AI(人工知能)技術がすさまじい進化を遂げるなか、数年後にはほとんどの準知的作業が自動化されると言われる。IT業界ではエンジニアの8割、事務職の8~9割が不要になるという予測も。『最高の戦略教科書 孫子』の著者で中国古典研究家の守屋淳さんが、『孫子』を愛読書にあげる各界のリーダーにその活用法を聞く連載第2回は、クリエイティブプラットフォームnoteのCXO(チーフエクスペリエンスオフィサー)でインタラクション・デザイナーの深津貴之さん。後編では、AIが意思決定する時代に必要とされる人間の役割とスキルについて聞く。

守屋淳さん(写真左)と深津貴之さん
守屋淳さん(写真左)と深津貴之さん
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意思決定の基礎を学ぶ必読書

守屋淳・中国古典研究家(以下、守屋) 深津さんは以前、雑誌のインタビューで「AIが意思決定する時代において、人間の役割はAIへの指示、つまり『孫子』は意思決定の基礎を学ぶ必読書」と述べていましたが、この点について詳しく教えていただけますか?

深津貴之(以下、深津) まず、AIと『孫子』の話を分けて説明します。GoogleやOpenAIのAI技術はすさまじい勢いで進化しており、数年後にはほとんどの準知的作業が自動化されると言われています。IT業界では、エンジニアの8割、事務職の8~9割が不要になるという予測もあるほどです。これは現実的に起こりうる話だと考えています。

「IT業界では、エンジニアの8割、事務職の8~9割が不要になるという予測もある」と語る深津さん
「IT業界では、エンジニアの8割、事務職の8~9割が不要になるという予測もある」と語る深津さん
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深津貴之(ふかつ・たかゆき)
サービスデザイナー
大学で都市情報デザインを学んだ後、英国にて2年間プロダクトデザインを学ぶ。株式会社thaを経て、Flashコミュニティで活躍。2009年の独立以降は活動の中心をスマートフォンアプリのUI設計に移し、株式会社Art & Mobile、クリエイティブファーム「THE GUILD」を設立。現在はnote株式会社や弁護士ドットコム株式会社のCXOを務めるほか、横須賀市のAI戦略アドバイザーなど、領域を超えた事業アドバイザリーを行う。共著に『 ChatGPTを使い尽くす! 深津式プロンプト読本 』(日経BP)などがある。

守屋 AIがそれほど進化すると、私たちはどのように生き残ればよいのでしょうか?

深津 一つは、AIが持ってない情報、調べられない体験の部分に陣地を築くことですね。飲み会をするとか、あるいはこの場でイーロン・マスクに電話して取材できるような人間関係があるとか。

守屋 なるほど。人と人とのつながり、ネットワークが重要になるのですね。

深津 まさに、そうしたウエットな部分の究極系が、責任を取ることや謝罪といった行為です。AIに意思決定を委ねる時代においても、最終的な判断は人間が行うべきです。だからこそ、意思決定の透明性が重要になります。AIが提示した選択肢の中から、どれを選ぶのか、GOサインを出すのか、STOPをかけるのかは人間の責任です。この意思決定能力、そしてAIが作成したものを理解し、評価する能力は、今後ますます重要になります。これは孫子で言う「計」や「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」に通じます。

 次にテクノロジー側から見た話をします。『孫子』や行動経済学は、変化の激しい「天」に対して、変わらない「地」の知恵だと考えています。AIや技術は、コロコロ変わる「天」であって、人間があまり影響を行使できないもの。AIが来る時代に「天」に張るのは危険すぎるわけです。

 では「地」に張るとして、何が残りそうかといえば、人間の脳の仕組みは4万年くらい進化していません。4万年くらい進化していないロジックの上に根ざした陣地は、今後100年、吹き飛ぶ可能性が極めて低いんです。みんながAIをやっている時代だからこそ、固定的な知のアセットを増やすほうが重要ではないかと、個人的には思っています。

守屋 『孫子』は、戦争を考えるにあたって、5つの要素が重要だと指摘しています。それが「道」――国や組織の理念や目標、「天」――天候や季節などの変わり続けるもの、「地」――地形などのインフラ、「将」――将軍の能力、「法」――軍隊の統制や兵站(へいたん)の5つです。このうち深津さんは「天」を変わり続ける環境条件、「地」を変わらない環境条件と、読み替えているんですね。

 私は企業の幹部研修を長年行っているのですが、15年くらい前から「デジタル化が進むからこそ、逆にアナログの力が重要になる」という言い方をしてきました。ただし、アナログの力にも2種類あり、歌手や作曲家、画家のような、個人が内部に持つアナログの才能はデジタルに代替されやすい。代替されにくいのは、深津さんがおっしゃったような「つながり」から生まれる力です。この世に、自分と同じ人間関係を持っている人は誰もいない。そこからアナログな強みを生み出せれば、それは誰にもまねのできない強みになります。まさに深津さんがおっしゃっていた、電話で著名人に直接アポイントを取るような話ですね。

 また、つながりという意味では、複数の専門領域を掛け合わせて活躍する人も増えてきています。例えば、私の友人で『 会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語 』(日本経済新聞出版)というベストセラーを持つ会計士の田中靖浩さんは、落語が好きで、会計の難しい概念を説明するために落語の話の構造を活用しています。さらに、落語家とジョイントイベントを開催するなど、異分野とのつながりを生かして活躍されています。

 ただし、誰しもこんなうまいつながりを見つけられるわけではないんですよね。何かうまくつながるためのコツはあるのでしょうか?

横断的な知識やスキルを持つことが重要に

深津 IT業界の視点からお話しすると、異分野をつなぐ強みは2つあります。1つ目は確率的な話です。ある業界で上位1%の人材は、別の業界でも上位1%であれば、掛け合わせて0.01%の人材になります。3つの業界で上位1%なら0.0001%です。1つの業界でトップになるより、複数の業界で上位に入るほうが、希少性が高まります。つまり、横断的な知識やスキルを持つことが重要です。

 2つ目は、ネットワークのグラフ理論に基づく話です。異なる業界を結ぶネットワークの中間地点には、人、お金、チャンスが集まります。2つの大きなネットワークをつなぐ唯一の拠点であれば、そこが重要なハブとなり、繁栄します。田中さんの例はまさにそうで、落語界と会計界という2つのネットワークをつなぐ稀有な存在だからこそ、大きな価値を生み出せるのです。

 では、どうすればつながるためのポジションを取れるのか。私がnoteで実践しているのは、価値の提供、つまり情報発信です。知識やノウハウはすぐに陳腐化するので、積極的に発信していくべきです。田中さんのように、会計の知識を落語界に、落語のコミュニケーションノウハウを会計界に提供することで、それぞれの業界にユニークな価値を提供し、循環させることができます。

守屋 なるほど。様々な業界をつなぎ、それぞれの業界に有益な情報を発信していくことが重要なのですね。でも、前者の複数の業界で上位1%になる話って、私のような凡人には到底無理のような気がしてしまうのですが…(笑)。

深津 僕も上位1%なんて気軽に行けないですけれど、考え方としてはそうですね。これが上位10%でも、2つの業界で達成すれば上位1%と同等の市場価値になれますし、上位10%なら5年ほど努力すれば結構いけるんじゃないですか。もし4つの業界で上位1%なら、世界トップクラスです。

守屋 意思決定について伺いたいのですが、確かに最終的な意思決定はまだ人間に委ねられていると思います。同時に最近、「AIがこう言ってんだから、それでいいじゃん」という人が、特に若い人に増えている気がするのですが、この点はいかがでしょうか?

「デジタルに代替されにくいのは、『つながり』から生まれる力」と語る守屋さん
「デジタルに代替されにくいのは、『つながり』から生まれる力」と語る守屋さん
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深津 それは世代による価値観の違いだと思います。AIネイティブ世代は、AIによる意思決定に抵抗がないのでしょう。テクノロジーのユーザー体験は世代ごとに大きく変化します。前の世代には受け入れ難いものでも、次の世代には当たり前のものになります。プライバシーについても、現代人は新しい情報を国に提供することに抵抗を感じますが、戸籍制度の存在は当然のこととして受け入れています。AIによる意思決定も、次の世代にとっては自然なことになるでしょう。

守屋 なるほど。しかし、AIの意思決定を受け入れるのが当たり前になった場合、AIに依存した人間の判断力が大きく落ちることにはなりませんか? こういった状況で、人が生き残るために重要なものは何でしょうか?

深津 AIは「確率的に間違えるマシン」です。確率論で答えを言っているので、100%はありません。間違えた場合にどう対応するかが重要になります。だからこそ、確率論や統計論的に対処する必要があるのですが、一番シンプルに言うのなら、1つに全財産をかけない、分散投資みたいな形にすることですね。

 資産運用でたとえれば、資産を分割して、それぞれ違う行動基準のAIに運用を任せれば、1つのAIが間違えても大やけどはしません。また、精度99.9%のAIだったら、4台導入してクロスチェックさせれば、間違い率は0.0000000001%にまで落とせます。基本的に1カ所に体重をかけないというアプローチで回避するのが、抽象的な意味ではいいと思います。

守屋 アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に出てくるMAGIシステム(設計思想の異なる3台のコンピューターが多数決のような形で判断する)のようなイメージですね。

深津 そうです。それと似ています。AIによって人間の判断力が低下していく可能性については、確かに一部の人はそうなるでしょう。しかし、計算機が登場しても人間の計算能力が完全に失われたわけではないように、AI時代にも人間の能力は別の形で進化するはずです。AIが単純作業を代行してくれる分、より高度なスキルを身につけるための時間や機会が増えます。つまり、AI時代に対応できる高度なスキルを習得できる人とそうでない人の二極化が進むと考えられます。

 さらに、最近のAIは「リーズニング」機能、つまり思考プロセスを可視化する機能が搭載され始めています。AIがどのように考えて答えを導き出したのかが分かるようになるため、優秀な人の思考プロセスを学ぶことができます。AIと仕事をすることは、優秀な人の頭の中をのぞきながら学ぶようなものです。これは人間の能力向上に大きく貢献するはずです。

目標を定めてやり抜く力、継続力が重要

守屋 先日、AIに恋をしてしまった人が自殺したという記事が出ました。使う側の人間に対して、AIは決して否定してこないし、都合の良い言葉を返してくれるため、リアルな人間関係よりもAIとの関係に満足してしまう人が、この先、多くなったりしないのでしょうか?

深津 確かに、AIに依存する人や、AIに感情移入してしまう人は増えるでしょう。愚痴を聞いてもらうために、バーに行く代わりにAIと会話するようになるかもしれません。

守屋 一方で、あえて厳しいことを言ってくれるAIを求める人もいると聞きます。自分を鍛えるためにAIを活用するという考え方ですね。

深津 そうですね。先ほど言ったように、AIとの関わり方も二極化していくでしょう。例えばChatGPTには、システムプロンプトといって、普通の文章を書いて命令するのとは別に、基本設定みたいな入力欄があるんです。その基本入力欄に、「私は物事を考えたり言語化したりするのが下手なので、私が言語化を上手になれるように付き合いながら話すという基本行動をお願いします」みたいに入れると、ChatGPTと普段話してるときに、ユーザーが言語化できるように問いを立てたりとか、向こうから積極的に質問してきたりするChatGPTが作れます。そういう風に、「人を育てるAIにしてほしい」という命令を出したり、問いを立てられたりするかどうかが、意思決定能力と並んで非常に重要になります。

 あとは、Googleのトップレベルの研究者も「これからの時代は、やり抜く力がすべて」と言っていました。AIによって誰もが高度な知性を得られるようになると、知性だけでは差がつかなくなります。重要なのは、目標を定めてやり抜く力、そして継続力です。

 AI時代には、誰もがハリウッド映画を制作できるようになるかもしれませんが、実際にやり抜く人とそうでない人で差がつきます。AIを活用しても、最終的に何を作るか、何をするかを決め、それをやり抜くのは人間です。重要なのは、何をしたいかという明確な目標と、それをやり抜く力です。ただし、孫正義さんが言っていたように、多くの人はそこまでやりません。高度なAIを手に入れても、多くの人は猫の動画を見たり、簡単な娯楽に満足したりしてしまうでしょう。

守屋 しかし、なぜ人によって、そんなに行動に差が生まれてしまうんでしょうね。

深津 それは「欲望」だと思います。お金や好奇心、あるいは過去の成功体験など、人によって欲望は様々ですが、それが行動の原動力になります。

守屋 最後に、『孫子』以外で座右の書があれば教えてください。

深津 座右の書と呼ぶには新しすぎるかもしれませんが、行動経済学が好きです。以前から認知心理学には興味がありました。『 ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?(上)(下) 』(ダニエル・カーネマン著/村井章子訳/ハヤカワ文庫NF)も良書ですが、近年の研究では、その内容の一部が古くなっている部分もあります。『 NOISE 組織はなぜ判断を誤るのか?(上)(下) 』(ダニエル・カーネマン、オリヴィエ・シボニー、キャス・R・サンスティーン著/村井章子訳/早川書房)のほうがより最新の情報に基づいています。

『NOISE 組織はなぜ判断を誤るのか?(上)(下)』(ダニエル・カーネマン、オリヴィエ・シボニー、キャス・R・サンスティーン著)。画像クリックでAmazonページへ
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 『NOISE』は、組織における判断ミスを「ノイズ」と「バイアス」に分けて分析し、対応策を提示した本です。ノイズとは判断のぶれ、バイアスとは偏った考え方のことを指します。ノイズを減らすことでバイアスが見えてくる、ノイズが消せない場合は平均値を取ることでバイアスを修正できるなど、意思決定の精度を高めるための具体的な方法が解説されています。AIの誤りや組織の誤った意思決定など、様々な問題に応用できる内容です。

守屋 深津さんの仕事にも役立っているのですね。

深津 はい。AIの振る舞いや、組織の意思決定プロセスを分析する際に役立っています。

守屋 『孫子』は、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」と言っていますが、自分が「ノイズ」や「バイアス」だらけでは、確かに正しい認識なんて持てるわけないですものね。今日はありがとうございました。

写真/尾関祐治

孫子本ブームの火付け役となった“赤本”

読者が自らのビジネスや生き方に実践していくために、『孫子』がそもそも何を問題とし、何を解決しようとしたのか、前提条件がまったく違う現代でも本当に役立つのかという観点から、分かりやすく解説。ビジネスだけでなく、スポーツや人生のさまざまなシーンで活用できる「負けないための戦略」を数多く紹介しています。

守屋淳著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)