0から生み出すアイデアはゴミでしかなく、最も大切なのは今あるものを使って何かを作ることだ、と「イノベーションの生みの親」である経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターは言います。この記事では、日本のアントレプレナー松下幸之助氏を例にとり、イノベーションとは何かの理解を深めていきましょう。 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者シュンペーター』 から、本文を抜粋してご紹介します。

松下幸之助の源泉になった思いは、社会全体の「貧乏の克服」

 日本を代表する経営者といえば、もちろん松下幸之助翁です。なんといっても「経営の神様」という異名があるくらいです。現在はお隣の中国でも、京セラの稲盛和夫翁と並んで、絶大な尊敬と人気を集めています。

 シュンペーター理論の中で大切なキーワードが「アントレプレナー」です。アントレプレナーとは、イノベーションを起こす優秀な人材のことです。松下幸之助はアントレプレナーと言えるでしょうか?

 ソニーの創業者の井深大をアントレプレナーと呼ぶことに、まず異論はないでしょう。トランジスターラジオの成功は、まさに日本発イノベーションの代表例でした。その後も、トリニトロンテレビやベータマックス型ビデオレコーダーなど、数々の新商品を世に送り出しました。

 では松下幸之助はどうでしょうか? 彼は若いころ、二股電球ソケットや自転車用ランプなどを発明し、松下電器産業(現在のパナソニックグループ)を創業しています。しかしその後は、「マネシタ」電器と揶揄(やゆ)されていました。ソニーが先駆的な商品を世に送る、まさに、いの一番に実験される「モルモット」だったのに対して、松下電器はひたすら二番手戦略に徹していたからです。

 しかし、シュンペーターの定義に従えば、松下幸之助こそ偉大なアントレプレナーです。アントレプレナーとはイノベーションを起こす人物のことで、具体的にどういう行動をとる人のことなのかは、 第2回 でご紹介しましたが松下幸之助こそ、最もアントレプレナー的であるといえます。

 まず、「発明家」であることは、アントレプレナーとは関係ありません。ビデオレコーダーでは確かにソニーが先にベータマックスを開発しました。これに、松下傘下の日本ビクターがVHSで追いつきます。このビデオ戦争で勝ち残ったのは、技術的には劣後したと言われるVHSです。世界市場を席捲したのは松下電器でした。

 このような「社会実装力」こそが、アントレプレナーに求められる本質的な資質です。0→1は実験段階としてモルモットのソニーに任せておけばよい。そのあとの1→10を担うことこそ、真のアントレプレナーたるパナソニックの面目躍如たるところです。

(写真:fizkes/Shutterstock.com)
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アントレプレナーたるには「志(パーパス)」が必要

 このような確信は、松下幸之助が打ち立てた「水道哲学」に由来します。時代は1932年、第1回目の創業記念式にさかのぼります。そこで幸之助は、次のような思いを掲げました。

《産業人の使命は貧乏の克服である。その為には、物資の生産に次ぐ生産をもって、富を増大させなければならない。水道の水は加工され価(あたい)ある物であるが、通行人がこれを飲んでもとがめられない。それは量が多く、価格があまりにも安いからである。産業人の使命も、水道の水のごとく物資を豊富にかつ生産提供することである。それによって、この世から貧乏を克服し、人々に幸福をもたらし、楽土を建設する事ができる。わが社の使命もまたそこにある》

 自社の商品を、水道のような社会インフラになるように廉価に広く提供する。商品の価値を普遍化する、究極のコモディティ戦略といってもいいでしょう。これこそが、松下幸之助の「志(パーパス)」です。

 1918年の創業から100年を超えた今、「パナソニック」グループとなっても、この創業者の志は、脈々と生きています。2021年4月にパナソニックホールディングスのCEO(最高経営責任者)に就任した楠見雄規さんは、「パナソニック・グリーンインパクト」を高らかに掲げています。「暮らしやビジネスにおけるカーボンニュートラルの実現を目指す」という、環境に主軸を置いたパナソニックらしい志です。「グリーン」の社会実装を通じて、次世代のアントレプレナーとしての活躍が大いに期待されます。

 さて、あなたの志は何でしょうか?

(写真:fizkes/Shutterstock.com)
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行き詰まりを打開する方法は、シュンペーターにある!

柳井正や松下幸之助などの分かりやすい例を引きながら、シュンペーターの「イノベーションとは何か」をお伝えします。まさに、「経済学は、シュンペーターから始めよ!」です。

名和高司、日経BP、2090円(税込み)