企業の新卒採用が大きな変化を迎えています。慢性的な人手不足、AIの普及、そして学生自身の意識が変わることにより、企業が従来の方法に依存することにリスクが生じているのです。採用側と応募側の双方にとって望ましい就活のあり方を、学生が大学で取り組む「学業」の情報を活用することで模索する『 コツコツがんばる人の就活内定戦略 「学業」でわかるあなたの強み 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。今回は、2000年代後半に大学教育が変わり、学生が大学での勉強に長い時間を割くようになり、それにつれて企業の新卒採用においても評価軸が変わってきていることについて取り上げます。
企業が知りたいのは学生の「日々の行動」
「生成AI」の登場により、企業の新卒採用の現場は大きな変化を迎えました。「学生時代に力を入れたことは何ですか?」という、いわゆる「ガクチカ」を聞くことに意味がなくなり、AIによってつくられた大量の自己PRエピソードを読まされる採用担当者の疲弊は、限界に近付きつつあります。
エントリーシート(ES)は整っている。面接では堂々と語る。しかし、入社後に「あれ、想定と違う」と感じるケースが少なくない。
こうした経験が続いたことで、一部の企業ではガクチカを設問から外す動きが出ています。その代わりに、「これまでで最も時間を使ったこと」「毎週続けていること」などを聞くようになりました。
言語・非言語能力や行動特性(性格)をテストする「適性検査」の結果も、合否を決める絶対基準ではなく、「参考情報」として扱う企業が増えています。適性検査における「落ちない回答の選び方」の情報が出回り、学生は検査の設問に正直に回答していないと企業側が考えるようになったのです。
こうした動きがあるのは、早期離職、育成投資の損失、現場の混乱といった、採用の失敗がもたらす現実的なコストを、企業が実感しているからです。
これまでのやり方は、確かに効率的でした。大量の応募を処理するには、共通の質問と定型的な評価軸が必要です。しかし、その効率性と引き換えに失われたものがあります。それは「日常の行動を見ること」です。
面接の30分間で語られるエピソードは、あくまで断片です。しかも、その断片は事前にAIによって用意され、磨かれ、場合によっては脚色されています。そこから「応募者の本質」を読み取ろうとすること自体が、無理のある設計なのではないか? そうした問題意識を持つ企業が増えています。
企業が本当に求めているのは、入社後に地道に成果を出し続けられる人材です。困難な局面で投げ出さず、必要に応じて周囲と協働できる人です。そういう人材になれるかどうかを判別するには、その人の日常の行動を知る必要があるのではないでしょうか。
では、企業が目を向けるべき学生の「日常」とは、いったい何でしょうか。その答えの一つは、「学業」にあります。
学生は、毎週、当たり前のように大学に足を運び、授業を受け、当たり前のように課題に向き合っています。親の世代や、年齢が上の人事担当者は、「毎回出席しなくても単位は取れる」「要領よくやればなんとかなる」という印象を持っているかもしれません。しかし、学生の多くが実感しているように、今の大学は決して楽な場ではありません。
2000年代後半、大学教育は大きく変わりました。出席管理はICカードやオンラインシステムで厳格に行われ、リアクションペーパーや小テストが毎回課される授業も珍しくありません。予習・復習を前提とした設計で、一定の出席基準を満たさなければ容赦なく単位を不認定にする大学がほとんどです。
かつてのように「期末試験一発勝負」という構造ではなく、日々の積み重ねがそのまま成績に反映される仕組みに変わっています。学業はもはや片手間で済ませられるものではなく、授業に出席し、資料を読み、課題をこなし、試験に備える。その反復が、大学生活の中で最も長い時間を占めるようになってきたのです。
サークルやバイトの時間よりも、学業に費やす時間のほうが圧倒的に長い学生も少なくありません。ここに、企業が注目している理由があります。

客観的な証拠としての「履修情報」
企業が学生の日常に着目するのであれば、学業における行動を知りたいと思うでしょう。例えば、次のようなことです。
・興味の薄い必修科目でも、最後まで出席を続けた
・他の学生よりもずっと多い文字数でレポートを書き上げた
・難解なテーマに直面しても、途中で投げ出さずに向き合った
・グループワークで意見が対立した際に、調整役を引き受けた
一見すると、これまでのガクチカエピソードよりもインパクトは弱いかもしれません。しかし、これらは日々の生活の中で、自分が選んだ行動の一部です。そして何より、真偽不明の盛られたガクチカエピソードとは違い、履修履歴や成績、教員からの評価といった形で、客観的な痕跡が残っています。
そうはいっても、学生からしてみれば、面接で学業をアピールポイントとして話していいのだろうか、と心配になるかもしれません。ただ、学生の学業における取り組みを選考で重視しようと考える企業が増えているという証拠があります。
株式会社履修データセンターが提供する「履修DB-α」というシステムがあります。これは、学生が自分で履修データを登録し、それを企業側が参照して選考に活用するというものです。このシステムをすでに導入している企業は約600社にのぼり、しかも影響力のある大手企業が数多く含まれているのです。

このシステムを利用すると、企業側はその学生がどのような授業をとってどのような成績だったのかがわかります。学業への取り組みを選考の参考にできるというわけです。
企業が知りたいのは、派手な“武勇伝”ではなく、社会に出てから再現される行動の特性です。一回の成功体験ではなく、日常的に積み上げられるその人の姿勢や思考です。
このように、新卒採用のあり方が変化しつつある今、企業が等身大の学生を見るために学業での取り組みに着目していることは、健全な流れではないかと思われます。企業と学生の両者がともに誠実でいられる選考のほうが、盛りに盛ったガクチカエピソードで内定が決まる従来のやり方よりも理想に近いのではないでしょうか。
[日経ビジネス電子版 2026年7月28日付の記事を転載]
辻太一朗、曽和利光、細谷修平、矢矧春菜(著)/日経BP/1980円(税込み)
