「日本では、イノベーションという言葉が誤解されている」というのは、 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 の著者である名和高司氏。誤解せずに正しく理解するために古典に当たる=原点に立ち返ることは遠回りになるようで、物事の本質に近づく一番の近道だと言います。一橋ビジネススクール教授の楠木建氏を迎えて、シュンペーターのイノベーションやそれを取り巻く日本の経営について対談していただきました。その前編。

イノベーションの本質は、社会実装とスケール化

名和高司氏(以下、名和):つい先日、ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正さんと話す機会がありまして、拙著『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』のことをすごく褒めてくれたんですよ。あの方が褒めるのは珍しいんですが、「イノベーションの本質を突いている。ここに書いてあることが本当のイノベーションだ」と言っていただけました。

イノベーションは日本では誤解されていると語る名和氏(写真:稲垣純也、以下同)
イノベーションは日本では誤解されていると語る名和氏(写真:稲垣純也、以下同)
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楠木建氏(以下、楠木):イノベーションという概念を初めて突き詰めた人が、シュンペーターですからね。日本では、新しいことを生み出すインベンション(発明)とイノベーションを取り違えることが多いですが、明らかな誤用です。イノベーションの本質は「社会実装」と「スケール化」という、人々の暮らしを変えて、行動変容を起こすことにあります。

名和:イノベーションは「技術革新」と訳されることも多いですが、シュンペーターは技術だけに特化していないんですよね。本書でも触れていますが、シュンペーターは、イノベーションを起こす切り口として、商品、プロセス、市場、サプライチェーン、組織の5つがあると説いていて、中でも市場や組織について多く語っています。それなのに、なぜか技術革新と誤解する人が多く……。これも誤用です。

楠木:例えば、京都大学の山中伸弥教授らが作製に成功したiPS細胞は、科学的な発明としては画期的なものですが、まだ広く一般にスケール化できていないことからイノベーションではないわけです。ここを全部ごっちゃにして「イノベーションを起こせ!」とか言ったりする。ずいぶんと底の浅い話だな、と思いますね。

名和:柳井さんも、まさに楠木さんと同じことをおっしゃっていました。世の中はすごく浅い話をしていて、それに飛びついちゃっているところが間違いだ、と。

楠木:「イノベーションの時代だー!」「今こそイノベーションを!」などと掛け声をかけたくてしょうがない人が続出するんですよね。声を張り上げるのは構いませんが、まずは正しく理解することが先決です。

楠木建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール教授<br>1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『「好き嫌い」と経営』(以上、東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社)など多数。
楠木建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール教授
1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『「好き嫌い」と経営』(以上、東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社)など多数。
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古典に当たるのは、遠回りになるようで本質に近づく近道

名和:イノベーションは「0から1」の発明と違って、ゼロからの創造ではないんですよね。これまでに組み合わせたことのない要素を組み合わせる「新結合」によって、新たな価値を創造することがイノベーションの最大のカギです。新しいアイデアを出すことだけに、時間と労力を割いて終わりにするのはもったいないことです。

 既存のもの同士の新結合によって、新しい世界を見いだしたほうがインパクトは大きい。そして「1→10」のマネタイズを経て、「10→100」にスケール化するのがイノベーションの意義です。

イノベーションを「技術革新」と訳すのは間違いだと話す名和氏
イノベーションを「技術革新」と訳すのは間違いだと話す名和氏
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楠木:新結合というのは、「進歩」ではないんですよね。そもそも、進歩では捉えきれない現象を捉えるために、新しく必要になった概念がイノベーションです。イノベーションの条件は非連続的です。価値のディメンション(次元、切り口、局面)そのものが変わるということですね。ここに世の中に対するインパクトの大きさがあります。

 そういえば、初めて日本語に訳されたシュンペーターの本で、イノベーションが「新機軸」と訳されていたことを思い出しました。彼の本が翻訳されたのは比較的早くて、1930年代のこと。新機軸とは、それまでのものとは違った新しい工夫ややり方を意味して、ディメンションが変わることを意味しますから、かなり的を射た創造的翻訳だと思います。

名和:確かに、当時の翻訳家は、かなりセンスがありますね。少なくとも、発明や技術革新と誤用してしまう人たちよりずっと……。

楠木:今や、イノベーションのような概念でもなんでも、ネット上で要約されたものが多いですよね。手軽に調べられるのはメリットですが、それを見て分かった気になっておしまいにするのは違う。新しい概念が出てきたら、どうしてこういう概念が出てきたのかな、と古典に当たってほしいんですよね。

名和:まったくもって同感です。古典に当たる=原点に立ち返る、というのは遠回りのようで、物事の本質に近づく一番の近道ですからね。世の中で流布するものについては、その裏側を探って、本当に正しいことかどうかを見極める姿勢が肝要です。本質に迫らないと正しい解釈も、求める結果も得られません。

楠木:本質をつかまないと実行に至らないし、自分の行動になりません。

名和:上滑りや、誰かの物まねで終わります。

楠木:よく古典的なものを理論でしかなくて、実行は別物だという人がいるんですが、その考え方はもったいないと思います。突き詰められた理論ほど本質を突いたものはない。実行や実践においても価値が高いんです。名和さんの本でも重要な論点の1つになっていますが、イノベーションの正しい意味と一緒に、イノベーションの担い手であるアントレプレナー(起業家)とは、本当のところどういう人なのか、ということも正しく知ってもらいたいと思います。

名和:アントレプレナーとは、夢を見る人であり、行動する人であります。シュンペーターは、「アントレプレナーは、潮の流れに逆らって泳ぐようなものだ」とも述べています。

 私が教える学生でスタートアップ企業を運営する人たちがいますが、世の中を変える気概を持って命懸けでやって、どれだけのインパクトを出せるかが、本物のアントレプレナーだぞ、と言ってます。新しいものをちょろちょろ作って満足してるんじゃないぞ、と。

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(対談後編に続く)

文/茅島奈緒深 構成/中野亜海

行き詰まりを打開する方法は、シュンペーターにある!

柳井正や松下幸之助などの分かりやすい例を引きながら、シュンペーターの「イノベーションとは何か」をお伝えします。まさに、「経済学は、シュンペーターから始めよ!」です。

名和高司、日経BP、2090円(税込み)