「頭がいい人とそれ以外の人の違い」について、偏差値35から東大合格した僕(西岡壱誠)が考える本連載、今回のテーマは「入学試験」です。
みなさん、入試で結果を出すために一番大切な資質ってなんだと思いますか?
僕は以前、漫画『ドラゴン桜』の作者である三田紀房先生から、こんな質問を受けたことがあります。
「西岡くん、東大に合格するために一番必要な資質ってなんだと思う?」と。
みなさんは何を思い浮かべるでしょうか? 学力とか記憶力とか集中力とか、そういうものを思い浮かべる人が多いと思います。
合格の条件は、受験すること
ですが、三田先生の回答は違いました。「それはね、『東大を受けよう』と思う心だよ。どんなに頭がよくても、『東大を受けよう』と思わなければ、東大生にはなれない。逆にそうやって自分から『東大に行こう』と思えれば、どんな弱さを持つ人でも、可能性はある。最初のその一歩を踏み出すというのがとても大事で、本当に多くの人がやらないことなんだ」と。
そもそも「東大を受けよう」と思う人って少ないと思いませんか?
僕は高校時代を、東大志望の人が自分以外にいない学校ですごしたので特にそう感じるのかもしれませんが、漫画『ドラゴン桜』12巻では、こんなデータが紹介されています(2006年刊行の漫画なので、データが少々古いのはお許しください)。
センター試験の得点でいえば、慶応法学部に受かるより、東大の理科Ⅰ類を1次通過するほうがずっとハードルは低いというわけです。この事実を踏まえて、桜木建二先生は、志望校選びで妥協してはいけないと語ります。
難関校は、目指した時点で半分合格
例えば、どんなに野球がうまくても「甲子園に行こう!」と決意するかというと、どうでしょう。それだけのポテンシャルを持つ人の数に比べれば、本気で目指す人は一握りだと思います。どんなに部活に力を入れているといっても、本気で「全国大会で優勝を目指そう!」なんて思う人は少ないのではないでしょうか。
そもそも目指してもいないから、受からない。
逆に難関校を受けようと思った時点で、多くの人がたどり着けない地平に到達している。
それが入学試験の真実だと思います。
暴論かもしれませんが、東大は、東大を目指し始めた時点で半分合格しているようなものなのです。
これと同じよう考えてみると、本当に「頭がいい人」というのは、自分で自分の限界を決めず、自分の意思で前に進んでいける人なのではないでしょうか。勇気を持って、高い目標を持って頑張ろうとする人が、真に「頭がいい人」なのではないかと僕は思うのです。
「なれま線」の落とし穴
高校時代、偏差値35だった僕が、東大を受けようと思ったのは、学校の先生に「東大に行け」と言われたからです。そのとき、先生は僕に、こんな話をされました。
「大人は大抵、一本の線で囲いこまれている。それは『なれま線(=なれません)』という線だ。」
「幼稚園の頃、お前はいろんなものになりたかったはずだ。それだけじゃない。なろうと思えば、なれると信じていたはずだ。サッカー選手にだってプロ野球選手にだってなれると思っていた。宇宙飛行士にもなれると思っていたし、会社の社長にもなれると思っていた。でも、小学校に上がって中学校に上がって、大人になるにつれて、どんどん『なれないもの』が増えてきた。サッカーがもっとうまい子はいるからサッカー選手にはなれない。頭が悪いから宇宙飛行士にはなれない。野球選手にも、会社の社長にもなれない。そうやって『なれないもの』がたくさん出てきた」
「『なれないもの』が出てくると、本当はなかったはずの『線』ができてくる。ずっと遠くにあったはずのラインが、そんなものはないと思っていたはずのラインが、大人になると見えてきて、どんどん近づいてくる。それが『なれま線』だ」
「その線は、人間一人ひとりを取り囲み、取り囲まれた人間は、その線を飛び越えて何かをしようとすることができなくなる。その線の中の狭い領域でしか行動しなくなる」
「でもその線は、幻想なんだ。自分で勝手に、自分の周りに引いているだけの線なんだ。西岡、その線を越えられるような目標を持って、何か本気で頑張ってみろよ」
この話を聞いて、「確かに、そうだ」「自分で自分の限界を勝手に決めていたのではないか」「もしかしたら自分でも何かすごいことができるかもしれない」と思ったんですよね。だから、偏差値35からの東大受験を決意しました。
そして今思うと、本当に先生が言っていた通りだなあ、って感じるのです。
身の程を知ることが「頭のよさ」なのか?
確かに、人間にはどこかに限界があって、どんなに頑張ってもできないこととか、自分にはどうしても無理なこともあるかもしれません。そこをよく理解して、身の程をわきまえた行動をしている人は「頭がいい」ように思えます。
でも、その限界の多くは、自分で勝手に決めつけて引いただけの「なれま線」なんですよね。自分が「ここまで」と思っているからそこまでになってしまって、そこから先に進むことができない。
試してもいないのに、「無理だ」と決めつけてしまっていることって、多いのではないでしょうか。
「身の程をわきまえた行動」を「頭がいい」というのであれば、「馬鹿(ばか)」になったっていいのだと思います。
馬鹿になって自分の決めた線を越える。そうすると、痛い目を見たりするかもしれませんが、それで自分の「なれま線」は少し遠ざかり、自由に動ける領域は大きくなっていきます。可動域が大きくなり、そこで成功体験が生まれれば、「なれま線」なんて自然と消えてなくなってしまいます。
挑戦もせずに立ち止まり、「ここまでだ」と決めつけた範囲の中だけで行動していたら、失敗することもないかもしれませんが、成功することも、成長することもありません。大切なのは、無意識のうちに引いている線を越えて行動してみること。その積み重ねが、真に「頭がいい人」をつくっていくのではないでしょうか。
難関校への挑戦は、失敗しても価値がある
受験シーズンが到来すると、多くの学生たちが入学試験にチャレンジして、勝ったり負けたり、笑ったり泣いたりすると思います。
受かる受験生もいれば、落ちる子もいるでしょう。でも、志望校と距離がありながらも頑張って、それでも落ちた子が愚かだったのかといえば、絶対にそんなことはないはずです。自分の限界に挑戦し、懸命に戦う行為は、その先の人生で必ず生きてくる、それこそ「頭がいい」行為であるはずです。
最後に、僕が担当編集の一員を務めた漫画『ドラゴン桜2』から、東大合格を決めた直後の早瀬菜緒と天野晃一郎、そして桜木先生の言葉を、振り返りたいと思います。
挑戦する勇気を持つこと。変わることを楽しむこと。自分で自分の限界を決めないこと。そんな桜木先生のメッセージをしっかり胸に刻んで、精いっぱい、生きていきたいものですね。
[日経ビジネス電子版 2021年12月29日付の記事を転載]
西岡壱誠(著)、日経BP、1760円(税込み)











