自分で考えず、言われたままに対応する「具体病」の人は、近い将来AIに取って代わられる。具体性に欠け抽象論ばかりの「抽象病」は話が深まらない。では、依頼主や顧客の真のニーズをつかみ、価値の高い仕事ができるようになるには、どうすればよいのか。新入社員からマネジャーまで、すべてのビジネスパーソンに役立つ内容を 『ビジネス思考力を鍛える クイズで特訓50問』(日経文庫) から一部を抜粋してお届けする。
5つの発言、どこに問題が?
次の①~⑤は、具体病と抽象病どちらか?
次の①~⑤の発言は、
A:具体のみで抽象の視点が欠けている(具体病)
B:抽象のみで具体の視点が欠けている(抽象病)
のどちらかを判断し、どのようにすれば改善できるかを考えて下さい。
①「お客様に『少し値段が高いですね』と言われて5%の値引きをした」
②(初対面の30人への自己紹介の場で)「私の趣味は映画鑑賞です」
③「先週は大変貴重なお話をありがとうございました」
④「うちの業界は特殊だから、他の業界の成功例は参考にならない」
⑤「新しい技術を導入するには、先行している同業他社の事例が必須である」
具体と抽象のバランスを考える
①「お客様に『少し値段が高いですね』と言われて5%の値引きをした」は?
【解答】具体病である
「値段が高い」と言われた → 値下げする
「給料が安い」と従業員アンケートで多数派が答えた → 昇給を検討する
「会議時間が長い」と言われた → 時間短縮を検討する
「資料が厚すぎる」と言われた → 薄くするよう検討する
このような事象は、ビジネスの現場で日々あらゆるところで見られると思います。いずれも典型的な具体病です。
「言われたことを具体レベルでそのまま反映する」だけで、そこに一切の考察や思考が含まれていません。このレベルの仕事であれば近い将来AIが代わりにこなしていくことになるでしょう。
これに対して、すべて「なぜ?」を問うてみること、これが手段に対しての目的を考えるというある種の「抽象化」です。そうやって依頼主や顧客の真のニーズをつかむことで価値の高い仕事にできる可能性があります。
例えば「会議時間が長い」という意見が出た場合、単なる時間の問題ではなく、効率が悪かったとか遊んでいる時間が発生したなど、それ以外の要因であることが多いので、時間を短くするだけでは事態の解決にならない場合が多いのです。
②「私の趣味は映画鑑賞です」は?
【解答】抽象病である
今度は逆に具体の視点が欠けている抽象病です。この発言の何が問題でしょうか?
「自己紹介して下さい」と言われて「趣味は映画鑑賞です」とか「趣味は音楽鑑賞です」と答える人は多いでしょう。でもよく考えてみて下さい。自己紹介の目的は何でしょうか?「自分は他の人とここが違う」という自分の固有のことを話さなければ実は自己紹介にはなっていないのです。極端な例を挙げれば、「私は人間です」と言っているのと同様、音楽鑑賞や映画鑑賞は、おそらく半分以上の人が持っているであろう趣味の一つだからです。
では、その人ならではの個性を出すには、どうすればよいでしょうか? もちろん映画鑑賞が趣味ならば、それ自体はまったく悪いことではありません。ただし、この場合にはもう少しジャンルをしぼって「海外ミステリーが好き」とか「日本のホラーが好き」といった内容が加わると、具体性が上がって聞いている人の興味も俄然(がぜん)上がってくると思います。
このように、趣味の紹介でも抽象から入って具体性を上げていくことに会話としての価値を上げるポイントがあるのです。具体的な表現のほうが人の心をつかむという点で次の例に行きましょう。
③「先週は大変貴重なお話をありがとうございました」は?
【解答】抽象病である
もうおわかりでしょう。この言葉、どこの誰にでも当てはまるお礼です。聞いた人はうれしいでしょうか? もちろんうれしくないことはないでしょうが、これをさらに具体化して、この人の先週の話ならではのお礼として「子供の時にお住まいになっていた雪国の雪かきのご苦労の話、南国育ちの私には本当に目から鱗(うろこ)でした」と、相手も自分もパーソナライズして具体化した表現をすれば、相手との距離もぐっと近くなるでしょう。
つまり具体というのは「すべてが特別」という世界で、抽象度は上がれば上がるほど「皆同じ」となるのです。
④「うちの業界は特殊だから、他の業界の成功例は参考にならない」は?
【解答】具体病である
これもビジネスの現場で業界を問わずよく聞かれる発言ですが、「具体の世界はすべてが特殊」であることを考えれば、このような発言が出ること自体、この発言者が「具体的なレベル」でしかものごとをとらえていないことを意味するのです。
抽象度を上げて会社や仕事を見てみれば、実はまったく違うように見える他の業界や会社との類似点が見つかるはずなのです。
⑤「新しい技術を導入するには、先行している同業他社の事例が必須である」
【解答】具体病である
これも新しいデジタル技術やプロセス等を導入する際によく聞かれる言葉ですが、①の例で出したように、すべてを「そのまま使おう」という具体病の人に見られる姿勢です。
そもそも新しい技術の導入例を真似(まね)したとたんに、それはもはや新しいものではないという自己矛盾に陥ります。先行事例を抽象度を上げて見てみれば、それは「誰もやっていないことをリスクをとってやった」ということかもしれず、そうなると「事例をそのまま真似する」という「具体レベル」の真似は「抽象レベル」では真似にならない、ということになるのです。
具体・抽象思考、アナロジー思考、仮説思考など、コンサルタントの思考法が学べるクイズ集。考える力を向上させたい人を対象に、自分の頭で考えるアウトプットの機会を提供、厳選された50問から良質なトレーニングを経験できます。
細谷功著/日本経済新聞出版/定価990円(税込み)