『最高の戦略教科書 孫子』(日本経済新聞出版)の著者で中国古典研究家の守屋淳さんが、『孫子』を愛読書にあげる各界のリーダーにその活用法を聞く対談「ビジネス書として読む『孫子』」。第3回は、日本を代表する経営学者で一橋大学名誉教授の伊丹敬之さん。著書の『 経営は無理をせよ、無茶はするな 』(日本経済新聞出版)と、『孫子』の「三軍の衆を聚(あつ)め、険に投ずるは、これ将軍の事なり」という言葉には通ずるところがあるという。伊丹さんが語る経営の本質とは?
「感情の論理」がないとまっとうな戦略はできない
守屋淳・中国古典研究家(以下、守屋) 『孫子』は、古くは三菱財閥をつくった岩崎弥太郎、最近だと孫正義さんとか、Snapchatを運営するSnap Inc. CEO(最高経営責任者)のエヴァン・シュピーゲルとか、Uberの共同創業者のトラビス・カラニックって人が愛読書にあげていて、もう古今東西、経営の最前線の人が大好きな古典です。
ただ、よくよく考えてみると、軍事と経営だと、共通する面もあると思いますが、論理が異なる面もあると思います。そんな中で、なぜ『孫子』はそんな最前線の経営者の愛読書になり続けているのか、伊丹先生からご覧になってどう思われますか?
伊丹敬之・一橋大学名誉教授(以下、伊丹) 論理に共通性があるからです。例えばね、『孫子』の中に、「戦車の数は1000台なくちゃいけない」とかね、そういうディテールが書いてあるとこありますね。そういうのは企業の世界に移し替えられるわけないです。
だけど、『孫子』の全体の論理の中で、特に企業にとって共通性が高いと思うのは、環境の中の力学ですね。戦争の場合であれば、物理的力学です。例えば「敵の5倍いたら大会戦やってもよろしい。敵の10倍いたら包囲してよろしい」とかは、完全に物理的力学ですね。それと、「兵の情」といった現場の心理学、この2つが常に出てくるんですよ、『孫子』は。
企業もそうですよ。市場で競争しているときはほとんど力学で、人情の配慮なんかほぼない。金がたくさんあれば大規模設備を買える、大規模設備を買えれば、物が安く作れる。ほとんど誰でもやれること。ただし、そのための準備ができないといけない。
そういうのをきっちり一方では踏まえた上で、現場で働く人たちの心理学もきちんと考える。これ完全に両にらみにしなきゃいけないんです。僕が『 孫子に経営を読む 』(日経ビジネス人文庫)っていう本を書いて一番強く感じたのは、「そうか、それで僕にも『孫子』が訴えかけてきたんだ」ということです。ということは、おそらく経営者にも訴えかけるはずですよね。
一橋大学名誉教授
経営戦略を論理化する際には、「カネの論理」に、人間が学習できる存在であるという「情報の論理」と、人間は感情を持った存在だっていう「感情の論理」が加わらないと、まっとうな戦略はできない。このうち、「情報の論理」以外のところに関してはかなりよく似ていると思います。
だから、「兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず(戦争は勝つことを目指すが、長期戦は避ける)」という言葉、本当にいろんな企業の社長に言ってやりたいですよ。なぜバカなことを始めて、「現場頑張れ、お前たちが頑張れば何とかなるぞ」とか言い続けるんだと。少しは早めに勝って、勝ち戦の甘いところを現場にも吸わせるように工夫しろよと。
経営は無理をせよ
守屋 頑張りという意味では、伊丹先生は、最近『経営は無理をせよ、無茶はするな オーバーエクステンション戦略のすすめ』(日本経済新聞出版)という本を出されました。テーマが「オーバーエクステンション」、この本の説明で言えば、「艱難(かんなん)を自らつくり出す、艱難に自ら飛び込む」ということですが、これはどういうきっかけで書かれた本なんでしょうか?
伊丹 これは、1984年に私が『経営戦略の論理』の第2版を出したときから、「成長する企業というのは、成長の踊り場で、若干無理なことを仕掛けなきゃダメだ」ということを言い続けているんですが、最近、日本の企業がますますこういうことに挑戦をしなくなっているんですよ。
株主に対して配当ばかり増やしていて、昔は設備投資のせいぜい1割2割だった配当が、3年ぐらい前から設備投資よりも大きいなんてことになっている。設備投資のほうは横ばいかやや減少気味、配当だけはうなぎのぼりっていうことを30年間繰り返していたら、こんなことになってしまった。だから、ある意味で「ふざけるな」って本です。もう無理は承知だけど、ちゃんと無理をやってよと。そういう本です。で、その代わり、無理が成功する背後には、きちんとした論理が実はあるよと。
守屋 なぜ配当を異様に出すようになったのでしょうか?
伊丹 株式会社の建前を言われると弱いんでしょうね。会社法が間違っているんですよ。会社法には、「株式会社は株主の判断で、いかようにも処分できる」って書いてあるんです。会社法は、世界中どこでも一緒です。それに修正を加えなければいけないのに、世界中がずっとほったらかしてきたんですね。もう資本主義の未来が決まるような大事件だと僕は思いますけれども。
実は日本の企業は、会社法にそういう欠陥があることを感じて、戦後長い間、会社の取締役会のメンバーはほとんど内部の人だけにするようにしてきた。そうすると、みんな自然に、自分の部下たちのこと、働く人のことを考えるじゃないですか。配当は、どうしてもしなきゃいけない額だけにしておいた。そういう経営だから、みんな働く気になって学習する気になって、知恵がたまって、エネルギーが出て、企業は成長してきた。
日本の企業経営者は、会社法に本質的な欠陥があるのに、そこには目をつぶった。しかし、ちゃんと従業員のことを考えた経営にしたいから、それがやりやすいような努力をしてきたんです。
でも、バブルの崩壊で全部がパーになっちゃった。金がなくなった。そうすると、株主がしゃしゃり出てきて、「お前、内部留保がたまってるから、配当をして金を戻せ」って言い出した。これに対して形式上はノーって言えないわけですよ。でも実は、ノーって言っちゃえばいいんです。
この前フジテレビが問題を起こして、ダルトン・インベストメンツというところが、フジ・メディア・ホールディングスの取締役を12人推薦して、全員否決されたでしょ。あれは転換点になるかもしれない。アクティブな物言う株主の言うことを聞かなくてもいいという、大きな前例になった。
もう1つの日本企業がしてきた努力は、株式持ち合いです。お互いに株式を持ち合って、どちらも黙っていようねと。これも東京証券取引所が、「こんなことやっちゃいかん」と言ったから解消されたのですが、そう言いたくなる理由は分かるんです。経営者でだらしない奴がいても、内部でチェックメカニズムが働かなくなるんです。
では、株主に任せればチェックメカニズムは働くのか? 僕はもっと効かなくなると思う。もっと効かなくなると思うけれど、今やっているやり方が具合が悪いから、会社法に書いてある通りにやれということになっている。アメリカの議決権行使助言会社もそう言っているぞと。それに流されちゃっているんですね。
バブルの崩壊っていうのは1991年なんですが、その年がソ連邦の崩壊と、歴史の偶然で同じ年だったんです。ソ連邦が崩壊したっていうのは、冷戦で西側が勝ったっていうことです。それをちょっとした言葉のすれ違いで、「アメリカ型資本主義が勝った」とマスコミが書き始めるわけですよ。そうすると、「アメリカ型資本主義を、日本もちゃんとやった方がいい」っていう意見が続々と出てくるようになるんです。
守屋 あ、そこが転換点だったんですか?
伊丹 それまではね、「日本的経営万歳」って言っていた人がたくさんいたんですよ、アメリカでも。
この新刊の『経営は無理をせよ、無茶はするな』と、『孫子』のつながりは、「三軍の衆を聚(あつ)め、険に投ずるは、これ将軍の事なり(全軍を絶体絶命の窮地に追い込んで死戦させることが将帥の任務である)」という言葉です。これはね、むちゃくちゃなんですよ。わざわざ険に投じろって言っているんですから。これがオーバーエクステンションです。
『孫子』は、そのすぐ後に立派な本質を語っています。「九地の変、屈伸の利、人情の理は察せざるべからざるなり(土地の状況に応じた変化、進退の判断、人情の機微を察しなければならない)」。「九地の変」、つまり環境はどうなっているか。「屈伸の利」、つまり自分の会社の資源配分をどういうふうにうまく変えるか。それから「人情の理」。現場の兵士の心理、この3つをちゃんと考えてやってくれと。
僕は、『孫子』を読む前から、オーバーエクステンションのことを考えていましたけれど、後で読み返してみると、まさしく一緒だなと思います。
守屋 伊丹先生の論理と『孫子』が重なり合ったんですね。
伊丹 ええ、この言葉だけはね。僕はそんなえらそうなことは言いませんけれど、この言葉は『孫子』の言っていることを、僕が言い換えているだろうと思っています。
写真/尾関祐治
読者が自らのビジネスや生き方に実践していくために、『孫子』がそもそも何を問題とし、何を解決しようとしたのか、前提条件がまったく違う現代でも本当に役立つのかという観点から、分かりやすく解説。ビジネスだけでなく、スポーツや人生のさまざまなシーンで活用できる「負けないための戦略」を数多く紹介しています。
守屋淳著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)




