働く女性に支持され続けている『日経ウーマン』で、27年も続く連載「妹たちへ」。キャリアに迷い、人生これでいいのかと悩む女性たちから圧倒的な支持を得てきました。その名物連載が、15年ぶりに単行本『一歩が踏み出せなかった私へ』として登場。雑誌掲載当時の語りを1冊にまとめた、20人の“姉”からのエール集です。今回はビューティ・ライフスタイルデザイナーの藤原美智子さん編の第3回。40代で日々のストレッチと朝型生活を取り入れ、50歳になってからランニングをはじめて結婚もしました。そろそろ人生を楽しんでもいい頃かも、と思ったのだそうです。(本連載は、書籍『一歩が踏み出せなかった私へ』に収録されている日経ウーマンの記事から一部を抜粋してお届けします)


藤原美智子
ビューティ・ライフスタイルデザイナー
藤原美智子 ふじわらみちこ/秋田県生まれ。ヘアメイクアップアーティストとして、美しさを自然に引き出すメイクで美容界を牽引。2017年に美や衣食住に関するプロダクトを扱う「MICHIKO.LIFE」を立ち上げ、ライフスタイルの提案を行う。その後、2022年に42年間のヘアメイクアップアーティストとしての活動に幕を下ろし、1992年に自身が設立したヘアメイクオフィス「ラ・ドンナ」の活動も終了。現在も執筆や講演、SNS等を通じて、美やライフスタイルの提案を続けている。Instagram@michiko.life 写真/神戸健太郎

 いくつになっても、変化を恐れない柔軟さを持ち続けたい。そのためには、「体も心も固めない」ことが、大人になるほど必要──。私はそのことを、日課のストレッチで体をほぐしていくなかで感じました。そして、46歳で朝型生活に変え、「太陽とともに起きて寝る」生活が目標になると、時間の使い方も暮らしも無駄なく、シンプルになっていきました。今も朝は5時に起き、夜は22時までに就寝する生活です。

40代からのストレッチで体が柔らかく

 ストレッチを始めて3年ほどたった頃、女性誌で「体験したいことに挑戦する」というテーマの連載をすることになりました。1回目は、子どもの頃に憧れていたバレエに挑戦することに。すると、先生が「体が柔らかいですね」と褒めてくださったんです。私のやる気を引き出すためだったと思いますが、ストレッチを続けたおかげで、硬かった体が、お世辞でも柔らかいと言ってもらえるくらいになっていることがうれしかった。「いくつになっても自分は変えられる」ことを、改めて実感した瞬間でした。

 体と向き合ってきた私が、50歳ではまったのがランニングです。きっかけは、「ランニング初心者が、8カ月でニューヨークシティハーフマラソンに出場するまでを本にする」という企画。引き受けたのはいいけれど、ストレッチしかしていなかった私は、トレーニング初日に30mも走れなかった! とにかく完走できるように頑張るしかないと、必死で練習するうちに、走れる距離が少しずつ延び、走ることが気持ち良くなっていきました。そして無事、ハーフマラソンを完走!

好きなことを続けて成功体験、自信に

 「継続は力なり」という通り、地道に続けていれば実力がつき、つらさが楽しさに変わるときが来る。迷いがあるなら、好きなことを何か1つ、意地でも続けて成功体験をつくってみると、自信につながるような気がします。

 バレエやランニングのように、私はやってみたいことを仕事にして実現してきました。そうすれば、三日坊主の私でも、続けざるを得なくなるからです。

 事務所を立ち上げた34歳から講演の仕事を受け始めたのは、カジュアルな格好ばかりしている自分を反省し、「きれいな格好をせざるを得ない状況をつくろう!」と思ったから。また、ブログがはやる前、会員制のホームページの記事を書くことになり、美容だけでなく、ファッションや映画、本、音楽や料理なども取り上げたのですが、それも、仕事にすれば「忙しいから知らない」という言い訳はできなくなるから。こうして自分のお尻に火をつけては、日々の忙しさに流されないようにしていました。

「やってみたいことを仕事にして実現すると、日々忙しくても続けることができました」
「やってみたいことを仕事にして実現すると、日々忙しくても続けることができました」
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 結婚願望は全くありませんでした。仕事も、自由気ままなひとりの生活も楽しかったし、若いアシスタントを育てることが子育てみたいなものでしたから、子どもが欲しいと思ったこともなかった。そんな私が50歳で結婚したときは、随分と驚かれたものです。「仕事一筋の藤原さんでも結婚するんだ」「50歳でも結婚できるんだ」という、諦めと希望が入り交じったような祝福をいただきました(笑)。

「そろそろ人生を楽しんでもいい頃かも」

 3歳年上の夫とは、48歳のときにパーティーで出会いました。とは言っても、初対面のとき、私はただの酔っ払い。後日、彼は食事に誘ってくるようになったのですが、それは私を「面白い人だなぁ」と思ったからだそう(笑)。

 実は、出会う前の年に思ったことがあるんです。「仕事第一で来たけれど、そろそろ人生を楽しんでもいい頃かも」と。そのためには、結婚もいいかな、一緒に生活を楽しめる人がいいなって。それが彼だったという訳です。

 結婚を後押ししたのは、8年間一緒に暮らした愛犬のアデラの死でした。当時付き合い始めたばかりの彼が、動物病院に連れていってくれ、一緒に看取(みと)ってもくれて。頼りになる人がいるっていいなと思ったことが、大きなきっかけとなりました。

 今、週末は静岡・下田の、海のそばのウイークエンドハウスで過ごしています。東京の生活は、以前よりもミニマムに。下田では2人で、海岸で犬の散歩をしたり、野菜を育てたり、料理をしたり……と、シンプルライフを満喫しています。

週末は海のそばのウイークエンドハウスで。海岸で犬の散歩をしたり、野菜を育てたりして過ごす
週末は海のそばのウイークエンドハウスで。海岸で犬の散歩をしたり、野菜を育てたりして過ごす
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大人婚は相手の価値観を受け入れる

 50歳を過ぎての“大人婚”だと、それぞれの生活スタイルを変えることはなかなか難しいもの。最初は、互いの価値観を押しつけ合い、もめることもありました。でも、それでは心地よくない。相手の価値観を受け入れて自分も変わりながら、一方では、彼を“さりげなく誘導”も(笑)。

 例えば、彼は料理好きですが、料理が出来上がる頃にはいつもキッチンに洗い物がてんこもり。そこで、「私、後片づけのことが気になってゆっくり食事できないから、先に片づけていい?」と言いながら、洗い物をするんです。それを繰り返すと、「片づけないと食べない」と分かったらしく、彼は片づけをしながら料理をするようになりました。言葉で否定するのではなく、行動で示してみると、意外と伝わるものだなと思います。

仕事を続けてきたからできることが広がった

 20代、30代で仕事に没頭し、40代で体を解放。そして50代で生活を楽しむようになり、改めて、「女性を内面から輝かせたい」という思いを新たにしました。メイクだけでなく、仕事やファッションや食事、考え方や思い、すべてが美をつくる。私が試行錯誤しながら見つけた美・衣・食・住のコツを、女性が自分の美しさと向き合えるような具体的な生き方=ライフスタイルとして提案していきたいと考え、2017年、大人のためのライフスタイルブランド「MICHIKO. LIFE」を立ち上げました。私の肩書は、「ライフスタイルデザイナー」。そう名乗れるようになったのは、大人としての余裕がようやく出てきたからかもしれません。

 (写真:One/stock.adobe.com)
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 40年近い仕事人生で、先のことを考える余裕もなく、必死で日々を積み重ねていくうち、できることが1つから2つ、3つ……と、増えていきました。何事も三日坊主だった私が、仕事だけは続けてきたからこそ、できることが広がっていった。続けていなければ何も身に付かず、自信も生まれず、何をやっても「何か違う」と、自分探しの迷子になっていたことでしょう。

階段を上がると、見える景色が変わる

 美しさも人生も、1日1日の積み重ねが大事。だから、25~26歳までは1週間以上先のことは考えず、目の前の仕事に必死で取り組んでみてほしいのです。その後、「今のままの自分でいいのだろうか」と考える時期が来たら、「本当はどうしたいのか」を自問し、悩み続けるくらいなら、まずは大事にしたいことを1つ、やり続けてみてください。そうして少しずつ階段を上がると、見える景色が確実に変わるし、思ってもみない世界や人生が待っていることもあるから大丈夫よと、20歳の自分に教えてあげたいです。

 2017年に、生まれた年から始まる「100年カレンダー」を買いました。100年といっても紙1枚に収まる程度で、意外に短い。あっという間に過ぎゆく人生だからこそ、これからも自分の人生を楽しくデザインしていきたいと思います。いつでも「今の自分が一番」と言えるように。

取材・文/松田亜子 イラスト/すぎやましょうこ

日経WOMAN2018年8月号の記事を再構成]
働く女性に支持され続けている『日経ウーマン』で、27年も続く連載「妹たちへ」。キャリアに迷い、人生これでいいのかと悩む女性たちから圧倒的な支持を得てきました。その名物連載が15年ぶりに単行本として登場。雑誌掲載当時の語りを1冊にまとめた、20人の“姉”からのエール集です。

日経WOMAN編集部編/日経BP/1980円(税込み)