企業が毎年のように作成する「中期計画」は、経済学者のシュンペーターから言わせると、まったく意味がないと『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』の著者である名和高司さんは解説します。これは一体どういうことなのでしょうか。本連載では、 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 の一部を抜粋し、紹介します。
「失われた30年」は「中計病」に陥ったから
儲(もう)けたキャッシュを株主還元にあてがうことばかり考えている経営者は、株主の短期志向に迎合して今の株価をつりあげることしか、眼中にないのではないでしょうか? そのような経営者や資本家には、イノベーションを語る資格はありません。
10年先に実現する可能性に賭けて長期投資をする場合、現在の価値ではなく、10年後の「将来価値」こそが重要なはずです。10年後に大きく化けるイノベーションを仕掛けることが、現在最も大切なことです。
本来、株主が期待するのも、まさにこの10年後の将来価値であるはずです。そのためには、しっかりと長期計画を構築し、そこからバックキャスト、すなわち現在を振り返って、当面の短期計画をしっかり実施していくという姿勢が求められます。日本の大半の企業が血道をあげて作っている中途半端な中期計画は、無用の長物ならぬ「無用の中物」でしかありません。
日本企業は、1990年以降、「失われた30年」という袋小路に陥っています。それは、「現在価値」という刹那的なKPI(重要業績評価指標)に翻弄され、「中計病」に縛られた結果といってもいいでしょう。
そのような短期的な時間軸では、縮小均衡に陥らざるをえません。それはシュンペーターのいう「動きのない経済」から見たものの見方であり、「成熟という美名のもとの衰退」でしかないのです。
現在価値を将来価値にいかに変換するか。それがアントレプレナーの役割であり、信用創造を担う銀行家の役割です。先の見えない今こそ、将来価値を目指すアントレプレナーと銀行家の登場が期待されているのです。
サステナビリティも儲けを生むべきだ
サステナビリティへの投資は、もはや時代の要請です。これらは「非財務」、すなわち財務指標に表れない投資にされています。しかし、それではシュンペーターがいうイノベーションにはなりません。
サステナビリティへの投資には、当然コストがかかります。そして、財務指標に計上されます。それに対して、環境や社会への貢献価値は、非財務指標として扱われます。言い換えると、サステナビリティ投資は、財務的にはコストとしてしか把握されないのです。
非財務的だけれど社会に貢献しているのであれば、それで済むのでしょうか? これでは、税金を払っているのと本質的には変わらなくなってしまいます。CSR(Corporate Social Responsibility)、すなわち「企業の社会的責任」という名の社会貢献が、その典型です。「利益にはならない」カテゴリに最初から入ってしまっています。
サステナビリティ投資に限らず、会社では未来への投資は、すべてコストとして計上されてしまいます。しかし、シュンペーターは、イノベーションとは現在の資産を投資して、将来価値を創造することにあると語っています。したがって、財務計上されるなら、その投資コストを超える財務的リターンが、将来期待されなければなりません。
非財務的な貢献があればよしとするのでは、単なる慈善活動に過ぎません。NGO(非政府組織)やNPO(非営利組織)ならそれで良くても、民間企業にとっては、利益を出した後の「余技」になってしまいます。しかし、非財務価値を上げるために、本気でサステナビリティに取り組んでしまうと、企業そのもののサステナビリティが脅かされてしまいます。
企業が将来価値を生み出すためには、イノベーションが必須です。イノベーションへの投資は、将来、財務価値を生むもの、すなわち「未財務」価値でなければならないはずです。サステナビリティを非財務という名のきれいごと(いわゆるESGウォッシュ)で終わらせないためには、サステナビリティをイノベーションさせるということに、本気で取り組む必要があるのです。
柳井正や松下幸之助などの分かりやすい例を引きながら、シュンペーターの「イノベーションとは何か」をお伝えします。まさに、「経済学は、シュンペーターから始めよ!」です。
名和高司、日経BP、2090円(税込み)