これからの未来、人間は身体的な能力だけでなく、脳が持つ能力をもAI(人工知能)やロボットに置き換えていく。人間とAI・ロボットとの境界は次第に消え去り、機械の体を手に入れた人間は、生物から無生物に戻っていくだろう。大阪・関西万博シグネチャーパビリオンのプロデューサーでロボット工学の第一人者、大阪大学の石黒浩教授が解説。『いのちの未来 2075 人間はロボットになり、ロボットは人間になる』(石黒浩著、大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの未来」クリエイティブチーム編/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

人間は無生物から生まれ無生物に戻る

 前回 「石黒浩 人間とAI・ロボットの境界は消える」 で述べたように、どうして人間とAIやロボットとの境界はなくなろうとしているのであろうか。無論それは、進化のためである。AIやロボットによって、人間はもっともっとその能力を拡張しようとしている。そして、もっともっとAIや機械の体を自ら受け入れようとしているのである。そして人間はいつしか、全員ではないがその一部の者は、完全な機械の体を手に入れていく可能性がある。

 このことが意味することは、人間は無生物から生まれ、無生物に戻ろうとしているということかもしれない。

 45億年前に地球が誕生した。そこから、10億年が経(た)ち、有機物、すなわち生物が誕生した。それから34億年以上経過した、たった500万年前に人類が誕生した。このことは、長い地球の歴史においては、つい最近のように思える。

無生物に戻る人間
無生物に戻る人間/(出所)石黒浩
(出所)石黒浩
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 そして現在その人間は、生物的な体を持たなくとも人間性を失わないことを、社会の中で確認し、科学技術によってさらなる進化を成し遂げようとしている。

 ロボットのような無生物の機械の体は、非常に頑健である。人間の体のように、放射線などで簡単に破壊されることはない。人間は、無生物の機械の体になることで、より長く、より広い世界で生きていくようになる。

生物が存在した理由

 ならば人間にとって肉体とはどのようなものなのであろうか。私、石黒はこれについて一つの仮説を持っている。その仮説とは、肉体は人間の進化を加速させるための、一次的な手段にすぎないというものである。人間はたまたま生物として生まれ進化発展してきた。しかし、生物だけが進化できるものではないだろう。宇宙には生物以外の手段で進化発展しているものが存在する可能性がある。

 たまたま地球では生物が生まれ、その生物が他のものよりも早く進化発展してきたのである。タンパク質で作られた肉体とその遺伝子の仕組みは、環境に適応しやすく、地球環境の中で、人間に急速な進化をもたらした。

 ただ、一方でその複雑な分子構造は壊れやすく、長期に維持することが難しい。タンパク質で構成された生物全ては、金属で構成された無生物などに比べると、比較的寿命は短いのである。特に放射線などには非常に弱い。

 人間が今後さらに進化発展するには、その活動範囲を地球上から宇宙に拡げていく必要がある。

 進化とはより広い環境に適応することである。しかしながら、今のタンパク質で構成された体では、宇宙に活動を拡げていくことは容易ではない。無論、宇宙船などを造れば今でも宇宙で活動できるが、常に放射線などの危険にさらされることになる。より高い環境適応性を獲得するには、体を機械化したり、または、宇宙船と一体化できるようになったりする必要があるだろう。

 いずれにしろ、より高い環境適応性を獲得するために、我々人間は科学技術によって、身体を進化させようとしており、そのために、AIやロボットの技術に惹かれているのだと思う。そう考えれば、今の我々のタンパク質で構成された生身の体は、人間の知能化を地球上で促進するための一次的な体だといえよう。

石黒浩氏がプロデュースした大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの未来」では、機械の体を手に入れた人間の姿が見られる(写真:©FUTURE OF LIFE/EXPO2025)
石黒浩氏がプロデュースした大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの未来」では、機械の体を手に入れた人間の姿が見られる(写真:©FUTURE OF LIFE/EXPO2025)
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今なお進化する人間

 人間の進化は今後もさらに続いていく。今まさに我々は進化の途中にある。

 忙しく日常生活を送っていると、このことを忘れがちだし、そもそも実感することはなかなか難しい。しかし、今社会で起こっていることを注意深く観察すれば、それは進化の兆しかもしれないと気付くことがある。

 近年のAIやロボット技術の急速な発展が、人間の能力を格段に拡張したことは間違いない。新しい様々な薬の発明は、人間の寿命を大きく延ばしている。これらは明らかに人間の進化である。

 では、この人間の進化の先には、どのような新しい人間が生まれるのであろうか。人類が哺乳類や類人猿から進化してきたように、今の人類から、新しい人類が生まれる可能性がある。そしてその人類は、生物進化のメカニズムだけで生まれるものではなく、科学技術によって生まれる可能性がある。AIやロボットを融合し、非常に長い寿命と、宇宙における高い環境適応性を持つ、そのようなものが新しい人類として生まれてくる可能性があるのである。

人類の進化
人類の進化/(出所)石黒浩
(出所)石黒浩
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 ここで重要なのは、その新しい人類と今の人類は、おそらくほとんど争わないということである。人類と類人猿とが争わないように、新しい人類と今の人類も激しく争い合うことはないだろう。その理由は、価値観が大きく異なることにある。何を大事にして、何を得たいのか、おそらく、新しい人類と今の人類では、日常の生きる目的が異なってくる。進化とはそうした根本的な価値観の違いを生み出すものでもある。

 その価値観の違いは、科学技術に関する力の差からも生まれる。新しい人類が世界を支配していても、今の人類はそれが支配であるかどうかに気が付かない可能性がある。現在の我々は、誰もが無意識にインターネットの技術をふんだんに使って生活を営んでいる。しかし、インターネットに支配されているとは感じていない。おそらくはそうした違いによって、新しい人類と今の人類の間には、争いが生まれにくくなる。

大阪・関西万博シグネチャーパビリオンのプロデューサーでロボット工学の第一人者、大阪大学の石黒浩教授が50年後の人間・社会・文化・技術を考察する未来予測本。大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの未来」公式ブック。

石黒浩著、大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちの未来」クリエイティブチーム編/日本経済新聞出版/2750円(税込み)