験は、行く前の予想とは全く異なるものだった。アメリカで、私は生まれて初めて埋没できた。どんなに自由に振る舞っても、はみ出すことがない。そりゃアジア人だし英語も堪能とは言えないマイノリティーだ。嫌な思いをしたこともある。しかし、平均的普通とは異なる自分をまざまざと見つめさせられるような出来事は、1つも起きなかった。周りと比べて、自分だけ違うことに気まずくなることもなかった。集団に埋没することが、こんな安心感をもたらすとは。私はこんなにも、普通になりたかったのか。
当然、アメリカにはアメリカの普通がある。あるべき姿とされる理想像もある。だが、日本のそれと比べたら、容姿や振る舞いひとつ取っても幅が広い。今はもっと広くなっている。
20歳そこそこだった私は、「アメリカは私にとって居心地が良い」で理解を終えてしまった。自分が生まれた国では、かなり狭い範囲の「普通」が当然のこととしてまかり通っているというところまで、理解を進められなかった。
帰国して、以前にも増してはみ出してしまった自分に気づく。寛容な親にまでギョッとされることが数回あった。おっと、これはよろしくない。私はまた、大きな体と自意識を小さな日本サイズの箱に押し込める努力をした。箱はうんと小さいので、手足を折り曲げたり背中を丸めたりでぶざまになる。背中にびっしょり冷や汗をかきながら、精いっぱいニコニコする。
当時の友人で今は付き合いがなくなった人たちは、私がこんなことを考えていたとは思いもしないだろう。あなたは思う存分好き勝手にやっていたじゃない、とあきれられるかもしれない。知らなくて当然だ。そんなジメジメした感情、おくびにも出さなかったのだから。
振り返ると、平気な顔で生活しながら、私は私の振る舞いや言葉で、周囲の人間を傷つけてきただろうなとも思う。悪意はないが、私だって悪意のない振る舞いに散々傷ついてきたのだから、自分も同じことをしてきたに違いない。
特別なことが何もないことに悩んでいたあの子は、今どうしているだろう。私はあのとき、喉から手が出るほどあなたの普通が羨ましい、と言えなかった。伝えられていたら、今も付き合いは続いていたかもしれない。
果たして、彼女は本当に「普通」だったのか。あんな狭い箱に、すべてが収まる人などいるのだろうか。私は彼女の何を知っていたのか。
日経WOMAN編集部編/日経BP/1980円(税込み)

