2500年の間、偉人たちに読み継がれ、今なお絶大な影響力を誇る名著『孫子』。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏やソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏など世界のリーダーが愛読書として挙げている。なぜ、これほどまでに『孫子』は読まれるのか。ベストセラー『最高の戦略教科書 孫子』の著者で中国古典研究家の守屋淳さんが、『孫子』を愛読書に挙げる各界のリーダーたちに、その活用法を聞く。第1回は、日本の漫画コンテンツを世界で展開する株式会社ファンダム会長の保手濱彰人(ほてはまあきひと)氏。前編は保手濱氏が現在の会社で成功するまでの紆余曲折(うよきょくせつ)を聞く。

中国古典研究家の守屋淳氏(左)とファンダム会長の保手濱彰人氏
中国古典研究家の守屋淳氏(左)とファンダム会長の保手濱彰人氏
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「漫画だけ読んで受験勉強していました」

守屋淳・中国古典研究家(以下、守屋) 『孫子』って、最先端のアメリカ企業の経営者たちが大好きな古典で、最近でいえば、Snapchatを運営するSnapの最高経営責任者エヴァン・シュピーゲルや、ウーバー共同創業者トラビス・カラニックも愛読しているという記事も出ました。特に生き馬の目を抜くような競争をしている業界では、乱世での生き残りを徹底的に考え抜いた『孫子』の知恵は、抽象度を上げれば、そのまま役立つからなんだと思います。

 ただし、その抽象度の上げ方と、現実に何をどう適用していったかは、人さまざま。その活用のヒントをぜひお聞きしたいということで、本日は『孫子』を愛読書に挙げる保手濱彰人さんにお話をうかがいます。まず、保手濱さんが起業に至るまでの人生について、教えてください。

保手濱彰人・ファンダム会長(以下、保手濱) いわゆる起業家に多い、社会不適合タイプ、注意欠陥タイプでした。学校で黙って座っていることや、先生の話を50分続けて聞くことがものすごく苦手で、すぐに教室を飛び出して、叱られて、小中高とずっとサボっていました。中学校、高校も年間200日ぐらい、つまり毎日遅刻していました。

 高校3年生のとき、学年最下位の成績を取るなど、勉強が超苦手で、さすがにこのままだと人生ヤバいという危機感を覚えました。でも今さら教科書を読むのも苦手なので、好きだった漫画に没頭しました。現実逃避というか、漫画の世界に没入する才能はあったんです。私は活字を読むのが苦手で、漫画だけ読んで勉強したような感じでした。守屋さんの本は、数少ない私が読める本の一つです。

「漫画だけ読んで勉強しました」と話す保手濱彰人氏
「漫画だけ読んで勉強しました」と話す保手濱彰人氏
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保手濱彰人(ほてはま・あきひと)
株式会社ファンダム 代表取締役会長
1984年生まれ。2002年、駒場東邦高校卒業、東京大学理科Ⅰ類入学。2005年、東大在学中に東大生の起業サークルTNKを設立。同年、ソーシャルゲーム事業のHOTTEAを起業するが、30歳を目前に社員が全員退職し3億円の借金を抱える。2014年に、本当に自分が好きで熱中できるものをということで日本の漫画やアニメのコンテンツを海外展開するダブルエル(現ファンダム)を創業、5年で年商30億円を達成する。『鬼滅の刃』『チェンソーマン』『東京卍リベンジャーズ』などヒット作の版権ビジネスを手掛けている。著書に、『 武器としての漫画思考 』(PHP研究所)がある。

 それで、英語の漫画や現実のロックバンドを描いた漫画、日本の歴史や世界の歴史の漫画などを読みました。そういった漫画を読めば知識が増えて点数が上がることに気づき、それをひたすら読み込んだら成績が上がり、なんとか大学受験に合格できた形です。だいぶ特殊な大学受験でした。

 それで、2002年に現役で東大理科Ⅰ類に入りました。ただ、社会不適合なのは変わらなかったので、全く学校に行けないし、授業に出られない。テニスが好きだったので、テニスサークルの活動に打ち込み、ひたすら授業はサボっていました。

 1年生の夏学期、私の平均点数は3.1点でした。5点満点かと思うかもしれませんが、普通に100点満点で3.1点なんです。ほとんど授業を受けていないという感じです。それで、すぐに1年生で留年し、2回目の1年生でもう一度留年し、3回目の1年生で、さすがにこのままだと絶対ヤバイと思って、そこでたまたま起業に関する本を書店で何気なく読んで、「こんな世界があったんだ」「この分野だったら世界一なれる」と衝撃が走りました。それがちょうど2005年の春で、そこから起業という道に一気にのめり込み、起業のサークルを東大の中で立ち上げ、それも結構大きくなりました。

 当時、人気者だったホリエモン(堀江貴文)さんのカバン持ちをするというビジネスコンテストの企画があり、それで私がカバン持ちをして、それがテレビ東京の『ガイアの夜明け』などに取り上げられました。そのときに自分が、「起業の天才」だと感じて調子に乗り、その勢いで全く仕事経験がないのに会社をつくりました。残念ながら起業してからはずっとうまくいかなかったというのが、20代全般です。

守屋 今、保手濱さんはファンダムという会社の会長とのことですが、これはどのような会社なのですか?

保手濱 もともと日本の漫画が大好きで、今でも月に最低でも100冊ぐらいは漫画を読んでいます。私は活字を読むのが苦手で、漫画だけ読んで勉強したような感じだったんです。漫画で人生を学び、漫画で勉強もできて、大学受験も突破できました。漫画には日本的な良い精神性が表れていると感じています。この漫画というものを世界にもっと広げたいという思いで始めた会社で、それがビジネスの基盤となっています。

 それで分かったのが、漫画業界は良い作品はつくれるけど、漫画を使ったビジネスに関しては助けが必要なんですね。ウォルト・ディズニー・カンパニーは、ファイナンスとかM&A(合併・買収)のプロでもあるんですよ。だから不動産をいっぱい買って、カリフォルニアにテーマパークつくって、土地のバリューアップでももうけるみたいなことをやっています。コンテンツづくりから商売までを、一気通貫でやっているんですよ。

 もともと素晴らしい作品がある日本の出版社に対して、ウォルト・ディズニー・カンパニーとかユニバーサルのような形で、ビジネスにするところを代わりにやってあげると、すごく喜ばれます。ファンダムは、いろいろな作品とか作家さん、出版社などコンテンツホルダーと組んで、イベントやグッズ、海外展開などのビジネス開発のほうをやる、という立ち位置の会社なんです。

「そもそも戦わないで勝つことが戦略」

守屋 保手濱さんはジェットコースターのような人生を駆け抜けていらっしゃいますが、愛読書の一つが、『孫子』とお聞きしました。これはどのようなきっかけで読まれて、そのときどう感じたか教えてください。

保手濱 ちまたの『孫子』を含めたいろいろな戦略本を読んでも、みんなヌルいなと思ってたんですよ。結局、クラウゼヴィッツの『戦争論』も、現代の企業戦略論も、持っている経営資源をいかに目的に対して最適化して分配するかという、リソースの分配比率の問題みたいな話だと思っていました。

 そういったなかで、私の会社の創業から10年ほど顧問をやっていただいた方から、「戦略って何か分かりますか? 戦略って戦を略すって書いて戦略だから、そもそも戦わないで勝つということが戦略なんだよ」と言われ、「なるほど」と思って火がついた記憶があります。

 その後、守屋さんの『 最高の戦略教科書 孫子 』(日本経済新聞出版)を読んだときに、現場の争いとかで頑張るんじゃなくて、上位概念のほう、つまりメタ構造で勝っている状態をつくるというところで、「うわ、それだ!」と思いました。当時は国と国との争いで、負ければ領土を取られてしまう。今よりももっと戦争の勝ち負けがシビアでした。だから、絶対に負けられないし、もし勝負するなら絶対に勝つという構造をつくっていくというのに、もうシビれまくりました。

『最高の戦略教科書 孫子』(守屋淳著/日本経済新聞出版)。孫子本ブームの火付け役となった“赤本”。これまでの孫子解説書にはない読みやすさ、分かりやすさでシリーズ累計20万部を突破。画像クリックでAmazonページへ
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守屋 名前を出していただいたクラウゼヴィッツの『戦争論』と中国の『孫子』って、根本の発想が大きく違うんですね。

 まず、欧米には「本質を捉えるのが重要」という考え方が歴史的にあって、『戦争論』もまさにそう。「争いごとで勝つための本質って何だろう」と考えると、「最終的に決着をつける大きな要因は戦力差。なので勝つための本質である戦力を、最適に配分しよう」という発想になります。戦力を経営資源に置き換えれば、まさにおっしゃっていた現代の企業戦略論の発想になるわけです。

 一方、中国の伝統的な考え方では、もう少し全体を俯瞰(ふかん)して、個々の要素の関係を見ていこうと考えます。国レベルでいえば、敵と味方、それに敵にも味方にもなり得る第三者もいる、と大局を俯瞰する状態。

 大局から見れば、目の前の敵に勝ったとしても、ボロボロになって第三者に漁夫の利をさらわれては意味がない。だからこそ「戦わずして人の兵を屈す」とか「不敗を守るのが重要」、保手濱さんの言う「メタ構造で勝っている状態をつくってしまう」ような発想が出てきます。この根本のところの考え方の違いが、『孫子』のユニークさの源なんでしょうね。

「『メタ構造で勝っている状態をつくってしまう』ような発想が出てきます」と話す守屋淳氏
「『メタ構造で勝っている状態をつくってしまう』ような発想が出てきます」と話す守屋淳氏
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借金3億、売上ゼロから5年で年商30億に

守屋 保手濱さんが経営していく中で、実際に『孫子』の教えが役立ったということはありますか?

保手濱 私は当初、朝から晩までプログラミングやコーディングをやるとか、ちゃんと真面目に働いていました。でも、現場レベルでの才能がなさすぎて、全然成果が出ないんですよ。私の知り合いのIT社長だったら、プログラミングとかホームページ制作の受託開発とか、SES(システムエンジニアリングサービス)の人材派遣とかで結構大きくなった方がいるのですが、私は同じことやってもうまくいかないんです。借金だけがどんどん増えちゃう。

 結果として30歳ちょうどになるときに、借金が3億円ありました。それで社員が当時70人ぐらいいたんですけど、2014年3月末にもう給料が払えなくなって、みんな辞めました。借金3億、売上ゼロ、社員もゼロで、事業まったくなし。債権者も100社100人ぐらいいたので、ひたすら電話がかかってきたりとか、会社に押しかけられたりとか、結構大変でした。

 人は痛みを負うと、その痛みを解消しようと考え方が変わるんです。「あ、やっぱりこの普通のやり方、俺には無理なんだ」ということが分かって。もうさすがに二度とこんな思いはしたくないと思って、現場で頑張ることを一切やめたんです。自分が直接手足を動かして現場でやっても、プラスは何もないから、全部人に任せるようにしたんです。

 自分はまさに、守屋さんのおっしゃるような「勝っている構造をつくる」ということが得意だったので、自分で事業をつくるのではなくて、資金調達した上で優良な事業をM&Aし、優秀な経営者に委任するという経営スタイルに変化したんです。そうしたら一気に売上ゼロから5年で、年商30億円ぐらいまで大きくなりました。『孫子』の、メタ的に勝つ構造をつくる、不敗を貫きながら絶対に勝つ、という風に変えたら全部うまくいきましたね。

 今はもう、すべてそういうやり方でやっています。なので、絶対に勝つという構造ができない限りは、本格的なスタートはしないようにしています。

守屋 『孫子』の言う「戦わずして人の兵を屈す」「善く戦う者は、勝ち易(やす)きに勝つ者なり」ですね。これは理屈としては単純ですが、いざ実践するとなると、とても難しい教えだと思います。それを現実に適用して成果を出されているのって、本当に素晴らしいと思います。

(後編に続く)

写真/尾関祐治

孫子本ブームの火付け役となった“赤本”

読者が自らのビジネスや生き方で実践していくために、『孫子』がそもそも何を問題とし、何を解決しようとしたのか、前提条件がまったく違う現代でも本当に役立つのかという観点から、分かりやすく解説。ビジネスだけでなく、スポーツや人生のさまざまなシーンで活用できる「負けないための戦略」を数多く紹介しています。

守屋淳著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)