ユニコーン企業のCEOといえば「ゼロからその会社を作り上げた人物」というイメージがあるかもしれないが、SmartHRの芹澤雅人氏は2代目CEO。新卒時にはほかのIT系企業に数年勤めてから、黎明(れいめい)期のSmartHRに入社している。

 「0から1より、1を10、100、1000にしていくほうが得意」と語る芹澤氏。ナビタイムジャパンでの社員としての6年の経験もSmartHRの成長の力になっているに違いない。芹澤氏が入社してもわずか4人しかいなかったSmartHRは、9年で現在の約1500人規模の会社に成長した。

 そんな芹澤氏の選書の後編をお届けしよう。

2019年以降、SmartHRのCTOとしてプロダクト開発・運用に関わるチーム全体の最適化やビジネスサイドとの要望調整も担い、テクノロジー面から同社の急成長を支えてきた。2022年1月よりCEOに就任。日本CTO協会の理事を務める。
芹澤雅人(SmartHR 代表取締役 CEO)
2019年以降、SmartHRのCTOとしてプロダクト開発・運用に関わるチーム全体の最適化やビジネスサイドとの要望調整も担い、テクノロジー面から同社の急成長を支えてきた。2022年1月よりCEOに就任。日本CTO協会の理事を務める。

文系の学部からエンジニアの道へ

 僕は東京生まれの東京育ち、3人兄弟の末っ子で、家にあるカメラや、テレビのリモコンなどを片っ端から分解する機械好きの子どもでした。

 幼稚園のころから、祖父が使っていなかったワープロで遊んでいたのですが、小学校のときに念願のパソコン(IBM Aptiva)を買ってもらい、初めてインターネットを体験しました。ただ、あまりに早くパソコンにハマったせいか、高校時代にはいったんパソコンから離れ、大学も文系の学部に進学しました。

 でも、就職活動をしていた2010年ごろにiPhoneが普及してきて「これは面白い!」と思い、iPhoneアプリを開発していたナビタイムジャパンに就職しました。そのうちに、もっと黎明期のスタートアップを経験したいという想いが募って2016年にSmartHR(当時は前身の株式会社KUFU)に転職しました。

 入社したときはSmartHRのサービスがローンチして2、3カ月目でした。創業時から「あるタイミングで突然成功が見えた!」なんてことはないんです。BtoBのサービスですから、コツコツとやって、少しずついろいろな企業の方々に採用いただいて実績を積んできたという感じです。ここまでずっと、少しずつ成長してきています。

 では、そろそろ本のご紹介の後半にいきましょう。

社会人1年目こそ必読!限られた時間でどう生産性を高めるか

『経営者の条件』(P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
『経営者の条件』(P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
「現代社会では、経営管理者ではない者の多くもまたエグゼクティブである。知識中心の組織すなわち知識組織においては、最近明らかになっているように、責任ある地位、意思決定を行う地位、権限をもつ地位に、経営管理者だけでなく、独自の貢献を行う専門家が必要とされるようになっているからである。」

 日本では『もしドラ』(『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』)のおかげもあって、ドラッカーといえば『マネジメント』がすごく有名ですが、内容が難しいんですよね。それと比べると『経営者の条件』はすごく読みやすいんです。

 唯一この本に苦言を呈するとすれば、タイトルの意識が高すぎることですね。『経営者の条件』というタイトルだと、「自分は経営者じゃないから関係ない」と感じる人が多いと思いますが、この本はすべての知的労働者が読むべき本です。原題は『The Effective Executive』で、要は「どう効率的に成果を挙げていくか?」という本なんですよね。

 1/3ぐらいの紙面を使って書かれているのが「時間の使い方を考えろ」ということです。今の僕でも、ここに書かれていることをすべてちゃんとできているとは限りません。「エンジニアとして成果を挙げるって何だっけ?」と考え直すこともたびたびです。しかし、この本を読むとハッとさせられるんですよね。「もっと時間の使い方を工夫したほうがいい」とか、「今、自分の置かれている状況で成果を出すには?」とか、そういうことをあらためて気付かされます。

 この本を社会人1年目に読むだけで、そこから先の成長角度がガラッと変わると思います。でも、社会人1年目のときにこのタイトルの本を薦められても「べつに経営者じゃないから、関係ないよね。難しそう」ってなると思うんですよね。この本はタイトルで損をしていると思います。

 本当にデスクワーカーは全員読んだほうがいい。エンジニアって、すごく会議に巻き込まれるんです。「念のため出ておいて」みたいな感じで。でも、それで出席しても、話す機会はなかったりもします。だったら出る必要ないじゃないですか? この本には「時間は全人類に等しく割り当てられるリソースであり、それをうまく使った人が大きな成果を挙げる」という当たり前のことが書いています。基本にして、奥義という感じですよね

 無駄な会議に出るのをやめられるかは立場によって違うとは思いますが、「それが事業に貢献しているか?」と問い続けるべきですよね。この本は新入社員を含むすべてのエンジニアにとって必修科目だと思います。

リモートワーカー必読。運動で脳が活性化するメカニズムとは

『運動脳』(アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳、サンマーク出版)
『運動脳』(アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳、サンマーク出版)
「生存の可能性は、脳が集中力を高めることによって増える。私たちの脳は、祖先がサバンナで暮らしていた時代からさほど進化していないため、現代でも、とくに運動しているときに同じメカニズムが働く。身体に負荷を与えると、脳はそれが生死を分けるほど重要な行動だと解釈するのである。そして結果的に集中力が高められるのだ。」

 『運動脳』って言われると、どんな本をイメージしますか? 「運動好きの人の脳みそ」っていう感じですよね。でもこれはそういう本ではなくて「運動すると脳が活性化して、仕事の効率が上がる」という本なんです

 内容としては、狩猟の際に獲物を追いかけたり、猛獣に襲われたりしたときに脳が活性化する。そうでないと生き残れないかもしれないから。だから、運動すると「今、脳を働かせないと!」と脳が活性化する仕組みが今でも残っているのだそうです。運動を続けていると海馬が成長したり、筋肉中から出る成分がストレスを無害化したりもする。運動すると頭が良くなって、気分も良くなるメカニズムがある。つまり、現代人も運動したほうが頭が働くようになるんです。

 特にエンジニアって、リモートワークが増えて通勤しなくなり、余計に運動不足になっていますよね。メンバーのエンジニアに1日に何歩歩いているかスマホを見せてもらうと、50歩とか、100歩しか歩いていないような人もいる。

 エンジニアは、無駄に動きたくないという思考の人が多いように思います。ポテトチップスとエナジードリンクがあればいいみたいな人さえいます。ハッカーとしては、そのほうがカッコいいみたいな価値観さえあるかもしれません。でも、人間の体の作りは変わりません。脳を活性化するためには、運動も必要です。

 僕も運動部とかに入っていたわけではないので、これまであまり運動してこなかったんですが、社会人になってからはランニングをしたり、週に2~3回ぐらいはジムに行って身体を動かしたりするようになりました。そうしたら、やっぱり全然仕事の効率が違うなと感じます。

 エンジニアは、仮に身体を動かすのが嫌いでも、ロジックは好きですよね。だから「運動がどのようなメカニズムで脳を活性化するのか」を論理的に説明しているこの本を読むと、身体を動かしたくなる人も多いのではないでしょうか。この本はライトに読めるので、運動習慣を持っていない人にはぜひ読んでほしいですね。

 僕もコロナ禍のときに、在宅勤務でほとんど歩かなかった時期があります。今は、毎日平均8000歩は歩くように心がけています。今はウェアラブルデバイスもあるからデータを計測できますよね。数値化されたデータを見て、PDCAサイクルを回して因果関係のパターンを見つけていくと、エンジニアの人は絶対に楽しいはず。筋トレもそうですね。そういうサイエンティフィックなアプローチが好きな人はきっとハマると思います。

料理エッセーで鍛える、抽象化と具体化のモデリング手法

『料理の四面体』(玉村豊男著、中央公論新社)
『料理の四面体』(玉村豊男著、中央公論新社)
「トマトを手で潰すことも非常に重要である。ペーストやピューレではいけないというのはそのためだし、ブヨブヨの水煮トマトも抵抗感がないからダメ。完熟しているとはいえ一個の生きたトマトを、鍋に入れる寸前に手で握り潰す、その感覚が新鮮で野性的で、だからこそいつもと同じ台所の中にいながらどこか非日常的な瞬間を手に入れることができるのだ。」

 最後はエッセーで、ちょっとトリッキーな本です。よくビジネス書とかで「具体と抽象を行き来する」みたいなシリーズがあるじゃないですか。あれを読むのもいいと思いますが、僕はこちらのほうがよほど面白く感じたので、今回選ばせていただきました。

 この本はひとことで言うと「料理をモデリングする」本なんです

 例えば、目の前に生の魚があったら、これを切るのか、しょうゆをつけるのか、串に刺して焼くのか……と処理を定義していくわけです。われわれエンジニアって、物事を定義するのが好きなんですね。

 書名にもなっている「料理の四面体」というのは、底面が「ナマモノの世界」で、そこから「油」「水」「空気」の3辺で立体化されていく。つまり「揚げる」「煮る」「焼く」ということでモデルが立ち上がっていくわけです。その程度によって、「揚げ物」なのか、「煮物」なのか、「炒め物」なのか、というモデルの形が決まっていきます。これらが複雑に絡み合っていくのが料理であると定義していて、それを考えるエッセーというわけですね。

 このモデリングは、まさにソフトウェアエンジニアリングの典型的な手法なんですよ。僕はこの本を料理の本ではなくて、モデリングの本だと思っています。料理は極めて日常的なものですが、視点を変えるとエンジニアリングと通じるものが見えてくる。料理において「これを抽象化するとどうなるか?」「そのモデルをほかに転用して具体化するとどうなるか?」といった思考法が鮮やかに描かれていて、とても好きな一冊です。

 エンジニアには「最小限のコードで書くのが美学」みたいなところがありますが、「料理も最小限まで抽象化するとこの四面体になる」といった部分にエンジニアはとてもワクワクするのではないかと思います。エンジニアリングにも通じる、ある種の美しさがそこにあります。とても読みやすいので、モデリングの基礎をトレーニングするのにも最適だと思います。

 エンジニアに限らずもの作りに関わる人は、料理や運動に限らず、さまざまな趣味など多方面に興味を持って、幅の広い視点を持つと、仕事がどんどん楽しくなっていくと思います。

取材・文:村上タクタ/写真:尾関祐治(人物)、スタジオキャスパー(書籍)/構成:西 倫英=日経BOOKSユニット第2編集部