これからの未来、人間は身体的な能力だけでなく、脳が持つ能力をもAIやロボットに置き換えていく。多様な体の形を選択できるようになった人間は、爆発的な進化を遂げるだろう。大阪・関西万博シグネチャーパビリオンのプロデューサーでロボット工学の第一人者、大阪大学の石黒浩教授が解説。『いのちの未来 2075 人間はロボットになり、ロボットは人間になる』(石黒浩著、大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの未来」クリエイティブチーム編/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
機械の体がもたらす多様性
前回 「石黒浩 人間は機械の体を手に入れ、新しい人類が生まれる」 で述べたように、新しい人類がAIやロボットと融合して生まれることは、科学技術の発展の延長線上にある、人類の機能拡張の結果であるとともに、そのことによって、人類が大きな進化のきっかけを得ることになる。
その進化に必要なものは、多様性である。AIやロボットはどのような多様性をもたらすのであろうか。それは、生身の身体からの解放である。
脳をコンピューターに置き換えることができれば、その中の情報を様々なロボットにダウンロードしながら、様々な体を使って活動することができる。
現在、AIが進歩する一方で、脳とコンピューターを繋(つな)ぐブレインマシンインターフェース(BMI)の技術も盛んに開発されている。近い将来、脳の機能を外部のコンピューターで置き換える技術も開発できる可能性がある。無論、脳の全ての機能を置き換えることは難しいが、いくつかの機能は置き換えられるだろう。また、脳に埋め込むコンピューターの開発も進んでいく。そうすれば、脳の重要な機能をコンピューターでそのまま置き換えられる可能性が出てくる。特に部分的にロボットの体を持つ新しい人類にとっては、非常に重要な技術となる。
すなわち、人間は、二本の腕、二本の手足、一つの頭という今の肉体的制約から解放されて、状況や目的に応じて、自由に体を選択できるようになる。空を飛びたいときはドローンの体を用い、道を早く移動したいときは車の体を用いる。人と話をしたいときは人間らしい体を用いるというように。
人類は新たな進化を遂げる
このようにして、体の制約から解放されると、人間の姿かたちは非常に豊かな多様性を持つようになる。この爆発的な多様性によって、人類は、新たにカンブリア爆発的な進化を遂げるかもしれない。
無論、この多様性に支えられた進化は、生物進化のメカニズムである。生物は、遺伝子によって多様な個体を生み出すことで、例えば、昆虫のように、完全な観測が不可能な環境や、予測不可能な環境変化に適応してきた。機械でできた体を持つ人間も同様の環境適応の方法、進化の方法を取るのであろうか。生物とは異なり、個体を少しずつ改良しながら、適応していくという方法で進化するかもしれない。
ただ、そうした場合にもどこかで、未知の問題に対して探索的に対応する必要は出てくる。その探索的な対応においては、多様性で対応しなければならない。故に、多様性をどのレベルで確保するかは別として、進化のためには多様性は重要なのである。
現在、社会ではダイバーシティとインクルージョンの重要性が問われている。そもそもこれらが重要だとされる背景には、差別がある。差別をなくし、いろいろな人を認め、受け入れ、共に活動しようというのが、ダイバーシティとインクルージョンの目的である。
人間が肉体の制約から解放されれば、このダイバーシティとインクルージョンもかなり実現される(ダイバーシティとインクルージョンには、一般的な差別問題以外にも、年齢の違い、宗教や信条の違い、文化的背景の違いなどを認め合うという意味もある)。ほとんどの差別は生身の体に起因する。肌の色が違う、目が見えない、足がないと人は人を差別してきた。その生身の体を自由に機械の体に置き換えられるようになれば、真のダイバーシティとインクルージョンがかなりの部分で実現できる。
無論、その後には、新たな差別が生まれる可能性がある。より優れた機械の体を得ることができる者と、できない者の間には差別が生まれる可能性がある。しかしその差別も、さらなる科学技術の進歩で克服されていくと期待される。
石黒浩著、大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの未来」クリエイティブチーム編/日本経済新聞出版/2750円(税込み)


