自己肯定感の低さは、日本社会で長らく問題となっています。自分を肯定的に捉えられない、仕事にやりがいを見いだせない、心からのやりたいことが見つからない。その原因はどこにあるのでしょうか? そして、どうすれば自己肯定感を持って生きることができるのでしょうか?  『「本当の強み」の見つけ方 「人生が変わった」という声続出の「自己価値発見トレーニング」』 の著者で20年以上にわたって全国の大学・企業で指導をしている福井崇人氏と、やる気に満ちたやさしいチームのつくり方を提唱している斉藤徹氏による対談を通して考えます。前編は「働く人の“持続可能性”について」。

本来の価値を失った「表面的なサステナビリティー」

斉藤徹氏(以下、斉藤):最近はSDGs(持続可能な開発目標)という言葉を聞く機会が増えました。

 これまで日本企業の多くは「儲(もう)ける」ということに過剰に注力し、一方で環境問題や働き方をはじめとする様々な問題が後回しにされてきました。少しずつは変わってきていると思いますが、それでもいまだに数字至上主義からは脱却できていないように感じます。

斉藤徹(さいとう・とおる) 起業家/経営者/研究者/執筆者<br>hint代表。ループス・コミュニケーションズ代表。ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授。1985年、日本IBM入社。2005年にループス・コミュニケーションズを創業。16年に学習院大学経済学部経営学科特別客員教授就任。20年にビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授就任。18年には社会人向けオンラインスクール「hintゼミ」を開講。企業向けの講演実績は数百社に及び、多数ある著書には『だから僕たちは、組織を変えていける』(クロスメディア・パブリッシング)などがある(写真=尾関祐治、以下同)
斉藤徹(さいとう・とおる) 起業家/経営者/研究者/執筆者
hint代表。ループス・コミュニケーションズ代表。ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授。1985年、日本IBM入社。2005年にループス・コミュニケーションズを創業。16年に学習院大学経済学部経営学科特別客員教授就任。20年にビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授就任。18年には社会人向けオンラインスクール「hintゼミ」を開講。企業向けの講演実績は数百社に及び、多数ある著書には『だから僕たちは、組織を変えていける』(クロスメディア・パブリッシング)などがある(写真=尾関祐治、以下同)
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福井崇人氏(以下、福井):その実感は確かにありますね。SDGsの潮流をはじめ、社会が大きな変化の中にいるのに、組織も個人も変化しきれていない印象を私も持っています。

斉藤:組織のあり方という点でも、100年前と同じ方法論でマネジメントが行われています。「統制型」といわれる、業務の標準化と管理専門部署による計画・管理による組織マネジメントです。

福井:一方で「パーパス」、その組織の存在意義や目指すものが掲げられるケースも増えていますね。これまで言われてきた「ミッション・ビジョン・バリュー」を飛び越えた概念としてのパーパスが、経営の分野でトレンド的に広まっているのも感じます。

斉藤:組織においては、パーパスが根幹にあり、一人ひとりがやる気を持ちつつ、自走していく形が望ましいですね。

福井:斉藤さんの新刊『だから僕たちは、組織を変えていける』でも、「自走する組織」の重要性が強調されていました。

斉藤:はい。組織における優先事項が数字から人へシフトして、一人ひとりが「しなくちゃ」ではなく「しよう」「したい」というメンタルを持つことが大切です。

福井:「しよう」「したい」という思いがあれば、「SDGs」も「パーパス」も一過性のものではなく、私たちの日常に根付いて持続していきそうですね。

小手先の技術の中に「個性」は存在しない

斉藤:福井さんは新刊『「本当の強み」の見つけ方』の中で、もともと「組織の言葉」であったパーパスを、「個人の言葉」として使っていますね。一人ひとりが持つべき軸としてパーパスという言葉が使われているのが、新鮮でした。

福井:新刊では、個人個人が自分自身の存在意義を定義するための「パーパス」に焦点を当てました。「マイパーパス」と呼ばれるものと同じ意味で「自分(個人)のパーパス」という言い方をしています。それぞれが自分のパーパスを発見することが、働きがいや生きがいにつながると思い、そのノウハウを1冊にまとめました。

 「自分が心の底からやりたくて、自分だからできる目標」に従って生きること。私も一人ひとりが「しなくちゃ」ではなく「しよう」「したい」で生きることが大切だと思っています。ただ、「自分が心の底からやりたくて、自分だからできる目標」は、自分への理解を深めない限り、見つけることができません。自分の内側に、自分から飛び込んでいくしかないんです。

斉藤:自律的で内発的なものなんですね。組織においても、ミッションには「与えられたもの」というイメージがあるのに対して、パーパスは「自己選択したもの」と捉えられます。

福井:与えられたものか、自分の中から生まれたものかという違いは大きいですね。

斉藤:さらに福井さんの本で気になったのは、「これまで20年以上、企業でのワークショップや大学での講義をしてきた」と書かれていたことです。何かきっかけのようなものがあったのでしょうか?

福井:実は、私自身が自分のパーパスを強く意識したのが、その頃なんです。

 似たような考えは、自分が高校生の頃から持っていました。もちろん当時は「パーパス」という言葉そのものは使っていませんでしたが、通っていた予備校の先生に「『個性=らしさ』を出せ!」と言われて、今で言うパーパスを意識するようになりました。

斉藤:高校生とは、ずいぶん早いですね!

福井:美術大学の出身なのですが、美大を受験する過程で「個性=らしさ」を徹底的に意識させられたんです。そんな時に、坂崎乙郎さんの『絵とは何か』という本に出合い、作品に込められたゴッホ自身の思いに強く心が揺さぶられました。そんな出合いに支えられて「個性=らしさ」を追求する中で、パーパスに近いものを持つようになりました。

斉藤:僕が同じように言われたら、何となく、色の塗り方やタッチといったHOWに個性を求めてしまいそうな気がします。福井さんが自分を掘り下げる方向に向かったのは面白いですね。

福井:アートにおいて自分の作品と向き合うことは、すなわち自分自身と向き合うことですから。

 今回の本の中では、パーパスに従って生きる人の例として、大学時代からの友人である映画監督の細田守さんの話も書かせてもらいました。彼のように油絵を専攻すると、待っているのはひたすら「自分と向き合う時間」です。油絵に重ね塗りは必須ですが、一層一層、乾くのにも時間がかかりますし、題材で「自画像」を描くことも多い。半ば強制的にそういう時間を過ごしていると、自分と向き合うことにも慣れてくるのです。

 それで、私自身も自分のパーパスをそこそこ意識しながら生きていて、広告代理店という希望の会社に就職したのですが……。

斉藤:そこで、大きな挫折を経験したわけですね。

福井:はい。70日間も、会社に行かずに引きこもることになりました。(苦笑)

「引きこもった70日間で、自分を徹底的に深掘りしました」と語る福井氏
「引きこもった70日間で、自分を徹底的に深掘りしました」と語る福井氏
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福井:引きこもった70日間は本当に落ち込んだし、つらかったのですが、改めて「自分とは何なのか?」を考えることができました。その際に見つけた私自身のパーパスが「あらゆる人が持つ可能性に気づける人でありたい。それが見えなくて悩んでいる人の力になりたい」ということ。そしてそこでたどった思考が、今回の本で紹介しているメソッドの原型になっています。

斉藤:今、福井さんが多くの人のパーパスづくりに長らく携わっている背景にも、福井さん自身のパーパスがあるのですね。

福井:パーパスは、アートのようなクリエイティブな分野では不可欠ですが、それ以外の仕事でも、自分らしさを持ち続けるための鍵になると思います。特に、会社員の方などは、自分のやりたいことと組織からの指示がかみ合わないようなことが出てくるでしょう。そんな時にパーパスがあると強い。多少、組織に理不尽さを感じても、折り合いを付けていけるはずです。

(写真:Shutterstock)
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自分のパーパスと組織のパーパスの違い

斉藤:僕は組織について考えている立場なので、組織の言葉である「パーパス」を、個人に使うことには実は少し抵抗感があります。それで、この対談でもきちんと区別して使おうと意識してきました。

 組織は個人の構成体ではありますが、組織のパーパスと個人のパーパスが完全に一致することは難しい。個人が自身のパーパスを強く持つことで、組織のパーパスとぶつかってしまうということも、究極的には起こり得ると思っています。だからやっぱり、個人は個人、組織は組織、なんです。

福井:安易に混ぜてしまうと、本質が見えなくなるかもしれません。でも、自分自身のパーパスを基準に所属組織を選んだなら、その組織のパーパスとは、何か共鳴できるところがあるようにも思います。

斉藤:その視点で言えば、福井さんのおっしゃる「パーパス」、つまり「マイパーパス」に近いことを、僕も別の言葉で言っているかもしれません。

福井:というと?

斉藤:僕は、個人個人で「自分にとって何が幸せか?」と考えることは、生きる上での軸になると考えています。「幸せ」を軽く捉えるとお金やモノなどの物質的なものや一種のエゴになる可能性がありますが、必要なのは、そこからもっと深く掘り下げていくこと。深く深く「自分にとって何が幸せか?」と考えていくと、やがては、自分の強みを生かしてコミュニティーや組織といった「大きなもの」に貢献しようという思いにつながると思うのです。そして、この「大きなもの」への貢献で発見できる強みを、僕は「愛」と表現しています。

福井:愛! すてきな言葉ですね。確かに、愛とパーパスは非常に近いかもしれません。

斉藤:特に、組織で働く人は、そもそもその組織の何かに「好き」という気持ちがあったからそこに加わっていると言えます。もしくは組織そのものは好きでなくても、引かれる「何か」があったはず。その「何か」を皆で共有することが大切なのではないか、と。

福井:共有できていない組織は多いですね。「個人のパーパス」を持った人が、その「何か」を共有し合うことで、「組織のパーパス」を実現していける。2つのパーパスを両立するための働き方・組織のあり方を実現させていきたいですね。

「マイパーパスと組織のパーパスには共鳴するものがある」と斉藤氏に説明する福井氏
「マイパーパスと組織のパーパスには共鳴するものがある」と斉藤氏に説明する福井氏
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(後編に続く)

文・構成=幸田華子(第1編集部)

ガシガシ書き込みながら自己分析できる自分探しメソッド

「自分が心の底からやりたくて、自分だからできる目標」である個人のパーパス(存在意義)を、あなたはもう自覚できていますか? 著者自身が仕事で大きな挫折を経験し、70日間引きこもってようやく見つけたメソッドを体系化。自分を深掘りすることで、強みはもちろん「自分の価値」にも気づくことができます。働きがい・生きがいを発見する人生の旅に、一緒に漕(こ)ぎ出そう。

福井崇人(著)/日経BP/1760円(税込み)