『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)の著書で米ハーバード大小児精神科医の内田舞さんが、読者の子育ての悩みに答える本連載。今回は「子育てに自信が持てない」という悩みを取り上げます。「私自身も、まったく自信が持てていません」という内田さんですが、「そもそもなぜ、私たち母親は自信が持てないでいるのでしょうか。自信を奪っているものの正体を知ることから始めては」と言います。

育児の悩み、不安の根底にある親のメンタルから、子どもとの向き合い方、進路やSNS、身の守り方など、子育ての疑問に3児の母である舞先生が答えます。2025年6月刊行予定

Q 小学生の息子がいます。子どものことを見たり、子どもの話を聞いたりしながら子育てをしているつもりですが、学校の先生や自分の両親、義理の両親などが、私の子育てをどう見ているかがとても気になってしまいます。何か子どものことで指摘されたりすると、とても落ち込みます。どうしたら、自分の子育てに自信が持てるようになるのでしょうか。

強すぎる母親への社会的プレッシャー

 この連載には、たくさんの質問を頂いていますが、多くの質問の背景に、「子育てに自信が持てない」という悩みがあると感じています。実はこれは私自身の悩みでもあって、どうしたら克服できるのか、私も日々考えています。

 多くの母親が自信を持てないでいる理由の一つには、母親に対する社会的プレッシャーの大きさがあるように思います。そこには、「ガスライティング」と「マムシェイミング」が関係しています。

 簡単な例として、社会から受ける容姿に対するプレッシャーについて考えてみましょう。私は妊娠・出産を経て、シミやそばかすが以前より濃くなりましたが、世間では「美白」「アンチエイジング」などの言葉をよく見聞きしますし、シミやそばかすについても「良くないもの」とするメッセージがあふれています。

 妊娠によって、色素が少し濃くなるのは生物学的に自然なことです。また、子どもに支度をさせて大急ぎで出かけることも多いので、丁寧に日焼け止めを塗ったりできないことも多いです。子どもを産み、育てていく中で自然に起きる肌の変化でさえ、恥ずべきことであるかのように思わされるのは理不尽に感じますが、それでもそうした肌の変化を、「きちんとケアしていなかった私がいけない。恥ずかしいことなのだ」と話すお母さんに会うこともしょっちゅうあります。

 妊娠・出産を経て体形が変わることも自然な変化です。しかし、出産直後に、そのままの体形でいることよりも、いち早く痩せて元の体形に戻すことが望ましいという認識はまだ根強く、私も、身体的、精神的な不調を抱える産後の不安定な時期に、出産後の体形について悩んでしまったことがあります。

 一人の人間を世に送り出したばかりの自然な変化なのに、なぜネガティブな感情を抱かなくてはいけないのでしょうか。ましてや「恥ずべきこと」だと思う理由なんてないはずです。これらは、「ガスライティング」の一種なのです。

 ガスライティング(GasLighting)とは、本来はなんらかの不利益を被っている被害者である人に対し、「実は自分が悪いのではないか」「自分に非があるからこうした状態に陥っているのではないか」と思わせることを指します。心理的虐待の一種です。1944年にアメリカで映画化もされた『ガス燈』という戯曲に由来しているそうです。夫が家の中でさまざまな細工をして不可解な現象を起こし、おびえる妻に「勘違いだ」と言い続け、精神的に追い込むというストーリーです。

 ガスライティングは、精神医学の中では一般的な心理操作手法の一つですが、気を付けてみると社会生活の中で広く起きていることに気付きます。女性も男性も、さまざまなガスライティングを受けていますが、母親は特に、社会的なガスライティングを受けていることが多いと感じています。

なんらかの不利益を被っているはずの当事者を精神的に追い込む「ガスライティング」。母親は社会的なガスライティングを受けていることが多いという(写真:理絵 ジュト /stock.adobe.com)
なんらかの不利益を被っているはずの当事者を精神的に追い込む「ガスライティング」。母親は社会的なガスライティングを受けていることが多いという(写真:理絵 ジュト /stock.adobe.com)
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子育て中の女性への「ガスライティング」

 子育て中の女性は特に、「母親の責任だ」と責められたり、冷ややかな視線を受けたりしているように感じることが多く、自信をなくしやすいのではないでしょうか。母親は、無意識の偏見などによって、家事や育児などの無償労働を担うことがまだまだ多いのが現状です。2020年のOECD(経済協力開発機構)のデータによると、日本の場合、女性が家事育児に携わる時間は、男性の5.5倍にも上るそうです。

 家事や育児は、家族の誰かがしなくてはならず、「誰もしない」という選択肢はあり得ません。それなのに、育児のために時短勤務をせざるを得ない状況に置かれた女性が他の人より早く退勤する場合、どんなに仕事をしっかりこなした後だとしても「自分は周りの人に迷惑をかけている」という罪悪感を持たされてしまうケースは、少なくありません。

 もちろん、与えられた仕事は全うする責任がありますし、周りの人へのリスペクトや感謝の気持ちは大切です。しかし、男性の5.5倍の家事や育児を担っている女性が、そのために早く帰ることに対して、これほどまでに罪悪感を持たされる必要はあるのでしょうか。

 日本は、明確に女性を差別するような制度は減っています。しかし、「家事や育児は女性が担うべきもの」といった無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)は根強く、それが男女の家事・育児時間の大きな差や、時短勤務に対して女性が罪悪感を持たされるといったガスライティングにつながっているように思います。こうしたガスライティングが、男性に対してはほとんどないことを考えると、やはり背景にはジェンダー不平等(男女格差)があるといえるでしょう。

 世界経済フォーラム(WEF)が発表した2024年のジェンダー・ギャップ指数は、日本は146カ国中118位となっています。職場での女性の管理職の比率も低く、男女の賃金格差も日本はOECD平均の2倍で、男性の賃金を100とすると女性の賃金は78.7というデータもあります(2022年のOECDの調査による)。

 無意識の差別の「被害」に遭っているにもかかわらず、「会社に迷惑をかけている自分が悪いのではないか」「仕事と家庭をうまく両立できていない私が悪いのではないか」と思っている母親がとても多い。こういった母親に対するガスライティングは、「マムシェイミング(Mom Shaming:母親に恥を感じさせること)」と呼ばれることもあります。子育てで、母親が何をしても、何を選択しても、なぜか責められるという現象のことです。

 母乳か粉ミルクか、保育園か幼稚園かといった選択の、どちらを選んでも批判されますし、母親に原因があるわけではない子どもの病気や行動についても、母親が責められてしまう。今では、親の育て方が原因ではないと科学的に証明されている発達障害についても、いまだに「母親の育て方のせいではないか」と言われることが多いとも聞きます。

時短勤務することで「自分は迷惑をかけているのではないか」と罪悪感を持たされてしまうのも、社会的なガスライティングの一例。背景にはジェンダー不平等がある(写真:buritora/stock.adobe.com)
時短勤務することで「自分は迷惑をかけているのではないか」と罪悪感を持たされてしまうのも、社会的なガスライティングの一例。背景にはジェンダー不平等がある(写真:buritora/stock.adobe.com)
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子育てには「正解」も「誤り」もない

 渦中にいると気付きにくいかもしれませんが、日本の母親に向けられるプレッシャーは、本当に大きいと感じます。そしてガスライティングやマムシェイミングが、母親たちに「周りに迷惑をかけないように『正しい』子育てをしなくてはならない」と思い込ませているように感じてなりません。

 実際は「正しい」子育ての正解など存在しませんし、正解がないのであれば誤りも存在しないはず。「『正しく』育てれば、どんな子どもも、賢くてお行儀の良い、優しい子に育つはず」というのは幻想です。それなのに私たち母親は、「私の子育ては間違っているのではないか」と絶えず不安にかられています。

 私は小児精神科医という仕事柄、いろいろな子どもや親を見ています。気分のアップダウンが激しい子ども、強い不安を抱えやすい子ども、イライラしやすい子ども、感情が爆発しやすい子どもなど、本当にさまざまな子どもに接します。親御さんたちは必死で頑張っていて、「私のせいではないか」「私の育て方が悪かったのではないか」と、自分を責める人も多いですが、実際は母親のせいではないことがほとんどです。

 そして、多くの子どもたちを診てきた私でも、自分の子育てでは分からないことのほうが多いのです。少なくとも他の親御さんたちに比べると、多くの子どもたちを見ているはすですが、相変わらず子育てでは迷ったり悩んだりすることばかりです。

 自分の子どもであっても、親にはどうしようもないこと、コントロールできないことはたくさんあります。私自身は頑張っているつもりではありますが、「私がこれをやったからうまくいった/うまくいかなかった」というわけではなく、子どもたちが持って生まれたものに対して、なんとか必死で対応しているだけなのではないかという気がしています。

自信を奪っているものの正体を知る

 なぜこんなお話をしたかというと、自分のつらさを生んでいる現象に、名前が付いており、実際は自分が責任を感じたり、恥ずかしいと感じたりする必要はないことが多いということを、ぜひ知ってほしいと思ったからです。

 ただ、「これはガスライティングやマムシェイミングのせいなのだ。私が自信をなくす必要はないんだ」と頭では分かっていても、それを払拭するのは簡単なことではありません。周りがその影響を受けているのに、自分だけがガスライティングやマムシェイミングをはねのけることは、なかなかできません。私自身も、子どもを連れて日本に帰国すると毎回「自分はダメな母親なのではないか」と思って落ち込むことがあります。息子たちが、公共の場で動き回ったり、声を出したりすると、周りの人から「座って待てないのは、母親のしつけがなっていないからだ」と責められているような気持ちになります。

 それでも、みなさんにも、そして自分にも、「そんなに自分を責める必要はない」「もっと自信を持ちましょう」と言い続けたいです。恐らく、日本社会がジェンダー平等に近付けば近付くほど、こうしたプレッシャーはなくなっていき、日本のお母さんたちに対するガスライティングやマムシェイミングもなくなっていくでしょう。ただ、それには時間がかかりそうです。

 ここでは、「こうすれば自信を持って子育てをすることができるようになります」という処方箋を示すことはできません。しかし、私たちから自信を奪っているものの正体を知ることで、少しでも不安な気持ちが和らげばと思っています。また、これから母親になる女性たちに、同じ思いをさせないよう、理不尽なガスライティングやマムシェイミングをなくす努力が、少しでも広がっていくことを願っています。

まとめ
1. 母親が自信を持てないことの原因は、母親個人の能力や性格の問題ではなく、母親に対する社会的プレッシャーの大きさがある。
2. 子育て中の母親は、本当は自分に非があるわけではないのに、あたかも非があるかのように思い込まされる「ガスライティング」を受けていることが多い。これは「マムシェイミング」とも呼ばれており、母親は、何をしても、何を選択しても責められる傾向がある。「ガスライティング」や「マムシェイミング」が、母親から自信を奪っている側面がある。
3. 自分の子どもであっても、親にはどうしようもない、コントロールできないことがたくさんある。

取材・文/大井明子 構成/木村やえ(日経BOOKプラス編集部)