自己肯定感の低さは、日本社会で長らく問題となっています。自分を肯定的に捉えられない、仕事にやりがいを見いだせない、心からのやりたいことが見つからない。その原因はどこにあるのでしょうか? そして、どうすれば自己肯定感を持って生きることができるのでしょうか? 『「本当の強み」の見つけ方 「人生が変わった」という声続出の「自己価値発見トレーニング」』 の著者で20年以上にわたって全国の大学・企業で指導をしている福井崇人氏と、やる気に満ちたやさしいチームのつくり方を提唱している斉藤徹氏による対談を通して考えます。後編は「組織を変えていく力」について。
(前編から読む)消費者にも見透かされる「企業の裏の顔」
福井崇人氏(以下、福井):上場企業の役員の失言が話題になることがあります。
斉藤徹氏(以下、斉藤):企業や大学で、組織を引っ張る立場の人たちの失言が後を絶たないのは嘆かわしいです。
福井:マーケティングの観点で見れば、失言は、企業から消費者に向けた1つのコミュニケーションです。悪い意味ではあるものの、消費者がその企業の存在を認知するきっかけにはなります。同時に、権限のある人の発言は、ある意味その会社の価値観そのものです。そう考えると、その会社組織が健全でないことも世間にアピールしてしまいます。
普段はクリーンな顔を見せている企業の中で、実はとんでもない価値観がまかり通っている。この「ウチとソトのギャップ」に、多くの消費者が反応しているのではないでしょうか。
斉藤:企業が持つ裏表、つまり「思いと行動の不一致」が炎上を引き起こしているということですね。
以前から僕は、コミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之さんと、「思いと行動の一致」が、消費者に誠実さを示すためにより重要になってくる、と発信してきました。しかし多くの方から「それはきれいごとだ」と言われていたんです。
福井:ここ10年くらいで大きく変わりましたね。実態が伴わないと、とたんに炎上してしまいます。
斉藤:その背景には「ソーシャルシフト」があると僕は考えています。企業の公式な発表、つまり表の顔以外のものが、社員同士、あるいは顧客とのやり取りで見えてしまうようになりました。
でも、これは全くの新しい話ではなく、かつてバラバラな社員が集まって労働組合ができたのと同じ流れの中にあると思っています。社会での一人ひとりの「つながる力」が強くなっている。SNSもその流れだと思います。
「合言葉」が生む変化の力
福井:今までは隠されていたパワハラ行為なども、表に出やすくなっていますよね。「パワハラ」は比較的新しい言葉ですが、今までもあったけど、見えなかったものが見えるようになった。そこにも「ソーシャルシフト」が影響していると思います。
斉藤:「新しい言葉ができる」ことの役割は大きいですね。
それまでにもあった上司からの理不尽な命令に「パワハラ」という言葉ができたことで、問題がより明確になりました。あるいは「ブラック企業」という言葉も、集団の結束力をさらに強くしたと僕は思っています。新しい言葉が、その状態を共有できる合言葉として機能しています。
福井:そうですね。言葉にしないでふわっとしたままだと、自分自身も問題意識を持ちにくいですし、人に伝えたり、共有したりするのも難しい。
斉藤:福井さんは、新刊『「本当の強み」の見つけ方』でも、自分自身の思いや過去の出来事を言葉にして、「自分自身のパーパス」を表現することを勧めていますね。その背景にも、やはり同じ思いがありますか?
福井:そうなんです。個人においても組織においても、思いを表現して共有する言葉を持つことがとても大切です。言葉があるから、問題意識を共有できる。最近、多くの企業でパーパスが考案されている背景にも、この言葉の力への気づきがあると思っています。
福井:残念ながら「自社のパーパスにピンとこない」という意見も耳にします。せっかく企業がパーパスを決めても、その企業の中で働いている人自身が実際の状況との不一致を感じてしまっているケースです。
でも、この気づきも、企業がパーパスを決めたことによって生まれたものかもしれない。パーパスが決まったから、「自社の表裏」や「思いと行動の不一致」に気づくことができたのではないか、と。
斉藤:働く人が「このままの組織じゃダメだ!」と声を上げることも増えています。 前回 もお話ししましたが、多くの人は少なからず「好き」という気持ちを持って、その組織に加わったわけです。そんな人が違和感を持った時に、「組織は1人でも変えられる」と知り、できることから動き出してほしい。そんな思いで、拙著『だから僕たちは、組織を変えていける』をまとめました。
福井:「組織は1人でも変えられる」。これは、企業の中で違和感を持っている人への激励ですね。
どうすれば「たった1人」から組織を変えていけるのか?
福井:書籍では、組織を変える方法として、7つのステップが紹介されていました。「自社の裏表」や「思いと行動の不一致」に気づき、悩んでいる人にとって、特に大切な点は何でしょう?
斉藤:7つのステップとは、自分自身の変革から始まり、自分が影響を及ぼせる人を少しずつ増やすことでチームや組織を変えていくメソッドです。うまくいっていない組織は「結果が出ない→メンバー同士の関係が悪くなる→他人に無関心になる→やらされ仕事になる→さらに結果が出ない」という「負の循環」になりがちです。そうではなくて、「成功の循環」を回すこと。信頼と希望に基づいた共感のネットワークづくりを目指します。本ではこれを7段階に分けて説明しています。
中でもここでお伝えしたいのは、「自分自身の変革」です。大切なのは、主体性を持つこと、そして自分を正しく認識することだと、僕は思っています。「組織を変えたい!」と思う人は多いですが、そこから動き出せる人は少ない。その差は主体性、言い換えれば「自分が起点になって、変えていこう」という気持ち。主体性を持つことはゴールではなく、スタートです。
福井:分かります。悩むのではなく、前向きに考えるということですね。
斉藤:はい。この部分が福井さんの本ではしっかり書かれていますね。悩んでいる状態を抜け出して主体性を持つことができるように思います。
ただ、主体性だけがあっても、組織変革はうまくいきません。「自分を正しく認識する」ことが不可欠なんです。人も組織と同じで、やっぱり「裏表」や「思いと行動の不一致」があれば、信頼を得られませんから。
福井:なるほど。同じ組織に長年、所属していると、それだけで組織の価値観で物事を考えやすくなりますから、客観的に自分を認識することは大切ですね。
斉藤:この点は、役職がある方や会社の偉いポジションにいる人にこそ、特に意識してほしいポイントです。権威を持てば持つほど、周囲からは「愛ある批評家」が減っていきますから。
福井:権力が集中するほど、客観的な視点から苦言を呈してくれる人がいなくなってしまうのは、宿命ですよね。自分を正しく認識する上で他人からの言葉が大切だというのは、まさに私自身も実感しています。それで私の本の自分を深く理解するためのワークでも、「利害関係のある人や気を使う人ではなく客観視できる人とやってください」と書きました。
斉藤:もし自分を客観視してくれる人が周囲にいないなら、その人が自分のために言っているのか、ポジショントークで言っているのかを聞き分けられるようになればいいのですが、これも「自己認識力」のない人には難しい……。
福井:主体性を持つためだけでなく、自己認識力を持つためにも、自分自身のパーパスを探すことは役に立ちそうですね。
斉藤:自分のパーパスを持っている人ならば、組織改革は進めやすいでしょうね。
「主体性」を持って、「自己認識力」を高めることができたら、次は、「自分の周囲半径5メートルの人から、徐々に影響力を広げていく」という話になるのですが、この時もやはり、「変革の余地があるところはどこか」「協力してくれそうな人は誰か」という外面の探索ではなく、「自分が思う組織の変えたいところはどこか」「組織における自分の立ち位置はどこか」という内面の探索が大切です。外面の探索は別名「青い鳥症候群」と呼びますが、これに陥ってはいけません。常に現実起点でないとダメなんです。
福井:周囲に広げていく時も、「今の自分」を起点に考えることなんですね。
斉藤:はい。組織を変革していくのは決してやさしい道のりではありません。それでも、たった1人からでも変えることができる、というのは、多くの方にぜひ知っていただきたいです。
あなたも私も主人公、だから変化への恐れは不要
福井:おっしゃるように、組織に変化を起こすというのはとても大変ですよね。自分が組織にいた時を思い出しても、立ちはだかる壁がたくさんありそうです。
斉藤:そうなんです。特に変化の障壁の代表格は、直属の上司だったりして……。
福井:直属の上司を変えるのは、想像するだけで難しそうですね。直属の上司が障壁として立ちはだかった時、斉藤さんはどうしますか?
斉藤:僕は、自分の人生を主人公として生きていますが、同じように、上司も「自分の人生の主人公であること」を思い出します。
福井:主人公?
斉藤:そうなんです。上司になったことがある人には分かってもらえると思いますが、上司も不安や悩み、孤独感を常に持っているんですよね。
福井:確かに、上司には上司の課題がありますよね。
斉藤:それと同時に、真面目な上司ほど「○○しなくちゃ」「○○すべきだ」という気持ちにとらわれてしまう「責任感の罠(わな)」にはまっていることも多いです。
福井:上司としてしっかりやらねばという気持ちが悪影響を及ぼしてしまうのですね。責任感の罠にとらわれていたら、どうしても守りに入って、変化を望まなくなっていく気がします。
斉藤:はい。だから、いくら上司を障壁だと感じたとしても、その上司が元から悪い人だったわけではないんです。多くの上司はむしろ、「組織を良くしたい」「価値を生みたい」と思っているはず。上司もまた、変化を求めている社員同様、変化を起こせる「主人公」の1人なんです。
福井:上司は突破すべき壁ではなく、ともに組織を変えていく者同士であり、お互いに主人公であると。
斉藤:その通りです。
福井:自分も上司もそれぞれが、自分自身のパーパスを持てれば、主人公としての軸がぶれることなく、変化に突き進んでいけそうですね。
斉藤:「組織を変えられる」と口で説明するのは簡単ですが、実際はとても大変です。その大変な中で、個人のパーパスは1つの支えになりそうですね。
「変えたい」という気持ちは、その人の成長への最短コースです。1人でも多くの人が、「組織を変えていける」と思い立ち、組織が、そして社会全体がより良い形に変わっていけたらいいですね。
文・構成=幸田華子(第1編集部)
「自分が心の底からやりたくて、自分だからできる目標」である個人のパーパス(存在意義)を、あなたはもう自覚できていますか? 著者自身が仕事で大きな挫折を経験し、70日間引きこもってようやく見つけたメソッドを体系化。自分を深掘りすることで、強みはもちろん「自分の価値」にも気づくことができます。働きがい・生きがいを発見する人生の旅に、一緒に漕(こ)ぎ出そう。
福井崇人(著)/日経BP/1760円(税込み)